第29話 群体/Legion

「いや、何でそんなに驚いてるのさ」


 驚きのあまり言葉も出ない私に、シグは半ば呆れたように言った。


「だって、君、どうして……」

「話は後だよ。あいつらなんとかしないと」


 鼠たちは先程のシグたちの攻撃でほぼ半壊しているが、どこからともなく増援が湧いて出てきていた。一体、何万匹いるのだろうか。


「先生、火を出してくれる? 呪文一節くらいでいいから」

「火よ……これでいいのかい?」

「ありがと」


 言われるがままに手のひらの上に炎を浮かべると、シグは突然その火の中に手を突っ込んだ。


「シグ!?」

「赤きもの、熱きもの、全てを燃やす炎よ。我が手に従いて、剣となれ」


 ずるり、とシグの手が炎を引きずり出す。もう片方の手で撫で付けて棒状に整えると、それは彼が唱えた通りに剣のような形でその手の中に収まった。


「ほら。ユウキも手伝えよ」

「え、わ、う、うんっ」


 その剣をユウキに手渡し、シグは踵を返して鼠たちに立ち向かう。


「じゃあ……お兄ちゃん。その、離してくれると嬉しいんだけど」

「え? あ、ご、ごめんっ!」


 私はユウキを抱きしめっぱなしだったことに気がついて、慌てて両腕を開いた。


「すぐ、戻ってくるからね」


 ユウキはニコリと私に笑いかけ、すぐに表情を真剣なものへと引き締めると、炎の剣を携え鼠たちへと駆け出した。


「ねえシグ、これ、刃筋どっちなの!?」

「火にそんなもんあるわけないだろ、好きに振るえよ」

「そう言われても……!」


 その時、鼠が高く跳躍してユウキに襲いかかり、彼女は反射的にそれを切り落とそうと剣を振るう。


 途端、剣は鞭のように長く伸びたかと思えば、まるで巨大な蛇のように地面を舐めて延長線上にいた鼠たちごと焼き払った。


「うわっ、流石先生の火だな。すごい威力だ」

「こんな危ない武器使えないよ!?」


 一瞬とはいえ地平の彼方まで伸びた炎に、ユウキは悲鳴のような声を上げた。


「使えるさ。それは先生の炎で作った剣で、お前は剣部なんだから」


 けれどシグは当たり前のようにそう答える。ユウキはハッとしたように剣を見つめ、やがてこくりと頷いた。


「よし。背中は任せたよ。……リン!」

「はいはいいっくよー! おっきな火が、どっかーん!」


 景気のいい掛け声とともに、巨大な爆炎が人魚の指先から放たれる。


「汝、我が槍となりて、彼の者を討ち滅ぼせ!」


 それをシグは空中で引っ掴むと、まるで粘土のように丸めて伸ばし、一本の槍にして投げ放った。鼠の群れの只中に突き刺さったそれは、ぐにゃりと歪むと元の炎としての性質を取り戻し、辺りに破壊の高熱を撒き散らす。


「あなたは私、私はあなた。吠えて走って追い立てる、仕事の時間よ影法師!」


 炎に照らされるルカの影が、呪文とともにむくりと厚みを持っていくつも立ち上がった。それはバラバラに駆け出すと、炎から逃れようと散開する鼠たちを四本の脚で追い回しながらひとところに集めていく。真っ黒に染まったその姿が両手を大きく開くと、それは十の牙を備えたあぎととなって鼠たちを刺し貫いた。まるで本物の狼……いや、それ以上の猛獣のようだ。


「そちらには、行かせるわけにはいきませんね」


 包囲の隙間を突いて逃げ出す鼠たちに、紫さんがしなやかな手を向ける。その指先から棘の生えた茨の蔓が伸びて地面に突き刺さったかと思えば、鼠たちの足元から幾本もの茨が飛び出して、その身体をズタズタに切り裂いた。突如地中から飛び出してきては、触手のように伸びる蔦をかわすのは鼠たちの俊敏さでも不可能なことだった。


