第30話 秘められた意味/Secret Meaning

「ユウカ、状況は!?」

「敵は三方向、東はイニスとメルが、西はルフルとティアが守ってる! で、一番敵が多いのが南のここ!」


 私が叫ぶと、数体の敵を纏めて切り捨てながらユウカが叫んだ。

 ヒイロ村を攻めるとするなら、纏まった数の敵が攻め込めるのは東西と南の三箇所だ。切り立った山を背にした北側からは、空でも飛べない限り攻め込まれる心配はないだろう。


「皆、下がってくれ!」


 私は叫び、クリュセを下ろすと竜の姿に変じた。


 剣部の人たちは皆、剣を取るものだ。代々剣技を継承しているというのもあるけれど、多分血筋的にそもそも精霊魔法の適性があまりない。肉体や武器の強化は付与魔法に類するもので、精霊と付与の才能はなぜかはわからないが相反するものだからだ。


 そして剣というのは、多数の敵を相手取るのにはあまり向いていない。かつてあの喋る白鼠……アルジャーノンが攻めてきた時も、そこを狙って攻め込んできた。


「風よ!」


 翼を広げ、私は吠える。阿吽の呼吸で剣部の面々は私の魔法の影響範囲から飛び退り、あるいは剣を地面に突き刺して吹きすさぶ風をやり過ごした。流石というほかない対応だ。


 だが、敵となる精霊たちの中にも、風に耐えるものがいた。味方を吹き飛ばさないように弱めにしたのが祟ったか。けれどもそれは――織り込み済みだ。


「ゴブリンどもよ、吹き飛べ!」


 それが精霊であるのなら、名付けが効く。私がそう叫んだ途端に、折り重なった死体がめくれ上がるようにして、生きてるゴブリンたちもろともに吹き飛んだ。名付けは、死して屍となった精霊にも効くらしい。今後役に立つ機会があるかはわからない知識だ。


 風に転げたゴブリンたちが起き上がる前に、私はすっと息を吸い込む。物理攻撃や魔術でどうにかなるのなら、たとえどれだけいようがどうということもない。纏めて燃やし尽くしてやる。


「ぐぅっ、あっ……!」


 そう思った瞬間、焼け付くような鋭い痛みが全身に走って、私はうめき仰け反った。


「お兄ちゃん、人間に戻って!」


 その声に、私は反射的に人間の姿に戻る。一体、何が起こったんだ……?


「お父さん、大丈夫ですか!?」

「ああ、なんとか……」


 うずくまる私に、クリュセが駆け寄る。


「血よ、止まれ。傷よ、塞がれ。痛みよ、消えよ」


 呪文を唱えながら彼女が私の身体を撫で擦ると、すうっと痛みが消えていく。ようやく落ち着いた私の視界に映ったのは、私たちを庇うようにして立ち石剣を振るうユウカの姿と、ぼとぼとと地面に落ちていく無数の木切れだった。


 嘘、だろ……!?


 ユウカが見据えるその先、体勢を立て直しつつあるゴブリンたちの向こうに、ゴブリンよりも二回りほど大きな別の精霊がずらりと並んでいるのが見えた。


 その精霊たちが構えているのは、弓だ。ユウカが切り落としている木切れは、彼女によって断ち切られた矢だったのだ。一斉に放たれたそれは私の竜のうろこさえ貫いて、傷を与えた。


 弓。ノキアから伝えられたその武器は、結局ヒイロ村には定着しなかった。せいぜい、アラが魔法で影のクロスボウを作り出して使うくらいだ。


 それを精霊が揃え、扱うなんて……

 考えが、甘かった。私は、心の何処かで楽観視していたのだ。

 竜の姿で戦えば、相手が何であろうと勝てる、と。


 だが……敵は。

 アルジャーノンは、私を殺せる準備を整えて、やってきた。


「アラ、影を!」

「はい! 光精ウィルオウィスプ!」


 ユウカの支持に従って呼び出された無数の光がアラを照らし、作り出された影がむくりと膨らんで天然の騎兵となる。それは弓を構えた大柄な精霊の一段へと突き進むが……


暗闇Darkness


 甲高い声が響いたかと思えば、突然目の前が暗い影に覆われた。

 視界が効かなくなる程ではないが、太陽の光が分厚い雲に遮られたかのような暗闇に、アラの影法師は溶けるように消えてしまう。

 ……そうか! 影だから、光のない場所では存在できないのか……!


