第10話 決闘/Squabble
「なんなのアンタ、何度も何度も、わざとやってんの!?」
「いや、断じてわざとじゃないよ。だからって許されるわけじゃないけど」
普段とは打って変わって怒鳴る水色に、ユタカは生真面目にそう答える。
「アタシを、バカにしてるの!?」
それがかえって、水色の火に油を注いだようだった。
「あのくらい、避けない水色が悪いんじゃないの」
ぽつりと落とされたニーナの呟きは、小声だったにも関わらずやけに部屋に響いて聞こえた。
「実際、ユタカはあんたの不意打ちを受け止めたじゃない」
「……アタシより、この猿の方が優れてるって言いたいんですか」
先程までのヒステリックな様子とは裏腹の、静かな声色。
しかしそこには明らかに今まで以上の怒りが込められていた。
「さあ? 得意なことなんて人それぞれだし、何が役に立つかもわからない。優れてるとか優れてないとか、そんな簡単にわかるものでも決められるものでもないでしょ」
それを真っ向から受けつつも、ニーナは涼しい顔で答える。
「でもまあ、戦ったらユタカの方が強いでしょうね」
どころか、更に燃料を足した。
「……わかりました。アタシがこんな猿なんかに、負けない事を証明してみせます。……表に出なさい。叩きのめしてあげるわ」
「え、嫌だけど……」
鋭い視線を向けて外を指し示す水色に、ユタカは戸惑いつつそう答えた。
「心配しなくったって、命までは取りはしないわ。ガッコウの、トモダチだものね?」
それを臆病だと見たのか、水色は馬鹿にするような口調で挑発する。
「いや、そうじゃなくて、水色は女の子だろ。敵ならともかく、味方の女の子に振るう剣はないよ」
そんな彼女に怒ることもなく、ユタカはきっぱりとそう言った。
私は、思わず笑いを漏らしてしまう。
途端、水色にすごい顔で睨まれた。美少女が台無しだ。
「ふざけないで! アンタも戦士なら、戦いなさい! それとも……剣部とかいうのは、腰抜けの集まりなの?」
「……わかったよ」
そうとまで言われたら、ユタカも引き下がれない。彼は水色とともに、校舎の外へと出ていった。
「せ、せんせぇ! だいじょうぶなの!?」
「どうだろう……水色がどのくらい強いのか知らないからなあ」
不安げに問うルフルにそう答えながら、私たちも外へと向かう。
ユタカはそんなに強いわけじゃない。
戦ってどうなるかは、ちょっとわからなかった。
「まさか止めないわよね?」
煽った張本人、ニーナはどこか楽しげに言った。
「ああなったら止める方が良くないだろ」
多分、水色が爆発したのは別に今日の出来事だけが発端ではないのだろう。
ニーナがさっき言ってた問題っていうのは、このことか。
「あんたも笑って煽ってたしね」
「いや、あれはそういうのじゃなくて……」
女の子を大事にする、なんてユタカが言うもんだから、私はつい笑ってしまったのだ。
「まあ、危なそうなら頼むよ、リン」
「うん。大丈夫だと思うけどね」
念のため、リンにそう頼んでおく。
彼女の水を操る魔法は、無傷で相手を無力化するのに非常に便利だ。私の魔法だとそうはいかないし、ニーナはその辺容赦ないというか、雑だからなあ。
私たちが外に出ると、水色とユタカは十メートル程の距離を取って向かい合っていた。
水色の手のひらから真っ直ぐな枝のような棒が伸び、彼女は髪に飾った花弁を一枚引き抜いてその先端に取り付ける。薄く軽い花びらはピンと伸びて、刃のようにユタカの方に向いた。
あれが、彼女のエルフとしての魔法か。多分実際、刃のようによく切れるんだろう。枝の長さは二メートルくらいで、水色はそれを両手で持って槍のように構える。
「剣を抜きなさい」
「言ったろ。女の子に向ける剣はない」
そう言って、ユタカは鞘ごと剣を地面に投げ落とした。
「馬鹿にして……!」
水色は叫ぶと、槍を投げ放った。あの長さで、投げ槍か。
それをユタカは容易くかわすが、その頃には水色の手には更に二本、槍が握られていた。
時間差を持って放たれる一本目を手で受け止め、それを投げ捨てながら二本目を蹴り上げる。
次々と飛来する槍を防ぎながら、ユタカは徐々に間合いを詰めていった。
「食らいなさい!」
叫ぶと同時、水色が突き出した槍は、今度は彼女の手から離れなかった。代わりにまるで植物が成長するかのように伸び、幾つもの節を作りながら折れ曲がって、槍にはありえない軌道でユタカに迫る。
