竜歴18年2月 アイ17歳 バレンタイン/Valentine's Day

「……あれ、アイ……? 何してるんだい?」


 深夜。ふと、横で眠っていたはずのアイの姿がないことに気づき、私はぼんやりと目を開いた。

 彼女は寝室を離れ、隣の部屋で何やらごそごそと音を立てている。


「あっ! 先生、えっと、なんでもないです」


 アイは驚きに声を上げ、何かを背の後ろに隠した。

 明らかに何でもないわけがなかったが、アイのことだ。私に不利益をもたらすものでもないだろう。


「寒いから、風邪をひかないようにするんだよ」

「はい。後ちょっとで、終わると思いますから」


 何でもないと言ってたのに、そんなことを言ってしまう彼女が愛おしい。

 あるいは私が追求しない事もわかった上での発言なのかも知れない。


 何をしているかはわからないけれど、出来れば早く戻ってきてくれると嬉しいな。

 愛しい妻を抱きしめることも出来ない竜の身体でも、その身を包むようにとぐろを巻いて眠るのは、この上ない幸福なのだから。

 私はそう思いながら、再び微睡みの世界へと戻った。


 * * *


「……なんだ、これ……?」


 目を覚ますと、目の前に不格好な何かが吊るされていた。獣の毛皮を縫い合わせたそれは、袋状の形をしていて先っぽが曲がっている。そして、木の札のようなものが縫い付けられていた。


 私のお腹の辺りにもたれかかるようにしてすやすやと眠るアイを起こさないように注意しながら、その袋を手元に引き寄せる。袋の中には、私の大好きな水林檎の実が幾つか入っていた。

 これは、一体……?


 木の札にはよく見ると、文字が彫られている。


 『先生がいつまでも元気でいますように』


 それは明らかにアイの字であった。昨日ごそごそやってたのはこれを作っていたのだろう。

 しかしまた何だって急にこんなものを……


「あっ! 先生、おはよう、ございます」


 首を傾げていると、アイが急に跳ね起きて私の手にしたそれを見た。


「ご、ごめんなさい……早起きして、渡すつもりだったのに、わたしったら寝坊しちゃって……」

「おはよう。ありがとう、アイ。でもこれは……何なのかな?」


 聞いて良いものなのか悩みつつも尋ねると、アイは胸を張って答えた。


「先生から前聞いた、バレンタイン、です!」


 ……なるほど。


「嬉しいよ、アイ。ありがとう!」


 でもこれ、七夕とクリスマスが混ざってないかな。そうは思ったが、満面の笑みを浮かべるアイに言い出すことは出来ず。


 まさかその後数千年に渡って定着する行事になるとは、その時の私は思っても見ないのだった。

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