第27話 六番目の生徒/The sixth student

 急いで翼をはためかせ、ヒイロ村を視界に収めた私は絶句した。

 そこに広がる光景は、まるで村中に墨汁でも零したかのように黒く塗りつぶされている。

 ……まさか、あれが全部鼠だっていうのか!?


 そのあまりの光景に慄いていると、村の中心、広場になっている辺りからまるで花火のように炎が上がった。空を舞う私の姿を見つけて合図してくれたんだろう。こんなことをするのは一人しかいない。


「ニーナ、大丈夫かい!?」

「遅いわよ、馬鹿!」


 よかった、元気そうだ。

 文句の声を聞きながら、私は竜の姿のまま広場へと降り立った。


 途端、四方八方から襲い掛かってくる鼠たちを尻尾で薙ぎ払う。竜の強靭な尾はいとも容易く小さな鼠たちを弾き飛ばすが、その数は全く減った気がしなかった。まるで黒い絨毯だ。


「ユウキ、絶対に背中から降りるんじゃないぞ!」

「わかった!」


 こんな中に降り立っては、いくらユウキでもひとたまりもないだろう。無数の鼠たちが私に襲いかかっては噛み付いてくるが、ヒヒイロカネのねずみ返しも削れないような牙じゃ私の鱗には歯が立たない。


「ニーナ、一体なんだってこんなことに!?」

「わかんないわよ、急に襲ってきたの!」


 ずっとここを一人で守っていたのだろう。

 ニーナの周りには鼠の死骸がうず高く積まれていたが、鼠たちは攻撃を止めようとしない。


「やめろ! 君たちは言葉がわかるはずだろう!? 一体何でこんなことをしてるんだ!?」


 呼びかけても全く反応はなく、盲目的に襲い掛かってくる鼠たちに私はやむなく炎を吹いて応戦した。本当に、彼らは言葉がわかっているんだろうか?


 どれほど、そうしていただろうか。相変わらず数が減ったようには見えなかったが、流石にかなわないことは察したのか、鼠たちの攻撃の手が徐々に緩み始めた。


「村の人たちは?」


 ようやくニーナと会話できるだけの余裕が出来て、私は問う。


「氷室の方に避難させたわ。アマタが守ってる」

「なら大丈夫……とも言えないか」


 ユウキもそうだけど、剣部たちは基本的に強大な少数の相手との戦いを前提とした戦い方を得手としている。それは巨人であったり、エルフであったり、リザードマンであったり……竜であったり。


 その反面、広域を一気に焼き尽くすような魔法はあまり得意ではなかった。一匹一匹は脆弱な鼠たちとは言え、この数ともなると流石のアマタも厳しいかもしれない。だからこそ、ニーナも一度に大量の鼠を相手どれるこの広場に残って守っていたのだろう。氷室へ行くには、どうしたってここを通る必要がある。


 その時、コツン、と私の頭に何かが当たった。


「お兄ちゃん!」


 バラバラと音を立て降り注ぐそれから、私は反射的に翼を広げてユウキを守る。

 飛んできたのは小さな石だった。


「投石……!?」


 小豆のような、小さな小さな石だ。はっきり言ってそんなものが当たったところで痛みもダメージもない。けれど私はそれに驚きを隠すことができなかった。


 鼠たちが小さな石を拾い上げ、投げてきていたからだ。


「痛ッ!」


 ニーナが悲鳴を上げた。美しいその額から、血が垂れる。


「やってくれるじゃない――!」


 彼女の怒りの声とともに、地面から木々が生えだした。それは無数の武器となって、空中に浮かび上がる。

 だがそれが放たれる前に、ニーナの視界を無数の小さな泡が遮った。


「何よ、これは……!」


 ニーナがぶんと腕を振ると、風が吹き荒れる。だが互いにくっつきあった泡の壁は風に大きく揺れるだけで消えも吹き飛びもしなかった。

 その泡の壁の向こうから、何匹もの鼠たちが飛び込んでくる。


「小賢しいっ!」


 狙いをつけることを諦め、ニーナは木製の武器を矢のように放つ。それは泡ごと鼠たちをなぎ払い、消し飛ばした。


「ニーナ、それは違う!」


 私は彼女に警告を発する。いくらニーナの魔法が強力でも、それは物理的な攻撃だ。

 死体が、跡形もなく消し飛ぶわけがない。あれは魔法で作り出した、動く影だ。


「キャァっ!」


 途端、ニーナの悲鳴が上がった。

 見れば彼女の身体には、いつの間にか何匹も鼠が取り付いていた。


「ニーナお姉ちゃん、動かないで!」


 ユウキが私の背から飛び降りて、ヒヒイロカネの剣を振るう。

 それはニーナの身体に毛ほどの傷をつけることなく、彼女の身体を登る鼠たちを切り落とした。


「ふたりとも早く、私の背の上に……!」


 言いかけた私の脚に、鋭い痛みが走った。


「……嘘だろ」


 痛みのもとに視線を向けて、私は思わず呻く。

 小さな鼠が、その身に相応しい大きさのヒヒイロカネの剣を手にして、私の脚を突き刺していた。


「くそっ……ニーナ、火を!」


 そう叫ぶと、ニーナはすぐに私の意を察して巨大な炎を作り出し、私に向かって投げ放つ。

 それは私にとっては気持ちのいい風に過ぎないが、私の身体を登り始めていた鼠たちにとっては致死の熱だ。


 私はそれをくぐり抜けると、ニーナとユウキを前足で引っ掴んで一気に空へと舞い上がる。流石に空までは追っては来ないだろう。


「何なの……何なのよ、あいつらは」


 ニーナが苛立ちと恐怖の入り混じった声で言う。


「お兄ちゃん、あの魔法って……」

「うん」


 私は頷いた。


「私たちの、魔法だ」


 投石。泡。影。そして剣。それは全部、私たちが特別教室の授業で考案し、作り上げ、練習してきた魔法だった。とても偶然とは思えない。


 鼠たちは、授業を聞いていたんだ。

 部屋の片隅で、私たちに気づかれないように、ずっと。


「でもまさか剣まで作るなんて……痛っ」


 言葉の拍子にずきりと痛みが走り、私は顔を歪ませた。


「悪い、ユウキ、脚に刺さった剣を抜いてくれないか?」

「うん」


 それを握っていた鼠はニーナの炎で焼け落ちたが、剣自体は私の脚に刺さったままだ。身体を丸めるようにして前足で持ったユウキを後ろ足に近づけると、彼女はひょいと手を伸ばして私の脚から剣を引き抜いた。


「……お兄ちゃん、これ、剣じゃない」


 そして抜いたそれをマジマジと見つめ、ユウキは言う。


「釘だ。柵を補強してる釘だよ」


 なるほど。柵をかじり取って破壊し、取り出したのか。確かに釘なら彼らのサイズには丁度良い長さの剣になる。最初から使ってこなかったのは、今柵から取り出してきたからだろう。


「……まずいわね」

「ああ」


 だとすると、ヒヒイロカネの釘はこれ一本じゃない。それこそ何百とあるはずだ。


「アマタが心配だ。急ぐよ、掴まって」


 私はユウキとニーナを背に乗せて、翼に力を込めた。



 * * *



 村の外れ、最北の端に、氷室はある。

 かつてアイの家族が住んでいた最初の家、小高い丘の上にある洞窟だ。

 普段は扉によって閉ざされたその入口は大きく開け放たれて、それを囲うように氷の壁が反り立っていた。


 上手いやり方だ。氷室の中にはとてもじゃないけど村人全員は入らない。その中に溜まった冷気を利用して氷の壁を作り、鼠たちの侵入を防いでいるのだろう。


「先生!」


 そして門番のようにその入口に立ちはだかるアマタが、全身を真っ赤に染めて私を呼んだ。

 その足元に転がるおびただしい数の鼠の死骸が、彼の奮戦具合を物語っている。


「アマタ、大丈夫!?」

「はい、ご安心ください。これは全て返り血です」


 その横に降り立って尋ねると、アマタはこともなげにそう答えた。

 流石というほかない……が、そう答える彼の肩は言葉とともに大きく上下する。

 そう余裕というわけでもなさそうだった。


 氷室の周りには建物はほとんど無く、かつて広がっていた森も全て切り開いてしまった。ここでならある程度本気で炎を吹いても村には被害が出ないということだ。


「戻ってきたか」


 鼠たちを一網打尽にしてしまおうと息を吸い込んだ、その時のことだった。


 黒い鼠たちの群れの中から、白い鼠が姿を現したのは。


「どうしてこんなことをした、アル」

「理由は三つある」


 怒気を孕んだ私の言葉に、アルはいつもどおり平坦な口調で淡々と答えた。


「一つ目は、戦力がいなくなったからだ。特に最大戦力であるお前が不在の間に、人間の戦力をある程度削いでおく必要があった。

 二つ目は、食料確保の為だ。お前たちから提供される量ではもはや足らなくなった。故に収奪を行った。

 三つ目は、食い扶持を減らすためだ。食料に対してそれを必要とする生物が過多である。ゆえに、間引いた」


 その口調には何の悪びれもなく、かと言って誇ったり嘲ったりするような響きも含まれていなかった。ただただ、無感情に事実を通知する。

 その物言いに、私はある予感を抱いて尋ねる。


「食料を必要とする生物……それは、人間と鼠、どっちの話だ?」

「どっちもだ」


 当然のように答えるアルに、私はこの生き物とけして分かり合えないと直感した。

 同じ言葉を使っているのに、意味はわかっているのに、通じ合える気がしない。


 おそらくアルには、悪気も悪意も一切ないのだ。

 騙しただとか、約束を破っただとか、そういう意識すらない。

 そう出来たから、やった。ただそれだけの話だ。


「悪いけれど止めさせて貰うよ。アルジャーノン。今すぐ、引け。そして二度とこの村を訪れるな」


 私は力を込めてアルの名前を呼び、そう命じた。


 真名。勝手に他人が付けたものが有効である場合もあれば、そうでない場合もある。

 それがどういう仕組なのかはわからないが、一つだけわかっていることがある。

 その生き物自体が、それを自分の真名だと認識していれば、それは真名となるということだ。


 わざわざアルなんて愛称を付けたのは、このため。

 愛称があれば本来の名を真の名であると認識する。

 それは人も鼠も変わらないはずだ。


「先程から、お前はワタシをアルと呼ぶが」


 だがアルは……白鼠は、可愛らしく首を傾げ、答えた。


「その個体であれば、もうとっくに死亡している」

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