第15話 四大属性/Four Elements
「属性、という考え方がある」
私は久方ぶりに石板に石筆で絵を描きながら、そう切り出した。
教室の奥に持ち込んだ巨大な石板の表面に、白く柔らかな蝋石で文字を書くのは殆ど黒板にチョークで書くのと変わらない。水を含んだ布で拭えば簡単に消すことも出来るけれど、この特別教室では殆ど使っていなかった。実地の方が生徒たちの覚えが良いからだ。
だけれどこればかりは、まずは頭で学んでもらわなければいけなかった。
「この世の全ての物事は、いくつかの属性の組み合わせによって出来ている、という考え方だ。その中でも特に基本となる四つの属性を、四大属性と呼ぶ。火、土、水、風の四つだ」
燃え盛る炎、硬い石、滴る水、風に舞い散る木の葉の絵を描きながら説明すると、案の定生徒たちは皆顔に疑問符を浮かべていた。
「例えば、生き物なんかは一番わかりやすい。身体には血という水が流れ、呼吸で風を吸っては吐き、肉体はやがて土へと還り、胸には命の火が灯っている。どれが欠けても、生き物は死ぬ」
「僕たちの身体が、土でできてるっていうの?」
こういうとき、真っ先に疑問を呈するのがシグだ。
「大きく分けると土に属しているっていうだけで、土そのものではないよ。血が水そのものじゃないように」
「以前、ニーナ様に習いました。物質の三態、ですね?」
真っ先にそこに思い至ったのは、紫さんだ。流石叡智を蓄えるエルフというべきか。彼女は記憶力がとてもいい。よく覚えているというだけでなく、その知識を引き出す速度も非常に早かった。
「さんたいって、なんだっけ」
同じ授業を受けているはずなのに、リンは首をひねる。表情からして、シグとユウキもいまいち覚えてないらしい。
「石や土みたいに目に見えて、形があるのが固体。水みたいに目に見えるけど、形がないのが液体。空気みたいに目に見えないし形もないのが気体だよ」
「おー、わかりやすい!」
「そういうことだったのか……」
「なるほどー」
丁寧に説明するルカに、リンとシグ、ユウキは感嘆の声を上げた。ルカは物事を自分なりに飲み込んで説明するのがとても上手だ。多分、ニーナの説明はもっとわかりにくいものだったろうに。
「そう。固体、液体、気体。これはそのまま土、水、風に対応している。そして火はエネルギー……ものを温めたり、動かしたりする力そのもの。この世のものは全てこの四つをうちに秘めているんだ」
「おみずも?」
リンの何気ない質問に、私は息を呑んだ。彼女の発想はいつも固定観念というものに縛られず、実に自由だ。それ故にしばしば本質を突いてくる。
「馬鹿。水は水なんだから、水だけに決まってるだろ」
「それが、実はそうでもないんだ」
そしてシグはその真逆。実に真っ当な感性の持ち主で、常識的な考え方をする。だけれどそれはそれで得難い資質だ。意外とこの二人は、いいコンビなのかもしれない。
「液体である水を温めれば気体の蒸気に、冷やせば固体の氷になるだろう? それはつまり、水にはもともと土や風の性質も含まれていたということになるんだ。水に火を足せば風になり、逆に引けば土になる。……引けるということは、もともと水の中に火もあったということになる」
「あ、そっか。この火や水っていうのは、ほんものの火や水のことじゃなくって、色みたいなものなんだね」
ユウキがぽんと手を叩く。
「色?」
「そう。火色は火の色だけど、火そのものじゃないでしょ?」
「……わかるような、わからないような」
私はシグと一緒に首を傾げた。ユウキもなかなか感性が独特だ。けれど彼女は物事のコツを掴むのが物凄くうまい。彼女なりに、理解したのだろう。
「……それで、その、色がどうしたの?」
説明が続いて飽きてきたのだろう。シグは少し苛立った様子で尋ねた。
「うん。この世の全てのものが属性の組み合わせによって出来ているなら、魔法もそうなんじゃないかって考えたんだ」
「あっ」
気づいたのだろう。紫さんは声を上げて、ぐるりと同級生たちを見回した。
「うん。実は、君たちはある程度、属性を考慮して集めてきた」
森にすみ、土と縁の深いエルフ。
草原にすみ、風の匂いを辿るリュコスケンタウロス。
海にすみ、水とともに生きる人魚。
火山にすみ、火に親しむリザードマン。
火竜である私が冷気に関する魔法を全く使えないように、魔法の適正には四属性が深く関わっているだろうということ自体はずっと前から感じていた。この前リンに発想をもらうまでは、それはぼんやりとしたものだったけれど。
「今日は君たちの、四属性の適正を測ってみようと思う」
* * *
「準備できました、先生」
「うん、ありがとう。助かるよ、アマタ」
折り目正しく腰を折るアマタに、私は労いの言葉をかける。
かつてはユウキそっくりだった少女のように愛らしいかつての少年は、あまり背の伸びない妹とは裏腹にすくすく成長し、精悍な青年へと変貌していた。太く逞しい腕は彼の身体の数倍はあろうかという木の柱を軽々と担ぎあげて、校庭の真ん中に置く。
「しかし、こんなもの何に使うんですか?」
彼に用意してもらったのは小さな桶が幾つかと天秤、そして拳大の石が一つだ。アマタは非常に手先が器用で、特に木材を扱わせると実に巧みに組み立ててくれる。リンの車椅子も、彼に頼んで作ってもらってからは一度も壊れていなかった。
「これはね、測定に使うんだ。ニーナ、お願い」
「ん」
私はニーナに合図すると竜の姿に戻り、紫さんに出して貰っておいた蔓を構える。
