第7話 巨人の力/Titanomakhia

「うーん……」


 砕けたレンガの欠片をくるくると回しながら、私は本に数字を書き連ねる。

 やっぱり、何度しても計算が合わない。


「どうしたの?」


 カラフルな布に糸を通しながら、ニーナは私に目を向けることもなくそう問うた。


「いや、やっぱり、あの壁がルフルの頭突きで砕けるわけがないんだよ」

「実際に砕けたじゃないの」

「そうなんだけどね……」


 ルフルの身長は五メートル十五センチ。これは、実際測ったのだから間違いない。

 十歳くらいの人間の女の子の、おおよそ四倍の大きさだ。


 すると、その体重は四倍ではなく、四倍の四倍の四倍で、六十四倍となる。

 縦にも横にも高さにも、四倍だからだ。十歳の子の体重は、大体三十キロくらい。

 となると、ルフルの体重は多分およそ二千キログラム。

 二トン。確か小さめのゾウがそのくらいだ。


 恐るべき重さではあるが――私が作ったこのレンガは、その程度の重さには耐えるはずなのだ。実際に、二トン程度に見積もった岩を用意して壁目掛け落としたところ、びくともしなかった。


「その前に石ぶつけたり爆発させたりしてたじゃない。壊れかけてたんでしょ」

「そんな感じはしなかったんだけどなあ」


 ニーナの言葉に、私は眉根を寄せた。

 もしそうだとするなら、表面にヒビの一つも入っているべきなのではないだろうか。

 ティアが作り出した爆煙の中から現れた無傷の壁は、鮮明な映像として記憶に残っている。


 あんなに綺麗な壁が、内部だけボロボロだったなんてことがあり得るんだろうか?


「なんか、最近もこんな感じの事があったような気がするなあ。不条理というか、計算が合わないっていうか……」

「水車のこと?」

「ああ、それか」


 動くはずのものが、動かない。壊れるはずのないものが、壊れる。

 現象としては全く真逆だが、なんとなく、共通の理由があるような気がしてきた。


「大体、考えてみれば計算が合わないのは当然なんだよな」


 巨人。ベヘモス。ドラゴン。

 この世界の陸上生物は、あまりに大きすぎる。


 ルフルは子供だからまだ良いけれど、大人の巨人ともなれば十メートルは超えているであろう個体がゴロゴロいるのだ。

 ベヘモスはそれよりも大きいし、ドラゴンに至ってはその体躯で空まで飛んでしまう。


 勿論飛行には魔法を使っているのだが、よくよく考えてみればただ立って歩いているだけでも十分おかしい。そもそも、人間の四倍もの体躯を持っているのに、体型が同じという時点でおかしいのだ。


 となれば、ルフルの身体はもっと重い可能性もあった。


 そうは言っても、彼女の体重を直接測る方法はない。あの巨体を支えられる天秤が作れないからだ。


「で、どうするの?」

「どうしようかな……」


 大学の校舎は、学生寮も兼ねている。けれどルフルは気を使って、今まで通り村の郊外に作った小屋で寝起きしていた。


「いつまでもあの子だけ別なんて、可哀想じゃないの」

「それはまあ、そうなんだけどね……」


 あれ以来、彼女は壁を破壊するような事は起こしてない。


「けど、万一うっかり重要な柱でも破壊して生き埋めにでもなったら目も当てられないからなぁ」

「そんなの、あんたよりはよっぽどマシじゃないの」


 プツリ、と小刀で糸を切り、ニーナは乱暴に布を私に投げ渡した。


 最近の彼女の趣味は刺繍だ。赤い布に白い糸で描かれているのは、見事な竜の姿だった。本当にこの子は、何やらせても上手に……


「……これは」


 その絵を見て私はあることを思い出し、思わず目を見開いた。


「何よ。何か変なことでもあった?」

「いいや……凄く上手だ」


 繊細な刺繍は鱗の一枚一枚、たゆたう炎の一筋までをも表現した細微なもので。


「何とか、なるかもしれない」


 それはある一つの発想を、私に与えた。



 * * *



「ルフル。これを壊してみてくれないか?」


 竜の姿で大岩を運び出してきた私に、ルフルは怯えるように身を縮こまらせる。


「この子にそんなこと、出来るわけないじゃない」


 その様子を見て、ティアが憮然としてそう言った。

 頭ごなしに決めつけるような彼女の物言いに、ルフルはますます大きな身体を小さくしてしまう。


「よくわかんないんですけどぉ」


 気怠げに髪をかきあげて、水色は岩に視線を向ける。


「これ、壊せばいいんですかぁ?」


 彼女が手を岩に向けると、その手のひらに水がじわりと溢れ出した。それを、水色は軽い動作で投げ放つ。すると水は瞬く間に膨れ上がると、鋭い槍となって一直線に宙を駆けた。