今までの攻撃で投擲の直線的な軌道に慣れていたユタカはそれを何とか避けたものの、体勢は大きく崩れた。
「串刺しにして!」
そこを狙って、水色の呪文が飛ぶ。今まで投げ放たれた槍の柄が鋭く尖って、四方八方からユタカに向かって飛んだ。
ユタカは、弱い。
勿論まだまだ年若いのだからいくらだって伸び代はあるだろうけれど、これと言って目立った才覚もなければ、背だって水色よりも低い。
少なくとも今のところは、強いとは言えない。
――けれどそれは、剣部の中では、という話だ。
「ああ。びっくりした」
全ての指の間に槍を挟み込んで止めて、ユタカは声を漏らす。
そのくらいのことは、当たり前にやってのけるのが彼らだ。
「俺は
受け止めた槍を投げ捨てながら、ユタカは立て続けに呪文を唱える。
本来なら同じ言葉を繰り返しても何の意味もないが、ユタカのそれは別だ。
反射神経を。手足を動かす速度を。大地を蹴る動きを。蹴り足に押される身体を。
それぞれ別々に強化する、多重強化魔法。
「一度、防いだくらいでェッ!」
水色の髪が逆立って、まるで猛獣の牙のように鋭く尖る。
その中から無数の槍が飛び出し、ユタカを一気に刺し貫いた。
――私の目には、そうとしか見えなかった。
「俺は弱い」
その光景を認めた後、ユタカの声が私の耳を打つ。
認識よりも音よりも早く、彼の拳は水色の心臓を捉えていた。
直前で、その威力を全て自ら殺したんだろう。
柔らかな水色の胸に突き刺さった一撃は、しかし彼女の身体を少しも傷つけることなく当たっていた。
「これで、俺の勝ちってことでいいかな」
油断なく拳を構えたまま、ユタカは問う。
もし水色が負けを認めないならそのまま追撃を放てる体勢だ。
水色の目が信じられないものを見るように己の胸を見下ろし、次いで呆然とユタカを見つめ……
そして不意に何かに気づいたようにハッとして、自分の胸に視線を戻す。
「な……何アタシのおっぱい触ってんですか、この変態っ!」
放たれた平手の一撃は、彼女の槍より何倍も鈍く遅く……しかし、的確にユタカの頬を捉えた。
* * *
「信じらんないです、何が女の子に振るう剣はない、ですか。まさかそんな目的だったなんて、この変態」
「いや、待って、断じて、そんなことは、本当に、違う。違います」
まくしたてる水色に、ユタカは情けない表情でオロオロと弁解していた。
「お、俺は、ただ、その、いや、本当に、そんなつもりは」
「ユタカ」
泣きそうな顔をするユタカに、ニーナが真剣な表情で尋ねる。
「柔らかかった?」
「うん、すごく」
「君は真面目な顔で何を聞いてるんだ」
そしてユタカも正直に答えるなよ。
「やっぱりド変態じゃないですかぁー!」
「いや、違っ……今のは……ニーナ姉さん!」
叫ぶ水色とユタカに、ニーナはどこ吹く風だ。
……仕方ない。助け舟を出してあげよう。
「ユタカにそれを教えたのは、元を正せば私なんだよ」
「センセが!?」
水色は両腕で胸を庇って私から距離を取る。
「いや、違う、そこじゃない。……女の子には優しくしろ、って事をだよ」
結構傷つくな、この反応は。私はちょっとユタカの気持ちに共感し、弁護に熱を入れた。
「え、でも、俺がそう教えられたのは親父からですけど……」
「そりゃそうだろうね。私がそう教えたのは、もう六百年以上も前のこと。ユタカのずっとずっと前のお爺さんにだから」
六百年前。この世界の人間の女性たちは、まともな扱いをされていなかった。
けれど今は全然違う。むしろユタカの考え方の方が時代錯誤に近い。
現代において、男女の能力に違いはあれど差はないというのが一般的な認識だ。
何故なら、この世界には男女による腕力の差というものが殆どないからだ。
勿論全体的には女性の方が小柄で非力な傾向はあるが、それは肉体的な話だ。
剣部の当主を度々女性が務めていることからもわかる通り、魔法には多少の体格差など簡単に覆せる程の力がある。
……しかしまさかダルガへの説教を、何十代も経って未だに律儀に守ってるとはなあ。
あまりに懐かしすぎて、私は思わず笑ってしまったのだった。
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