竜歴550年9月 ユウキ50歳 十五夜/Tsukimi

「ユウキ、お団子、できたよ」

「ありがとう」


 窓から降り注ぐ月の光に照らされながら、ユウキは柔らかく微笑む。


「……綺麗だね」

「ええ……」


 真円を描く月は、まるで空にぽっかりと開いた穴のようだ。


「ん……おいしい」


 ユウキは私の作った団子をほんの一口齧って、品よく声を漏らす。


「それっぽっちでいいの?」

「うん。もう、お腹いっぱい」


 ゆっくりと一つを食べきって言う彼女をからかうように言えば、ユウキは少し困ったようにはにかんだ。


 小麦粉を練って砂糖を加え蒸した団子は、我ながら珠玉の出来だ。若い頃ならあっという間に私の分まで食べてしまっただろうに。今の彼女は団子よりも月に興味があるようだった。


「月が、綺麗ですね」


 私が改まった様子で言うと、ユウキは首を傾げる。


「愛してるって意味なんだそうだよ」

「まあ」


 花が綻ぶように、彼女は笑った。その顔にどれだけシワが増え、老い衰えても、その笑顔の美しさは微塵も変わらない。


「でも、どうしてそんな意味になるの?」

「好きな人と並んで見てたら、殊更に月は綺麗に見えるものだから、じゃないかな」


 夏目漱石が英語のI love youをそう訳したという、有名な創作だ。けれど出自が嘘だとしても、そのセンス自体は嫌いじゃなかった。


「あたしには、少し憎らしく見えるけどね」


 だがユウキは、笑いながらもそんな事を言う。


「だってあの月は、これからもずっとあなたに綺麗だって思ってもらえるんだもの」


 私はなんと答えていいかわからず、ただユウキの髪を撫でる。


「あー! 死にたくないなあー!」


 かと思えば急にぐっと両腕を伸ばしてそんなことを言うもんだから、私はつい笑ってしまった。


「そうだね、私もユウキには死んで欲しくないよ」

「ねー、やだよねー」


 まるで他人事のように、彼女は軽い口調で言う。


「愛してるよ、お兄ちゃん」


 かと思えば、不意打ちのように言葉が飛んできた。


「……久々に聞いたな、その呼び方」

「流石にこんなお婆ちゃんにもなってお兄ちゃん、はねえ」


 ニヤニヤと笑う彼女の表情は、若い頃とまるで変わらない。


「その言い回しは素敵だと思うけど、あたしはやっぱり直接言ってもらったほうが嬉しいかな」


 ……ああ、なるほど。そういうことか。


「わかったよ、降参だ」


 手で頬をおさえ、歪みそうになる顔を何とか整えて。


「――――――」


 その言葉を、月だけが聞いていた。

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