竜歴233年5月 ニーナ339歳 こどもの日/Children's Day
「何作ってるの、それ」
「魚だよ」
「いや、それは見ればわかるけど」
大角鹿の皮をなめし、縫い合わせる私を見下ろして、ニーナは眉を寄せる。
「その魚を棒にくくりつけてるのは、何の魔法なの?」
真剣な表情をして問う彼女に、私は吹き出しそうになった。
「そうだなぁ……子供を元気にする魔法かな」
適当に答えながら、私は針を進めていく。
「ふぅん……」
気のない相槌を打ちながら、ニーナは既に仕上がった布を捲りあげる。
「雑ねぇ」
「ニーナみたいに上手くはいかないよ」
多分、ニーナが作ればもっとずっと上手に、しかも早く出来上がるんだろう。
けれど私は彼女に助けを求めることはしなかったし、ニーナも手伝おうとは言い出さなかった。
ただ色々と文句をつけながらも、私にアドバイスめいた言葉を投げつけてくるだけだ。
「……よし、出来た」
最後に棒の先に吹き流し……長く伸びた紐状の布を取り付けて、完成。
「結局それは何なわけ?」
「鯉のぼり、だよ」
訝しげに問うニーナに、私は笑みを浮かべてそう答えた。
* * *
「風よ!」
風を操る魔法は、私が唯一得意なものと言っても良いかも知れない。
火はあまりに威力が強すぎて上手く制御できないし、水は相性が悪いのか一滴も出すことが出来ない。
けれど風だけは、ほとんど思いのままに吹かせることが出来た。
私の起こした風に校舎の屋根に取り付けた鯉のぼりが棚引き、宙を舞う。
その光景に、子どもたちが歓声を上げた。
鯉のぼりは男の子の出世と成長を願い、鯉の滝登りにあやかって作られた年中行事だ。
うちの学校はどちらかというと女の子の方が多いけれど、まあその辺は異世界ということで大目に見てもらおう。
……まあどっちにしろ、いくら魔法が実在する世界だからといって、こんなものに効果はないだろうけれど。子どもたちが喜んでいるようだから、それでいい。
「先生、すごいね、あの蛇!」
「……一応、魚なんだけどね」
子供の素直な感想に、私は苦笑する。とは言え私の作りも下手だし、寸胴の布の塊が蛇に見えてしまうのは仕方ない。
そういえば、ニーナはよくあれが魚だってわかったな。
気になって視線を向けると、ニーナは私を見て微笑んでいた。その微笑みは、私の視線に気付くとすぐに引っ込んで真顔に戻る。
「何?」
「別に」
ニーナはにべもなく答え、鯉のぼりを見上げて言った。
「元気にする魔法、よく効くみたいね」
……私が子供扱いされてると気づいたのは、ずっと後のことだ。
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