竜歴528年8月 ユウキ28歳 お盆/Obon

「おにいちゃーん、掃除終わったよー」

「ありがとう、今行く!」


 水の入ったバケツとブラシを手に声をあげるユウキの元へ、私は花を抱えて小走りで急ぐ。

 そしてそれを墓前に備えると、線香に火をつけ、二人揃って手を合わせた。


 そこの下に眠るのは、先々代の剣部。ユウキの祖父、キマガ。

 ……そして、それに連なる代々の剣部たちだ。


 そういえばユウキと結婚してしまった今、キマガは私にとって義理の祖父になるわけか。

 生まれたときからその臨終までを見届けた私にとっては、キマガは今なお小さな少年のような印象が強く残っていて、なんだかそれはとても不思議なことに思えた。


「ねえお兄ちゃん」


 不意に、視線は墓前に向けたまま、ユウキは呟くように言う。


「お盆に死んだ人がみんな帰ってくるって、本当なの?」

「どうかなあ」


 幽霊でもいいから会えるものなら会ってみたい人は、数え切れないほどにいる。けれど残念ながら私は会ったことがなかった。


「そっか……」


 しゅんと肩を落としながら、ユウキは呟く。


「ユウキは誰と会いたいの? キマガ?」

「そんなの決まってるじゃない」


 キマガが亡くなったのはユウキがごく小さい頃で、あんまり思い出もないはずだけど。と思って言えば、ユウキは少しだけ拗ねたように唇を尖らせ、私を見上げた。


「お兄ちゃんだよ」


 その言葉に、私の胸がずきりと痛む。


「……馬鹿」


 私は彼女の額を、つんと小突いた。


「毎日会ってるだろ?」


 私は今、ちゃんと笑えてるだろうか。そのくらい装えるくらいには齢を重ねたつもりだけど、ユウキは鋭いからな。


「そうだけど……」


 ユウキは私の指をぎゅっと握りしめて、手のひらを重ねる。


「さあ。帰ってご飯を食べよう。お腹空いただろ?」

「……うん」


 その手をおろし、繋ぎかえて、私たちは並んで家への道を歩く。

 何を食べようか。たまには私が作ろう。火加減はまだちょっと苦手だけどね。

 そんな他愛ない会話を交わしながら、すぐに辿り着く帰路を、なるべくゆっくりと。


「そうだ」


 その途中、私はふと思いついて、言った。


「私は、死んだ人に会ったことはないけれど」


 空を見上げて、太陽の光に目を細める。


「向こうはずっと私を見てるかも知れないな」


 もしそうだとしたら、怒ってるだろうか。それとも笑ってくれるだろうか。


「そっか」


 ただ一つ、言えることは。


「そうだといいね、お兄ちゃん」


 私の隣を歩く少女が今、笑ってくれているということだ。

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