第31話 結実/Fruition

「うん。実のところ、ワタシはあまりその辺りには興味がなくてね」


 キキ、と音を鳴らし、白鼠は周囲をぐるりと見回す。


「こうして長話をしたのは――ただ、時間を稼いでいただけなんだ」


 気づいたときには、村の内部に入り込んだゴブリンたちに背後を取られていた。外で弓を構える精霊たちと前後を挟まれた形だ。剣部の皆やアラが奮戦しているが、敵は次から次へと現れて、まるで尽きる気配がない。


防護Protection!」


 前後から、無数の矢が放たれる。私は咄嗟にクリュセを抱きしめながら魔術の防護を張ったが、全員が無傷というわけにはいかなかった。未だ辺りは暗がりに包まれ、影の魔法を使えないアラには防御手段が乏しい。そして人よりも身体の大きい四足種は、いい的でもあった。


「やれ!」


 前足に矢を受け、動きを鈍らせるアラに向けて白鼠が命じる。ゴブリンたちは一斉に弓を番え、アラを狙った。ユウカが庇おうと前に出るが、流石の彼女も前後からの同時射撃に対してはアラを庇い切れない。


「さ、せ、る、かぁぁぁぁっ!」


 だがその時、突然私たちを包囲するゴブリンたちが、まるで爆発するかのように弾け飛んだ。


「イニス!」

「遅れてごめん! アラ、助けに来たよ!」


 ゴブリンたちを纏めて殴り飛ばしたのは、この前見せてもらったよりも更に巨大な鉄人形……いや、違う。あれはソファだ。人形の頭があるべき部分にソファがまるで玉座のように鎮座し、そこにイニスが座ってゴーレムを操縦している。


「……馬鹿な。何故君がここにいる? 分断したはずだ」


 その姿を目にして、白鼠は初めて動揺らしきものを見せた。


「そうだ。イニス、お前は東側を守っていたはずだろう。なんでここにいるんだ!?」


 それどころか、アラまでもが驚いていた。


「わたしが作ったてつおさんは自律型だよ。つまり……わたしはどこにいて何をしてても何の問題もない。サボってたらアラが危ないのが見えたからね、慌てて助けに来たんだよ」

「……お前のサボり癖に救われたというわけか。お小言は後だ、今は礼を言っておこう!」


 イニスはあんなことを言っているが、彼女は意外と責任感が強い。サボるどころか東側をちゃんとどうにかする算段をつけて、必死にアラを助けに来たに違いなかった。


「イニス、気をつけてくれ! こいつらの矢は、私の鱗でも防げない!」

「でしょうね。でも、わたしを誰だと思ってるの、先生」


 イニスは不敵にそう言って、ソファに座ったままけだるげに手を掲げた。


「矢よ」


 彼女を一番の脅威とみなしたのだろう。高い位置にいて目立つこともあって、イニスは格好の的だ。彼女に向かって無数の矢が放たれる。ゴーレムの動きは早いが大雑把だ。とても雨のように降り注ぐ矢を防げるとは思えず、それはイニスの身体を貫く――


「まあそんなに働かずに、だらだらしようよ」


 かに思えたその瞬間、鋭く宙を飛んでいた矢は突然その力を失って、緩慢にボトボトと地面に転がった。無数の矢に一度に付与魔法をかけて、一瞬にしてその力を全て奪ったのだ。

 これが、『怠惰の魔女』の実力か……!


「さあ、さっさと片付けてメルの助けに……あれ?」


 拳を振り上げるイニスの動きに連動してゴーレムが腕を振り上げたその時。

 ゴーレムは突然、ガクンと力を失い、動かなくなった。


「え? なんで? 故障?」

「これほど複雑で大規模な付与魔術、驚嘆に値する。ワタシたちは君たちの術を盗み取り、模倣してきたが……こればかりは、再現不可能だ。ワタシたちに存在しない、創造性……というものか。その極みと言っていいだろう」


 ソファの上で戸惑うイニスに、白鼠がそんな事を口にする。


「だが、作ることは出来なくても、壊すことは簡単だ。その内部の魔術文字を、一文字でも齧り取ればいい」


 ゴーレムの中から、茶色い鼠が数匹飛び出した。

 ――やっぱり、そうか……!