「うん、慣れてきた!」


 ユウキの振るう炎の剣はその長さを自在に変えて、遠近どちらにいる鼠も確実に捉えて焼き滅ぼす。彼女は戦いの場の中心に立ちながら、魔法の制御に集中する仲間たちを狙う鼠のことごとくを寄せ付けず、切り落としてみせた。


 ルカが場を整えて、リンがきっかけを作り出し、シグがそれを形成して扱う。紫さんが全体を見守りながら細かくフォローを入れて、ユウキがそれぞれを支える。

 ――それはまるで、かつての教室を思わせる光景だった。


「あれなら、手伝わなくても良さそうね。楽でいいわ」


 深く息をつきながら、ニーナがそんなことを言う。


「手伝えない、の間違いじゃなくて?」

「うるさい」


 思わず軽口を叩けば、ニーナは憮然として答える。

 彼女が戦闘に加わらないのは何もサボってるわけじゃない。アマガを治療してくれていたからだ。傷を回復させる魔法というのは極めて難しい。強い魔法の力と繊細なコントロールの両方が必要で、これを実用的な範囲で使えるのはニーナくらいだった。

 彼女にしろ、さっきのアマガほどの傷を治したらしばらくは炎の一つも出せなくなってしまう。


「ニーナ先生、ありがとうございます」

「はいはい、いいからあんたはしっかり私たちを守りなさいよ」


 深々と頭を下げるアマタに、ニーナは鬱陶しそうに手を振った。

 脚を折って動けない男と、魔力切れの女。そんなわかりやすい獲物を鼠たちが見逃すわけもなく。


 アマタはそのことごとくを、頭を下げた姿勢のまま石剣で切り落としていた。一体どうやっているのやら、目の前で起こっているのにさっぱりわからない。彼だって相当疲れているだろうに、今なおこの技の冴。流石当代剣部というしかなかった。


「待て!」


 戦況を不利と見て取ったのか、白鼠が叫ぶ。


「忘却しているのか。ワタシたちが、お前たちの同胞を備蓄としていることを」

「備蓄……?」


 その不吉な響きにおおよそは事態を察したのか、シグはピタリと手を止める。


「そうだ。これ以上ワタシたちを攻撃するのなら、ワタシたちも備蓄食料を全て――」

「そのビチクというのは、これのことか?」


 甲高い白鼠の声を遮ったのは、正反対の太く低い声だった。


「――ベオルさん!? どうして!?」


 その隆々とした四本の腕にそれぞれ村人たちを担ぎ上げ、全身傷つきながらも雄々しく立つのはリザードマンたちの族長、ベオルさんだ。


「全員……とは言えませんが、無事ですよ。ご安心ください、先生」


 病人たちを乗せた荷台を引いて、ルカの父親、タウロが朗らかな笑みを見せる。


「傷を見せてください。今、治療します」


 そしてエルフの黄緑さんまでもがやってきて、私の脚に黄緑色の木の葉を巻いてくれた。


 彼らだけじゃない。リザードマンの一族やルカの弟妹たち、見知らぬエルフまでもが、続々とやってくる。彼らは皆多かれ少なかれ傷を負っていて、鼠たちと戦ってくれていたのだと知れた。


「皆、どうして……?」

「どうしてだって?」


 呆然と呟く私に、シグが得意気に答える。


「そんなの、僕が連れてきたに決まってるだろ!」

「でも……一体どうやって?」


 よくよく考えてみれば、リンがいるのは明らかにおかしい。

 私は彼女と別れてからここまでほとんどまっすぐ飛んできたのだ。私の翼と同じくらいの速度で移動できなければ今ここに来られるはずがない。


「今からタネを教えてあげるよ」


 シグは言って、白鼠に向き直る。


「取引しよう」

「いかなる取引か?」


 だしぬけにそう言い出したシグに、白鼠は問う。


「槍持つ王は右目を差し出し、知恵を得た」

「……何の話だ?」


 鼠と一緒に、私も内心首を傾げた。


「人魚の姫は声を差し出し、脚を得た」


 けれど、次の一節を聞いて私は気付く。

 違う。これは鼠への呼びかけじゃない。


「我が差し出すは二本の腕。指も無ければ肘もない、けれど誇りある我がこの腕と引き換えに」


 ――呪文の詠唱だ。


「空を自在に駆ける力を与えよ!」


 シグの、肘から先が欠けた上側の腕がバサリと音を立てて広がる。


 それは、翼だった。鳥のような羽根を持つ翼じゃない。コウモリのような――いいや。

 あれは紛れもなく、竜の翼だ!


