第11話 投石/Throwing Stones

「これでよし、と」


 校舎として作った建物の隣には、校庭として広い土地が用意してある。

 運動の他、魔法の試し撃ちにも使えるようにだ。

 その地面に木の棒でガリガリと線を引き終えて、私は満足気に頷いた。


 引いた線から目算で五メートルほどのところに机を三つ置き、その上には小さく割った木片……いわゆるたきぎが立てられてる。


「この線の外側から、こうして……」


 適当に拾った石を手にし、私はそれを薪に向かって投げ放つ。

 それは狙い違わず薪に当たり、軽い音を立てて弾き飛ばした。


「石を十回投げて、一番多く薪を倒した人が勝ち、って勝負だ」


 この程度の距離なら、一番幼いリンの腕力でも石は届くだろう。

 だが小さい薪に当てるのはそう簡単なことではない。


「石は好きなのを拾ってきて選んでいいよ。投げやすい石を選ぶといい」


 そういうやいなや、シグとリンが弾かれるように駆け出し、競うように石を探しに行った。その後を紫さんが追いかけて、最後に戸惑うようにルカが続く。


「さて、どうなることやら……」


 その後姿を見守りながら、私は倒れた薪を立て直した。


「よし、一番乗りだ!」


 数分後。真っ先に戻ってきたのはシグだった。やはり歩けないリンとでは集める速さに差があるのだろう。その両腕に石ころをいっぱい抱え、息を切らして快哉を叫ぶ。勝負の内容はいくつ薪を倒せるかであって、速さは関係ないんだけどな。


「いくぞ……えいっ!」


 シグが思い切り投げた石は薪を大きく外れ……校舎の屋根にあたってガンと音を立てた。


「すごいな」


 校舎までは結構距離があるし、私が竜の姿に戻ることも考えてかなり大きく作ってある。

 その屋根に当たるとなれば、数十メートルは飛ばしたということではないだろうか。


「あーっ、惜しい!」


 コントロール的には正直全然惜しくなかったが、それは口にしないでおく。

 外せば外すほど腹を立て冷静さを失うもんだから、シグの投石は後半になればなるほど的外れの方向に飛んでいく。

 結局、彼は薪を一つも倒せずに終わってしまった。


「くそーっ! だめだ、先生、これ全然無理だよ!」

「まあ他の人の結果を見てからにしよう。皆一個も当たらないようだったらやり直していいから」


 ブツブツと文句を言うシグをそうしてなだめていると、ゴロゴロと車輪の音が響く。リンが戻ってきたのだ。


「せんせー! あたし、これでやる!」


 だがその手にしていたのは石というより、一抱えもある岩だった。


「卑怯だろ!?」

「いや、石は自由に選んでいいと言ったのは私だからね」


 目を剥き叫ぶシグに、大きさの規定はないと説明する。

 これは私にとっても想定外だ。だけど……


「えーい!」


 リンの細腕で投げた岩はとても飛距離が足らず、すぐに地面に落ちてしまった。


「なーんだ、全然だめじゃないか」


 嘲り半分、安堵半分と言った様子でシグが言う。だが岩は地面に落ちてしまった後も動きを止めず、そのままごろごろと転がっていって机の脚にゴンと当たった。その衝撃で、薪が一つパタリと倒れる。


