竜歴60年3月 アイ60歳 ホワイトデー/White Day

「よし……行くよ、ニーナ。準備はいい?」

「いつでもどうぞ」


 そんなやり取りを、互いに声を出さずにジェスチャーで伝え合う。

 こくりとニーナが頷くのを見て、私は一歩踏み出した。


「がおー!」


 木々を分け入り茂みを踏み越えて叫んだ瞬間、四方八方から純白の弾丸が飛来する。二対四枚の羽を持ち、一斉に嘴と蹴爪で攻撃してきたそれは、二羽鳥ニワトリと名付けた生き物だ。


 その名前の通り、全体的な外見や能力は鶏によく似ている。飛行能力は低く長距離は飛べず、毎日卵を生み、そして――極めて攻撃性が高い。


「痛い痛い痛い!」


 身体は小さいが猛獣に分類してもいいほどの獰猛さで、群れて襲いかかってくる。流石に竜の鱗を貫通するほどの攻撃力はないが、思わず叫んでしまうほどに恐ろしい。


「取ったっ!」


 その隙にこっそりと巣に潜り込んだニーナが、白い卵を手にして掲げる。

 ――よしっ。


 私は翼を広げ、ニーナの方へと羽ばたいた。二羽鳥たちは構わず襲いかかってくるが、彼らはその立派な翼にも関わらず空を飛ぶことは出来ない。空中へ逃げれば、安全に撤退できた。


 * * *


「どうぞ、アイ」

「まあ……これは、なんですか?」


 私が差し出したそれに、愛しい妻は目を輝かせた。

 丸くふわふわとしたそのお菓子は、今のアイの髪と似た白い色をしている。


「マシュマロ、って言うんだ。バレンタインのお返しだよ」


 二羽鳥の卵の卵白と、牙猪の皮から抽出したゼラチン、砂糖はまだ手に入らないから、ニーナに花の蜜を集めてもらって作ったものだ。


「おいしい、です」


 にっこりと笑うアイはもう老い衰えて、硬いものはほとんど食べられない。

 それでもこれなら食べられるんじゃないか。そう考えて、何年もかけてようやく作り上げた集大成だ。


「よかった。今まで木の実や果物をあげてきたけど、本来ホワイトデーにはこれをあげるものなんだ」


 もしかしたら私は、私の故郷の味をアイに味わってほしかったのかも知れない。


 ――永遠の、別れの前に。

 きっとそれは、そう遠くない話なのだろうから。


「まあ。白いお菓子だから、白い日なんですね」

「どうだろう」


 そういえば私は、なぜホワイトデーがそういう名前なのかは知らない。

 案外当たっているのかも知れないな。


「そして先生は、真っ赤なお鼻のサンタさん」

「だからそれは違うイベントだって」


 どうあっても、クリスマスが混ざるようだった。

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