 彼は翼をばさりとはためかせると、矢のような速度で宙を舞った。

 そして鼠たちの群れの中に突っ込み、まるで猛禽のような鋭さで白鼠を引っ掴み、こちらへと戻ってくる。


 その姿は蜥蜴人リザードマンと呼ぶよりも、竜人ドラコニュートと呼ぶ方が相応しい。


「さて、先生。こいつをどうする?」


 シグの手の中に捕らわれた白鼠は、もはや観念したのか暴れることすらなくただじっとその赤い目で私を見つめる。


「……そうだな」


 私は少し悩んだ後、答えた。


「私の質問に答えて、もうこの村に手を出さないと約束するなら、見逃してやる」

「あんた、この期に及んで……!」


 食って掛かるニーナを腕で制し、目配せをする。すると彼女は不満げに私を睨みながらも、取り敢えず矛を収めてくれた。納得行かない処分を下したら許さないわよ、とでも言いたげな顔だ。


「承知した」

「じゃあ、質問だ」


 シグの手の中で白鼠が頷くのを見て、私は問いかける。


「アルジャーノンは、喋る事ができるのは自分だけだと言っていた。それは本当か?」

「肯定する」

「では、今は君の他に喋れる鼠はいるのか?」

「いない」


 恐らくそれは、嘘じゃない。……と言うより鼠たちは、嘘をつかない。

 なんとなく、そんな気がした。


 何故なら嘘というのは、相手を騙すためにつくものだからだ。

 相手を騙すためには、相手の考えていることを理解しなければいけない。

 きっと鼠たちは私たちの考えていることを予測は出来ても、理解はできていないのだろう。

 我々が彼らの考えを理解できないように。


「君が死んだ後、君たちの中にいる喋れる鼠の数は?」

「一体だ」


 ――やはりだ。


「どういうこと?」


 白鼠の矛盾した答えに、ニーナは眉をひそめた。白鼠以外に喋ることが出来る鼠はいないのに、彼が死んだ後にも一体喋る鼠はいる。普通に考えればそれはおかしなことだ。

 けれど私は、それが成り立ちうる可能性に思い至っていた。


「群体なんだ。彼らは全部で一匹の生き物なんだよ」


 だから彼らは死を恐れないし、発話の機能を持つ鼠は一体で良い。

 人が髪を切ることを恐れないように、喋る口を一つしか持たないように。


「肯定する」


 恐らく、この白鼠を殺しても、また新しく白鼠が生まれるだけの話なのだ。

 だから唯一の鼠であっても、リーダーではない。


「だからきっと……この場にいる鼠たちを皆殺しにしたって、無意味だ」

「肯定する」


 この鼠を本当の意味で倒したいなら、全部滅ぼし尽くすしかない。……けれどそんなことが、可能とは思えなかった。


 彼らは馬鹿ではない。

 最低限の個体は、全く別の場所に残してあるだろう。


 どの程度かわからないけれど、彼らは記憶を共有している。

 今回の戦いで私たちの戦力は解析された。

 そして今度は確実に勝てる力を蓄えて襲い掛かってくるのだ。


「そこまで聞ければ十分だ。せめて、数を減らさせてもらう。……なるべく、逆襲に来る日が遠くなるように」


 私は炎の塊を作り出して、生き残った鼠たちの上に浮かべた。


「お前は見逃すと言った」

「ああ。言ったよ。何処かにまだ数匹残っているんだろう? それは、見逃す」


 正確に言えば、見逃さざるを得ない。どこにいるかもわからない、小さな数匹の鼠を探し出すなんて不可能だから。


「ああ」


 白鼠は声を荒げるでも、私を批難するでもなく、ただ呟くように言う。


「なるほど」


 怒号や怨嗟よりもよほど不吉な響きを残し――鼠たちは、残さず燃え尽きた。

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