 そして、その暗闇を作り出した者の声は、思っていたよりもずっと近くから聞こえてきていた。


「アルジャーノン!」

「やあ。ワタシは勿論、君がアルジャーノンと呼ぶ個体ではない。だが……久しぶり、と一応言っておこうか」


 赤い瞳を持つ小さな白鼠。それは既に、村の中に入り込んでいた。

 ゴブリンたちさえ討ち漏らしが侵入しているのだから、手のひらに乗ってしまうほどに小さなその鼠が入り込むのは造作も無いことだっただろう。


「覚えて……いるんだな。私のことを」


 彼らの寿命は、一年と言っていたはずだ。虫のように儚いはずの生き物が……しかし、群体としては無限に近い生命を持っている。


「無論だ。ワタシたちにとって個としての死は意味を持たない。全て、わがことのように記憶しているとも」


 白鼠はそう言って、キキ、と妙な音を出した。あるいはそれは、笑い声だったのかも知れない。その事実に、私は戦慄した。


 私が知っている彼らは、もっと無感情で、機械のような存在だったはずだ。それが五百年経って、随分人間臭い言い回しをするようになっている。


 なのに。


 以前よりもっと、わかりあえる気がしなかった。


「あの精霊は、お前たちが作ったのか」

「論理的に考え給えよ。この状況で、そうでない可能性があるとでも? もっともあれは、精霊では無いが」

「精霊でないなら、あれはなんなんだ?」

「さあ。そんな物は君たちが好きに呼べばいい」


 白鼠はそう答えて、視線を私から横にずらす。


「オリジナルは君たちが作ったんだから」


 その瞳の先にいたのは……クリュセ、だった。


「え……?」

「精霊に肉体を与え、生物化する。実に効率的な方法だ。簡単に手駒を増やすことが出来る。なにせ、我々はこのような身体しか持っていないものだからね。百万個揃えようが、火竜を相手取るには少々力不足だ」


 白鼠は、ぺらぺらとそんな事を口にする。


「今……なんと言った? 精霊に、肉体を与える、だって……?」

「ああ。君たちはまだアレの製法には気づいていないのだったな。ソレを作った者たちはみな失敗作に殺されて死んでしまったのだから無理もない。おかげでワタシたちがその技術を独占できた」


 白鼠の口調はひどく平坦で、そこに感情らしきものは一切こもっていない。


「と言っても難しいわけではない。ただ精霊を、まだ生きている肉体に入れるだけだ」


 だがそこには、明らかにとびきりの悪意が込められていた。


「まだ……生きて……?」


 クリュセは声を震わせながら、問いかける。


「ワタシたちが観測した一部始終を説明しよう。ソレの素材となった人間の赤子。その息は詰まり、心臓は止まっていたが……まだ、生きていた。赤子が死んでしまったと思った人間たちは、魔法での蘇生を試みたが」


 そこで、キ、と白鼠は音を出して。


「実際に起こった現象は、呼び出された精霊が赤子の魂を押しつぶして、中身に成り代わることだった」


 淡々と、そう告げた。


「う……嘘です……そんなのは」


 首を振って否定するクリュセに、白鼠はなおも続ける。


「呼び出された精霊は一体ではなかった。肉体に宿って生命を得よ。そう指示を受けた精霊は、しかし死にかけの赤子のような都合の良い器を見つけられず……周囲を彷徨って獣の死骸に宿り、そんな仕打ちをした召喚者を殺した。己の同類だけを残して」

「わ……わたしが……わたしが、殺した……?」


 クリュセは地面にへたり込み、その瞳からぼろぼろと涙が溢れ出る。


「――だから、どうした!」


 私は反射的に叫び、クリュセを抱き上げた。


「この子は、私の子だ。例え生まれた時に不幸な事故があろうが、そんな事関係あるものか!」


 同時に、脳裏に閃くものがあった。


「例え血の繋がりがなくとも! 例えそれが――」


 母はあのとき、クリュセの問いになんと答えたか。

『それに答える方法を、知らないわ』

 そうだ。彼女は、クリュセが何者なのか知らないとは、答えなかった。


「例えそれが、普通の命の営みとは違っていても!」


 それはきっと、この時のために贈ってくれた言葉だった。


「この子は確かに……私と、ニーナの娘だ!」

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