竜歴512年7月 ユウキ11歳 海の日/Sea Day

「うみだー!」


 歓声を上げるのと、ユウキが海の中に飛び込むのは、ほとんど同時だった。


「わぷっ……なにこれっ……あ、あしっ……」


 そして案の定、即座に溺れる少女に私は頭を抱える。


「……リン。助けてあげてくれる?」

「うん、いいよー」


 人魚の少女の腰ヒレがひらりと瞬き、音もなく海中に消えたかと思えば、次の瞬間リンはユウキを抱えて陸に上がった。流石は人魚、水を吸って重くなった服を着込んだ自分と同じくらいの大きさの子を抱えながらも、まるで苦もなく助けてみせた。


「ユウキ。ちゃんと言うことを聞いて気をつけるって言っただろ」

「ご、ごめんなさい……」


 ゲホゲホと咳き込みながら、ユウキは涙目で謝る。リンがいるからさほど心配はいらないだろうけど、それでも人にとって海は危険な場所だ。


「なんか、からいし、足つかないし、海こわいよ、おにいちゃん……」

「しっかり準備すれば大丈夫だよ。ほら、まず水着に着替えて」


 まるでポリエステルのようなつるりとした感触のそれは、水織りと呼んでいるニーナが作り出した布で作った服だ。文字通り、水の流れを糸にして織ったものである。彼女の魔法はわけがわからない。


「それと、これ」


 ユウキが着替えている間に浮き輪を膨らませ、渡す。獣の皮を張り合わせて作ったものだけど、問題なく使えるのは確認済みだ。


「えっ、なにこれー!」


 だがそれに、ユウキよりもリンが反応した。目にしたことのないものに好奇心旺盛な人魚の少女は目を輝かせる。


「だめだよ、これはおにいちゃんがぼくにくれたんだもん!」


 だがこの時ばかりはユウキも頑固だった。普段は余りものに執着しない彼女だけど、流石に命がかかっていると悟ったのだろう。リンの手にとった浮き輪をぎゅうと引っ張る。


「えー、ちょっとだけ貸してよぅ」


 リンも引かずに引っ張り……

 私が止める間もなく、浮き輪はパンと音を立てて破裂した。


 * * *


「ごめんね、ユウキ、ごめん」


 普段はマイペースなリンだが、流石に今回ばかりは悪いと思ったのだろう。


「いいよ……ぼくこそ、引っ張ってごめん」


 散々泣いた後、しかしユウキは真剣に謝るリンを許した。


「もう二度とユウキのもの、とったりしないから」

「うん。じゃあ、ぼくも、リンが欲しいっていったらちゃんと貸してあげる。浮き輪もね」


少女たちの間で、幼い約束が結ばれる。

私は静かにそれを見守り、深く頷いた。


――その約束に自分も巻き込まれているなんて、思いもせずに。

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