「対策を……とったんだな?」

「当然だろう」


 アラの影法師を消した時点で、嫌な予感はしていた。

 いや、アラだけじゃない。私には鱗を貫く矢を。ユウカには数を。

 イニスにも、恐らくメルやルフル、ティアにも――


「この村にすむもの全てに対する対策は、全てさせてもらった」


 それどころじゃ、なかった。鼠たちの準備は、私の想像の遥か上をいっていた。そしてそれを私にわざわざ語る意味は。


「さて、こちらの要求はわかるだろう? 出来るなら、資源は多い方がいい」


 私の心を折り、降伏させるためだ。

 あの鼠たちが私の心の動きを想像し、理解している。

 そのことが、何より恐ろしかった。


 ……あの時は。


 あの時は、シグたちが助けに来てくれた。

 けれどもう、それは期待できない。


 エルフたちとは交流を絶ち、彼らは森に籠もった。

 リザードマンたちが住む場所は、都合よくやってくるにはあまりにも遠い。

 半人半狼は今隣で、矢傷を受け膝を屈している。


 あの時はこの村にはいなかった巨人や小妖精、他の四足種たち、異国の人々といった新しい協力者もいるにはいる。けれどこの村に住んでいる以上、その戦力は鼠たちに分析され、対策されてしまっているのだ。


「だったらー」


 どこか脳天気な声が降り注いだ。


「最近この村を離れてた放蕩娘の対策ってのは、どうかな?」


 瞬間、周囲が濃密な霧に包まれて、一メートル先すら見えなくなる。


「なんだ、これは……!?」

「今だよ、せんせー」


 その声に、私は空を見上げた。

 霧で何も見えないが、火竜には優れた温度察知能力がある。そこに、何か大きく長い生き物が揺蕩っているのがわかった。


 私はすかさず竜に変じて空を飛び、眼下を見下ろす。

 大丈夫だ、濃霧の中でも、私には敵味方がはっきりと区別ができる。


「ユウカ、避けてくれ!」


 私と違ってまったく見えないはずなのにこの混乱に乗じて敵を倒すユウカに一声かけてから、私は今度こそゴブリンたちに炎のブレスをお見舞いした。視界を封じられ、熱に頼って初めてわかる。無限にいるかと思われた敵の数は、もうそれほど多くはなかった。白鼠の言葉は、半分はハッタリだったのだ。


 一通りを焼き滅ぼして、私はずぼりと霧の中を抜けた。


 そこにいたのは、ひどく美しい生き物だった。


 青い鱗が陽光に煌めいてキラキラと輝き、長く伸びた身体をゆったりとくねらせながら空を飛ぶさまは、まるで水中を泳いでいるかのようだ。


 巨大な蛇に似たその姿はしかし四本の四肢を持ち、宝石細工のような透き通ったヒレがその脚をスカートのように覆っている。口元からは白い呼気が揺蕩っていて、私の吐息が炎であるように、彼女の吐息は雲になるのだとわかる。そして角の生えた頭には、悪戯っぽい緑色の瞳が好奇心にキラキラと輝いていた。


「ありがとう、助かったよ、リン」

「よくわかったね、あたしだって」

「そりゃあわかるさ。だって何も変わってないじゃないか」


 その青い鱗も、緑色の瞳も。そう言おうとして、似たようなやり取りをかつてニーナとしたことを思い出して、私は思わず苦笑した。


「でも、そうか。君はとうとう、竜になれたんだね」


 その姿は私のような西洋竜ではなく、東洋の龍に近いものだったけれど。


「あれ、とうとう、って? あたし、せんせーに言ったことあったっけ?」


 ああ、そうか。竜になりたいといっていたのは、かつてのリン。記憶を失う前の彼女だ。


「なんとなくそんな気がしたんだよ」


 記憶を失う前から数えれば、今のリンは五百歳近く。彼女の曾祖母、ウタイが亡くなったときと同じくらいの年齢だ。それだけの年月をかけて、彼女は遂にそこに辿り着いたのだ。


「リン。一旦霧を引っ込めてくれないか?」

「うん、わかった」


 リンは頷き、すうと息を大きく吸う。すると一気に霧が晴れて、辺りの光景が露わになった。

 ゴブリンたちは全て倒れ伏し、動くものはどうやら味方だけだ。


「東と西も、一通り壊滅させてきたから大丈夫だよ」


 ほっと胸を撫で下ろす、リンは自慢げにそういった。どうやら霧の吐息だけではなく、龍にふさわしい戦闘能力もしっかり持ち合わせているらしい。


「そんなに悔しかったの?」

「うん。かなりね」


 一時期は殆どヒイロ村に滞在するようになったリンが再び不在にしがちになったのは、アラたちが手際よく精霊災害を片付けるのを見たときからだ。


 私は新たな未知を目指すことにして、ユウカは後進の育成に専念するようになった。

 けれどリンは、真正面からそれに追いつくことを選んだのだ。マイペースに見えて、この子は本当に負けず嫌いで……いつまで経っても、何をしでかすかわからない。


「リン、ユウカ、後は頼む」

「うん、わかったよ、お兄ちゃん」

「せんせーはどうするの?」


 私は二人にそう言うと、未だかすかに残る霧の向こう、走り去る小さな熱源を睨み、答えた。


「私は、白鼠を追う。それで、協力してほしいことが幾つかあるんだ」

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