竜歴109年4月 ニーナ215歳 花見/Cherry-Blossom Viewing

 今にして思えば、始めの十年は、まだ元気だったと思う。

 けれどもそれは、悲しくないことと同義でないことを、私自身すらわかっていなかった。


「ねえ。今日はいい天気よ。丘の方に行ってみない? そろそろスミレも花をつける頃だし、きっと綺麗よ」

「……ごめん。そんな気分になれないんだ。ニーナ一人で行ってきてくれないか」


 暖かな春の日も。


「今日は暑いわね……ね。川で遊ばない? 冷たくて気持ちいいだろうし」

「私が入ったら川も温泉になっちゃうよ」


 うだるような夏の日も。


「……ねえ! いつまでグジグジしてるのよ! ほら、紅葉が、こんなに綺麗に色づいているのに」

「ニーナ。家の中を落ち葉だらけにするのは、出来ればやめてほしい」


 涼しい風の吹く秋の日も。


「ねえ? お願い。ちょっとで良いから、外に出ましょうよ。……一人だと、寒いの」

「……………………ごめん、ニーナ」


 凍えるような冬の日も。


 私は何も出来ず、ただ鬱々として、日々を無駄に過ごしていた。

 最初の十年は、魔法学校を大きくすることに燃えて、精力的に働いていた。

 次の十年は、寂しさがじわじわと忍び寄り、私は度々塞ぎ込むようになった。

 その次の十年は、私のしていることはまったくの無駄なのではないかと思うようになり。

 そしてこの十年は……私は、何も出来ず、ただ微睡みの中を過ごしていた。


 春になり、夏が来て、秋が訪れ、冬に至る。それを何度も何度も繰り返しながら……

 私は、アイのいない季節を無為に消費していく。

 目に見えるものは全てその色彩を失い、白と黒に塗り潰されていく。


「ねえ、来て!」


 エルフの少女が声を弾ませ私の腕を引いたのは、そんな春のある日だった。

 もはや私は抵抗する気力さえなく、文字通り引きずられていく。


「見て!」


 雪が、降っていた。


 春なのに? そう思える程度の気力は残っていたようで、私は降り積もる白いものを眺める。


 それは、雪じゃなかった。

 花びらだ。桜のように舞い散る無数の白い花びらが、大地を埋め尽くしていく。

 ニーナがアイの墓に植えた木の、花だった。


「ね」


 金の髪が舞うように跳ね、青い瞳が私をじっと見つめる。


「あの子の花、綺麗でしょう?」


 その鮮やかな色彩に、思わず私は空を見上げた。


「ああ……」


 ニーナの瞳と同じ色の空の下。


「綺麗だ」


 白い花弁は、ただ音もなくはらはらと零れ落ちた。

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