番外編

竜歴642年 決定的敗北/Decisive Defeat

「勝負しなさい、馬鹿猿!」

「……別に、いいけど」


 今日も今日とて突きつけられる木の槍に、ユタカは素直に頷いた。

 些細な事で水色に因縁をつけられ勝負を挑まれるのは日を追うごとに頻繁になり、最近ではもはや日課と呼べる頻度にさえ達していた。


 いつものように校庭へと移動すると、水色は手のひらから長い木の枝を引き抜くようにするりと伸ばす。最初に戦った時のように、花弁の刃はつけない。大怪我をさせる気は無いということなのだろう。


 まあ、刃がついてても別に怪我をする気もさせる気もないのだけど。


「いくわよ!」


 宣言と同時に、高速の突きがユタカに向かって放たれた。宣言なしで、森の中での奇襲であればユタカでもかわすのが難しそうな速度だ。流石に森の中に隠れるエルフの気配を捉えるのは、剣部と言えど簡単なことではない。


 だが真正直に放たれたそれなら、軽く首を傾ける程度でかわすことが出来た。そうしながら、一歩踏み込む。槍と無手の間合いの差は相当なものだ。ユタカが攻撃できる範囲まで進むのに、もう何度か攻撃を凌がねばならなかった。


 槍はすぐさま引き戻されて、閃光のように細かい突きが見舞われる。それを捌きながら、ユタカは内心で「おっ」と声をあげた。


 いつもの勝負ならこの辺りで枝分かれし攻撃範囲を増やしてくる水色の槍が、真っ直ぐなままだ。だがそれはかえって厄介なことだった。


 最初に戦ったときのような、何本も槍を操る曲芸みたいな戦いを水色がやめたのは、何度目の時のことだっただろうか。獣相手であればともかく、ユタカ相手であれば一本の槍を精密に振るう方が有効であると気づいたのだ。


 そしてその穂先も、ついに一つに統一された。確かに枝を伸ばし引っ掛けに来たり、柄を曲げて背後から狙いに来たりする槍は避けにくい。だが避けにくいということは同時に掴みやすいという意味でもある。


 掴んでしまえば、木の枝で出来た槍など手折ってしまうのは容易い。折らずとも、そのまま水色の体を引っ張り寄せることもできれば、引っ張る力に抵抗した瞬間に手を離して体勢を崩させることだってできる。


 だがただまっすぐな一本の棒となるとそうはいかない。鋭く突かれ、引かれるシンプルな槍の先端を掴むのは至難の業だ。派手さはないが強靭な、剣部の技によく似た戦い方に、ユタカは思わず笑みを浮かべた。


 とは言えまだまだ彼女は未熟だ。一度突かれる度にユタカは間合いを一歩詰め、槍を根本で叩き折りながらぽんと彼女の頭に手を置く。それが、勝負終了の合図だった。


 胸を狙えば以前の二の舞いになる。女の腹を殴るのは流石に差し障りがあるだろう。下半身は論外だ。そんなわけでユタカが選んだのは、頭だった。生き物の頭部には弱点が集中している。そのどこを打っても、無力化することができる。


「今日も俺の勝ちだな、水色」

「ううー……!」


 ユタカが言うと、水色はまるで猛獣のように悔しげに唸った。唸るのは良いが、負けを認めてくれないと手をどかせない。剣部はいつどんな状況でも油断しないように訓練されている。勝ったと思った瞬間こそが一番危険なのだと、ユタカはよく知っていた。


「い、いつまでアタシの頭撫でてるんですかぁ!」


 だがそれをどう捉えたのか、水色は不機嫌そうにそう怒鳴った。


「何なんですか!? アタシの事が好きなんですか!?」


 それはあるいは、悔し紛れの悪態だったのかもしれない。


「ああ。好きだ」


 けれどユタカは考えるよりも前に、そう答えていた。同じ村、同じ学校の仲間で、ともに先生から教示を受ける身。そして優れた戦士で、物覚えも良い。嫌う理由など何もない。


「なっ……」


 だが瞬く間に真っ赤に染まる水色の顔に、しまった、と思った。

 朴訥としたユタカではあるが、その辺りの機微は人並みにある。頭を撫でながら好きだなんて言えば、勘違いされてもおかしくはない。


 けれど、水色は、未だに敗北を宣言しない。手を離せないのだ。


「な、ななな、急に、何いってんですか! あ、アタシのことっ、す、好きだなんて、そんな馬鹿な冗談……」


 待ってくれ、勘違いだ。そう言おうとして、ユタカははたと気づく。


「いや、冗談じゃない。俺は水色が好きだ」


 よくよく考えてみれば、勘違いじゃなかった。

 水色は強いし、エルフだけあってとんでもなく美人だ。好きにならない理由がない。胸も柔らかかったし。


「ア……アタシも、その……アンタの事は、嫌いじゃないっていうか……その……えっと……好き……か、も……」


 水色がユタカの手を取って、己の顔を隠すように頬に寄せる。しまったと、ユタカは思った。


「……俺の負けだ」


 この状態で反撃されたら、ユタカは追撃してそれを止めることが出来ない。多分これから、一生、出来ない。


「? 何か言いました?」

「……抱きしめていいか、って聞いた」

「わ、わざわざそんなこと、聞かないで下さい!」


 頬を染め、怒ったように言う水色を抱きしめれば、彼女の全てが間合いのうちに入る。心臓を一突きにするも、喉を掻き切るも思いのままだ。そうされても全く抵抗できない。


 けれどユタカは、それでも良いか、と、そう思った。

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