「火よ」
ニーナが短く呟くと同時、彼女の手のひらから炎が立ち上って、柱のように高くそびえ上がった。
「ええーと、この辺かな。ユウキ、ニーナの手の位置で握って」
「うん」
翼は使わず魔法で浮き、ニーナの炎の先端辺りまで茨の蔓を持ち上げたところで、ユウキに長さを測ってもらう。そしたら地面に降り、棘の数を数えれば炎の長さがわかるという寸法だ。
「うん。五百六十センチってとこかな」
「ニーナ先生……火……五百六十……」
ルカが手にした木板に墨筆で記録していく。
「次は、水だ」
私は木桶をニーナの足元に置いて待機する。
「水よ」
途端に、彼女の手のひらから水が溢れ出た。
「おっとっと……」
私はそれをこぼさないように、桶で受け止める。
「えーと、八百……二十ってところかな」
その桶は縦横高さを十センチずつで作っている。つまり、満杯になれば千立方センチだ。一センチ水が溜まるごとに百。それ以下は適当に目分量だ。
「水……八百二十……」
「じゃあ次は、風だ」
私は木の葉を一枚手のひらに置いて、ニーナの前に差し出す。
「風よ」
彼女の指先から風が吹き荒れ、木の葉を飛ばす。
「千六百ピッタリかな」
後は彼女の足元から、木の葉が飛んだ距離を出せばいい。木の葉を見失わないようにするのが大変だった。
「最後は、これだ」
天秤を作るのは、意外と簡単だった。中央の支柱から天秤棒を吊るし、釣り合うように調節しながら天秤皿となる籠を吊るしてやる。天秤皿の片方に石を置き、もう片方に空の桶を置いてやれば、完成だ。
土属性をどうやって測ったものか、私はかなり悩んだ。ニーナや紫さんみたいに植物を何もないところから生やすなんて芸当は、エルフにしか出来た例がない。かと言って、土を生み出すのも無理なようだった。水や火、風を作り出すのは簡単にできるのに土は出来ないというのも不思議だけれど、出来ないものは仕方ない。
「石よ」
そこで思いついたのが、重さだった。
重力とは大地の力。重さを増す魔法は土の範疇だろう。
ニーナが呪文を一節唱えた途端、天秤が大きく傾いていく。
私は天秤が釣り合うようにもう片方の桶に水を入れてやる。
「四百ってところだね」
空の桶と石は釣り合っているから、注いだ水がそのまま石が重さを増した分になる。一リットルの水はほぼ一キログラムだから、水の量で重さがわかる。
「あれ、ニーナお姉ちゃん、土が一番苦手ってことなの?」
ルカの記録した数値を見て、ユウキが声を上げた。
「いや、別の属性の数値の差にあんまり意味は無いよ。大体同じような値になるようにはしたけど、大きい方が得意ということにはならない」
それは例えるなら、握力と幅跳びの数値を比べるようなものだ。
これによってわかるのは、飽くまで生徒間の得意不得意。
「さあ、好きな順番で測ってくれ。火は私が、水と風はニーナが、土はアマタが測るから。呪文は今ニーナが唱えたように、それぞれ一節だけにしてね」
本当は呪文無しで魔法を使った方が本来の地力がわかりやすいような気がするんだけど、それだとそもそも魔法が発動しない生徒もいる。ということで、一節だけというルールでやることにした。
「じゃああたし、ひからやるー!」
真っ先に私の前にやってきたのは、リンだった。
「ひよぉ!」
彼女が高々と掲げた手のひらから、ぼっと音を立てて炎が立ち上る。ニーナが出した炎に比べれば随分可愛い炎ではあるけれど……
「九十……いや、百だな」
それでも一メートルにも及ぶ火炎が、彼女の手から伸びていた。炎の魔法も使えることは知っていたけど、まさかここまでとは。水中で暮らす人魚なのだからてっきり炎は苦手だとばかり思っていたけど、なかなかの成績だ。
「よろしくお願いします」
次にやってきたのは、やや緊張した面持ちのルカだった。
「火よ……!」
水を掬うように揃えられた彼女の手のひらから、小さな炎が迸る。長さは五十センチほどだけど、激しく揺らめくリンの炎と違って安定しているから実に測りやすい。
「では、いきますね……火よ」
三番目は紫さんだ。ピンと伸ばした人差し指から、三十センチ程の炎が吹き出す。同じエルフでもニーナとはだいぶ差があるものだ。個人差なのか、魔法を練習してきた時間の差なのかはわからないけれど。
と言うか、水に深く関連しているリンがここまでで一番ってどういうことなんだ。
「お兄ちゃん、測って測って!」
思い悩んでいると、ユウキがぴょんと飛びついてきた。こういう仕草をするから、未だに小さな子という意識が拭えないんだ。まあ実際、背もだいぶ低いのだけど。
「火よ!」
ユウキの手のひらから、勢い良く炎が迸った。まるでジェット噴射のような激しい勢いにも関わらず、火勢は安定している。全く同じ呪文を使っても、長さだけじゃなく火の形や勢いにも個人差があるものなんだなあ。
測ってみると、長さは九十センチ。惜しくもリンに届かない形だった。
「リンに負けちゃったかー!」
悔しそうに地団駄を踏むユウキを押しのけるようにして、最後にやってきたのはシグだった。彼は何時になく真剣な面持ちで、手のひらをかざす。
「……火よ」
火山に住み、火に親しみ、毎朝練習をしているシグだ。よほど大きな炎が出るだろうと私は予測する。
だけれど。
予想に反してそこに現れたのは、指先ほどの、小さな小さな炎だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます