第11話 起動/Awake
「あーもう! なんでアンタはそんなにガサツなんですかぁ、この馬鹿猿!」
今日もまた、飛来する木片を打ち払いながら水色が悪態をついていた。
「水色が細かすぎるんじゃないか? なあ、ルフル」
「え、えーと、どうかな……」
「そんなことありませんー。ね、リンさんもそう思うでしょ?」
「男の子はこんなもんだと思うよー。あたしが昔仲良かった子もそうだったし」
「どうでもいいけど木簡飛ばし合うのやめてくれる!? あんたたちは平気でも私に当たったら致命傷なのよ!?」
「ご……ごめんなさい……」
切実な思いを叫ぶティアに、一同揃って頭を下げる。
まあ、そうは言っても小妖精はこの戦闘力過多な世界をその身軽さで生きてきた種族だ。そう簡単に攻撃が当たったりしないんだけど、私は黙っておくことにした。
「仲良くなった……といっていいのかな、あれは」
「いいでしょ」
喧嘩ばっかりしている気がするけれど。そう呟くと、ニーナは迷わず首肯した。
「最近の若いエルフには多いのよ。エルフ以外の種族を見下して、まともに相手しない子」
「ああ……そういうことか」
喧嘩するということは、逆に言えばちゃんと相手を対等とみなしてるってことなんだな。
まあ、気持ちはわからなくもない。
エルフは、他の長命種とは違う。恐らく無限の寿命を持つ、唯一の人型種族だ。
少なくとも、寿命で死んだという個体の話を聞いたことがない。
それに殆ど例外なく、他の種族よりも巧みに魔法を使う。見下すのも仕方ないだろう。
というか、六百年前は人間なんて普通に家畜くらいの扱いをされてたもんな。
アイやダルガのお陰でだいぶ見直されたけれど……歴史は繰り返すと言うか、昔の認識に近くなってきたのか。
「水色ってそんなに若いの?」
エルフの年齢は、正直全くわからない。見た目で言うなら、水色よりもニーナの方が若くみえるくらいだけど。
「百を少し超えた程度だったはずよ」
「そりゃ若いな」
思わずそう答えて、私も変わったもんだと思ってしまう。
百歳まで生きた人間は、まだいない。
にも関わらず、私は百歳ちょっとを若いと思ってしまうのだ。
最近は人間の姿でいることが多いからあんまり意識してなかったけど、すっかり竜になっちゃったんだなあ。
「特にあの子は、紫に凄く憧れてたらしくって。紫が、自分より強いっていう剣部を叩きのめして、エルフの強さを証明しに来たんじゃないかしら」
「それは……」
私は、なんと答えたものか少し迷って。
「ご愁傷様……かな」
「本当、そうよね」
そうとだけ言うと、ニーナも深く頷いた。
ユタカは剣部の中では、けして強い方ではない。
だがそれは、歴代剣部の中で、という意味ではない。
何せ彼でもう二十数代にもなるのだ。剣部の血を引く人間は、それこそ百人以上いる。そのほぼ全員が、尚武の人であった。
ユタカはその中では下から数えた方が早い。
……けれど、常に研鑽し、工夫をこらし、剣を磨く彼らの技は世代を追うごとに明らかに強くなっている。それはエルフではとてもついていけない速さの進歩だ。
もうニーナでさえ、二十歳を超えた剣部には勝てないのだから。
「先生、出来ました!」
ユタカが大きな水車を担ぎ上げ、報告してくる。
目を向ければ全員が、思い思いの大きさや形の水車を手にしていた。
「よし、試してみようか」
文字を彫り込んだ水車を作り、誰が作ったものが一番回るのか。そういう趣向だ。
「じゃあまずは誰から……」
「私がやるわ!」
私が言い終えるのすら待たず、真っ先に手をあげたのはティアだ。
「えーと……水車はどこに?」
けれど彼女は手のひらサイズだ。水車なんて大きなものを持てるわけもなく、その手には何もなかった。
「これよ」
くい、とティアは自分の後ろを親指で指し示す。
「わたしたち、二人で、作ったのよ、せんせぇ」
その先にあったのは、ルフルが手にしていた超巨大な水車だった。
何メートルあるんだ、これは……
「ニーナ、頼めるかい」
「ん」
竜の姿の私よりも巨大なその水車を水車小屋に取り付けることはとても出来ない。ニーナは私の意図を瞬時に汲み取って、水辺に大きな木を茂らせた。
その幹の中ほどにぽっかりと空いた穴に車軸を差し込めば、水車の下端が水路に浸かる。流石はニーナ、完璧な調整だ。
「じゃあ……」
「ああそうだ。起動する際の掛け声は、Awakeにしよう」
「あうぇいく?」
水車に近づくティアにそう言うと、ニーナがちらりと横目で私に視線を向けた。
表情に変化はないが、あれは「聞いたことが無い言葉なんだけど」という目だ。
「起きろとか、目覚めろとか、そんな感じの意味の言葉だよ。動けとかだと、それが呪文になっちゃうだろ? 文字での魔法だけを発動させる呪文がほしいと思って」
英語なら普段使わないから、呪文と区別できる。犬の躾で芸をさせる時の命令に日本語を使わないのと同じ理屈だ。
「ああ……魔法語ね」
すると、ニーナは何やら妙な納得の仕方をした。それどころか、ユタカやリンまでもが「魔法語かあ」などと頷き始める。
「え、なにそれ、魔法語って」
聞いたことが無いんだけど?
「あんたが魔法の説明をするときにだけ使う、響きの変わった言葉があるでしょ。カタカナで書くやつ。エネルギーとか、ファイアブレスとか……あと、ドラゴンとか」
「ああ……うん……」
別に意図して外来語を避けてきたわけじゃないんだけど、言われてみれば原始的な生活で使う機会もさほどなかったかもしれない。けれどいつの間にかそんなことになってたとは……
「まあそれでいいか。ティア、そういうわけでお願い」
日本語のカタカナ言葉は、英語だけじゃなくて色んな国の言葉が入り混じっている。全部魔法語って事にしといた方が説明が楽だ。そもそもどれが何語由来かとかそこまで正確に知ってるわけでもないしなあ。
「はーい。そんじゃあ……
勢い良くティアが手のひらを叩きつけて、高らかに叫ぶ。
しかしその威勢の良さとは裏腹に、水車は全く動かなかった。
「ちょっと! なんで動かないのよー!」
ティアの喚き声を頭上から浴びながら、私は水車をじっと観察する。
巨大な羽の表面には、驚くほど小さい文字がびっしりと書かれていた。
なるほど。ルフルに組んでもらった巨大な本体に、ティアの小ささを活かして大量に文字を書いたのか。大味に見えて、意外とよく考えられている。
……けれど少しだけ、詰めが甘かったな。
「ティア、同じ言葉を何度も繰り返してもあまり意味はないんだよ」
水車には「水を受けて回れ」としか書かれていなかった。それだけがびっしりと書かれている。同じ文字を繰り返しても効果がないのは、言葉での呪文と同じだった。
言い回しを全部変えてこれだけ書いたならちゃんと動いただろうに。よくよく見れば、水車はごくごくゆっくりと動いていた。たった一節の文句では、これだけ巨大な水車を動かすのは難しいのだ。
「じゃあ、次はアタシのお願いしますねぇ」
水色が掲げたのは、美しい曲線を描く、なんとも芸術的な姿の水車だ。形は綺麗だけど、水車としての動作はどうだろうか。
「えーと、
水色が起動の文句を口にすると同時、木で出来た水車がぐにゃりと蠢いた。
それはまるで生きているかのように形を変えて水を捉え、それを吐き出して回転する。凄い……凄いけど、なんだ、この動き方。私の知ってる水車と、何もかもが違った。
「どうですかぁ?」
私の驚きの表情を見て、フフンと自慢げに水色が胸を張る。
「うん……いや、凄いよ」
率直に言うと、何かの虫みたいで凄い気持ち悪い。
けれどティアたちの水車より軽快に回っているのは確かなことだ。
回転速度が一定じゃないのが難点だろうか。
しかし、動き方が複雑過ぎたのだろう。水色の水車はすぐに止まってしまった。
結局のところ、水車を永遠に動かすのが無理だというのは、既にわかっていた。
文字を彫り込んだ魔法だろうと普通の魔法と同じで、その効果は時間が立てば切れてしまう。それどころか、魔法で効果を及ぼせるのは文字を彫り込んだもの自体だけという制限まであった。ユタカが何度やっても木簡を飛ばしてしまっていたのはそのせいだ。
けれど利点がないわけじゃなかった。呪文を、再利用できるのだ。
言葉の呪文は毎回長々と唱えなければならないが、文字は一度彫り込みさえすれば起動の一句だけで発動できる。後は一度起動すれば数時間回り続けるような水車が作れれば、随分脱穀や製粉が楽になるんだけど。
「じゃあ、次は俺のをお願いします」
ユタカが大きな水車を担ぎ上げ、水車小屋に差し込む。しっかり大きさを測ったのだろう。大きさはぴったりだった。作りも今までで一番精工で、かつ頑丈そうだ。
「
「おおっ……!」
ユタカの声とともにぐんぐんと速度を増して動く水車に、私は思わず声を上げた。至極真っ当で、王道の動かし方。うんうん、こういうので良いんだ。
しかし水車の勢いは止まらず、その速度はどんどん増していく。
「……ユタカ、水車になんて書いたの?」
「はい! こう書きました!」
ユタカは地面に矢印のマークを書いてみせる。……そうか。意味さえそこにあるなら、別に言葉じゃなくったっていいのか。
「これは……水に押されて動け、というだけじゃなく、その力そのものを増幅してるね?」
「はい。水の力だけじゃ回るのに足らないのかなと思って」
頷くユタカに、私は水車が加速していく理由を悟る。
多分、回転する力そのものが増幅され続けているのだ。
何度も使えるという利点があれば、当然文字で使う魔法にも欠点がある。
それは、意図と結果がズレる事があるということだった。
呪文を唱えて使う魔法は、出力が大きすぎたり小さすぎたりすることはあれど、思ったのと全く違う結果が表れるということはない。けれど、文字で書くとそれがズレる。こんなに加速させるつもりはユタカにはなかっただろう。それは単に出力が大きすぎたわけではなく、加速していくという挙動そのものが彼の意図したものとは違っているのだ。
「きゃー!」
高速で回転していく水車は芯棒が外れ、水路を滑って水色の方に転がっていった。
たまたまそっちにいただけだけど、彼女が毎回被害にあうのは何故なんだろうな……
「じゃあ、最後はあたしのかな」
ギャンギャンと喧嘩を始める水色とユタカを気にすることもなくリンが取り出したのは、彼女の胴回り程のシンプルな輪っかだった。羽根もなければ芯棒を通せるような穴もなく、水車のようにはとても見えない。
「せんせーは要するに臼を回すために水車を回したいんでしょ?」
言いながら彼女が向かったのは、水路ではなく水車小屋の中の方だった。
水車には繋がれていないが、石臼での製粉作業自体はこの小屋の中で行われている。
「
リンは手にした輪っかを石臼に嵌め、そう唱える。
すると、ぐるぐると臼が回り始めた。
「だったら、臼を直接魔法で動かす方が早いんじゃないかなって」
ああっ! 言われてみればその通りだ!
水車に拘るばかりに、私の頭からはその方法がすっかり抜け落ちていた。
「水なんて、要らないんじゃない?」
それはそうだけれど。
人魚の君が、それを言うのか。
私はそう思わずにはいられないのだった。
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