 しかし、それが岩に傷をつけることはなく、空中で粉々に砕け霧散する。

 ヒヒイロカネの剣を引き抜いて、ユタカが切り落としたからだ。


「兄貴は、ルフルにやれって言ってるだろ?」


 形のない水の槍を、後から動いて空中で切り落とすのがどれほどの神業か、私には想像すら出来ない。けれどユタカは何でもないような表情で、ただ水色にそう言った。

 驚きにか、水色の端正な顔が僅かにこわばる。


「ルフル。怖いのは、わかる」


 巨人というのは基本的に、粗野で乱暴な種族だ。

 そこに生まれついた彼女が何故ここまで臆病なのか、それはわからない。

 だけど――


「これはその恐怖を克服するのに、必要なことなんだ。君が恐れている、その、君自身の力を」


 ――だけど、彼女が何を恐れているのかは、わかる。私もまた、臆病者だからだ。

 ハッと目を見開いて、ルフルは私を見上げた。


「大丈夫。私は……竜は、君よりも強い。全力を出したっていいんだ」


 ルフルは戸惑うように視線を彷徨わせ……そして、やがてこくりと頷いた。

 彼女はゆっくりと岩の前へと歩みを進め、己の手を見つめる。


 彼女の手のひらは、人を乗せられるほどに大きい。

 けれど、丸く柔らかそうなその手は、どう見たってまだ幼い子供のそれだった。


 その手を、ルフルはゆっくりと振り上げる。

 技も何もない、ただ幼児が手を叩きつけるような、単純な一撃。


 ――瞬間、岩が爆発し、大地が揺れた。


 硬く巨大な岩はまるで卵の殻のようにいとも容易く砕け、粉々になった破片が辺りに飛散する。衝撃はそれだけではとどまらず、岩を通じて大地を打ち、凄まじい轟音を立てた。


 私は慌てて翼を広げ皆を守ろうとしたが、それは全くの無駄だった。

 私の右側では縱橫に生い茂った木の根が石の欠片を受け止め、左側では分厚く張られた水の壁が防いでいた。ニーナと、リンの仕業だ。


「ちょっと! あんた、大丈夫なの!?」


 己に巻きついた木の根をもどかしげに振り払い、ティアは真っ先にルフルのもとへと飛んでいく。


「う……うん……」


 巨人の女の子は自らが作り上げたクレーターの中で、体中に小石の欠片や砂埃を浴びて座り込んでいた。


「怪我は、ないみたいだね」


 けれどその身に傷らしい傷はついていない。手をとってもその肌はつるりとして柔らかく、傷どころかこの手があんな被害をもたらしたとは信じられないほどだった。


「ちょっと先生! 何させるのよ、危ないじゃないの!」

「ごめんごめん。確認したい事があったんだ。ルフルは大丈夫だろうとは思ったけど、心配させたね」


 両手を振り上げるティアに、私は頭を下げる。巨人よりも大きな今の身体だと、小妖精の姿はともすれば見失ってしまいそうなほどに小さかった。


「うん……ティアは、いつもわたしを心配してくれる」

「な――あんたみたいなデカいのの心配なんか、するわけ無いでしょ! 私が危なかったって言ってんの!」


 喚くティアをさておいて、私はルフルに向き直る。

 無駄に岩を破壊させたわけじゃない。私ははっきりと見ていた。


 彼女の手のひらが当たるよりも早く、岩が砕けるのを。


「君の力は、私の炎と同じだ。意識しなくても身体に備わっていて、勝手に出てしまう」


 言いながら、久々に私は口から炎をくゆらせる。

 最近は人間の姿を取っていることが大半で、過去に自分が苦労していたことなどすっかり忘れてしまっていた。

 ニーナには散々、ため息をつくなって怒られたもんだ。


 私にとって吐息そのものが炎であるように。

 ルフルにとっては動きそのものが破壊の魔法なのだ。


 けれど彼女のそれは、同じ巨人たちに比べてなおあまりに強い。

 大人の男性の巨人だって、これほどまでの力は備えていなかった。

 言うなれば、ルフルは常に重機に乗って生活しているようなものだ。


「だからそれは、ちゃんと制御できる」


 今度は炎を出さずに、私は言った。

 私は何十年もかけてそのコツを会得したけれど、今ならそんな苦労は必要ない。

 六百年以上も生きてきて、私にもほんの少しばかり魔法という物が分かってきたからだ。


「その力を……そうだな。『巨人の力』とでも呼ぼうか」


 そのままね、という後ろからの言葉を、私は黙殺した。うるさいよ、ニーナ。


「巨人の力には二つの使い方がある。ものを破壊する矛としての使い方と……君自身を保護する、盾としての使い方だ」


 ルフルの頭についた石片を払ってやりながら、私は説明する。

 軽く撫ぜただけだが、やはり力の壁のようなものがルフルの身体を守るのを感じた。


「それを、盾の方だけに集中させるんだ。自分自身に、そうお願いしてごらん」


 ルフルは戸惑うように私の顔を見つめ……そして、自分の胸に手を当てる。


「わたしのなかの、巨人の力。わたしを、まもって。もう……だれも、きずつけたくないの」


 呪文を唱え、ルフルはじっと自分の手を見つめた。

 果たして効果があらわれたのか、疑問に思っているのだろう。

 この世界の魔法は、発動したって勝手に光ったり音が出たりはしない。


「ニーナ」


 名前を呼ぶか呼ばないかのところで、ぽんと私の手元に花が飛んできた。

 見覚えのある、いつかの白い花だ。全くうちの相棒は気が利く上に記憶力もいい。


 私は人の姿に戻って、私の手のひらほどもある太さのルフルの指に、それを預けた。

 制御できないままの彼女の力でつまめば、すぐさま粉々にすり潰されてしまうであろう、小さな小さな花。


 それは、彼女の笑い声が起こす風に、ひらひらと揺れた。

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