「やったー!」

「いや、今のはだめだろ!?」

「うーん。まあ……アリかな」


 諸手を挙げて喜ぶリンを指差しシグが抗議してくるが、私は悩んだ末にそう答えた。石を投げて薪を倒せとは言ったが、薪に当てろとは言っていない。

 しかしこれなら薪に当てるより明らかに簡単だ。リンの優勝も見えてくるんじゃないか。


「はー。つかれたからもうやめる!」


 そう思った瞬間、リンは笑顔でそう宣言した。フリーダムだなあ。


「では、次は私が試してみてもいいですか?」


 いつの間にそこに立っていたのか、紫さんが不意に後ろからそう声をかけてきた。


「あ、はい。どうぞ。リン、どいてあげて」


 倒れた薪をセットし直し促すと、紫さんは手のひらの上から小石を摘み上げた。リンとは対照的に、まるで植物の種のような小さな小さな石だ。


「はっ!」


 彼女はそれをまるで手裏剣のように胸の前から腕を横に振って投げ放った。飛礫は見事に薪に当たってそれを倒す。三人目にしてようやく真っ当な方法での得点だ。


 二投、三投と紫さんは順調に薪を倒し続け……


「あっ」


 小さな悲鳴は、紫さんではなくシグの口から漏れた。

 その声が示すかのように、小石は薪を僅かに外れて飛んでいく。


「九つですね」

「……詰めを誤りました」


 私の言葉に、少しだけ悔しげに紫さんは答えた。


「じゃあつぎ、ぼくね!」


 そう言って小石を抱えて現れたのは、ユウキだった。


「何で?」

「彼女にも、この教室に参加してもらおうと思うんだ」


 当然の疑問を浮かべるシグに、私は説明した。

 一般のほうで一緒とはいえ、こちらでも少しは人間との交流があった方がいい。それに一緒に魔法の勉強をすれば人と他種族との比較にもなる。


「えーい!」


 ユウキの投げた石は大きく弧を描き、空へと飛んでいった。


「何だ、全然外れじゃないか」


 呆れたようにシグが言った瞬間。


「当ったれー!」


 石は突然不自然に急降下して、薪に当たって吹き飛ばす。


「今のはだめだろ!?」

「え? まほう使っちゃだめだった?」

「いや。駄目とは言ってないよ」


 シグの抗議に、私は毅然として首を横に振った。私が課した条件は、投げる場所と回数だけだ。どんな石をどんな風に投げたっていい。それに気づいたのはリンとユウキだけだったけど。


 結局、魔法を使ったユウキの投擲はどんな風に投げても狙いを外すことなく、見事に薪を全て倒した。


「すごいすごーい!」

「流石です、ユウキちゃん」


 リンがはしゃぎ、紫さんが賞賛する。

 シグは納得いかなさそうにムスっとしながらも、文句は言わなかった。


「あの……いいですか?」


 そこへ遅れて、ルカがやってくる。彼女は手のひら大の石を三つ、手にしていた。


「あの、なかなかいい石が見つからなくて……」

「トロくさい奴だなぁ。こんなに時間をかけてたった三つしか見つけられなかったの?」


 呆れたようなシグの口調に、ルカの耳と尾がしゅんと力を失って垂れ下がる。


「勿論いいよ。さあどうぞ」


 私が腕を広げて促すと彼女はこくりと頷き、少し線から距離をとって立った。

 そしてその狼の下半身で駆け出すと、一瞬でトップスピードに乗って石を投げ放つ。

 だがそれは薪を大きく外れ、机の下の地面に突き刺さった。


「あーあ。これでアイツが一番偉い奴になるのか……」


 シグがちらりとユウキに視線を送り、がくりと肩を落とした。


「えー、なんで? ルカがまだおわってないよ」

「ばーか。あいつは十個とも倒したんだから、一個でも外したらそれで終わりだろ」


 同じようにして、ルカは二投目を投げる。それは再び薪を外れ、やはり地面に当たって跳ねる。


「なんで? なんでいっこでもはずしたらおわりなの?」


 リンは首を傾げてシグに問う。


「何でって、そんなこともわかんないのか? 十個より少ない数の石で、十個の薪を倒すことなんて……」

「やぁっ!」


 シグの言葉を遮るようにして、裂帛の気合とともにルカの三投目が放たれた。

 それは机の脚に当たり――破砕音とともに、机の脚をぽっきりとへし折った。

 バランスを崩して机が倒れ、隣の机を巻き込んで崩れていく。その余波は更に隣の机にも伝わって、結局上の薪ごと全ての机が倒れてしまった。


「えっと。これで、いいですか?」


 くるりと振り向き、ルカは自信なさげに尋ねる。


「……今のは、狙ったの?」

「はい。あの、父さ……父が、小さな槍で大きな獲物を狩る時は、まず脚を狙ってって」


 私の問いにルカはこくりと頷いて、そう説明した。

 リュコスケンタウロスはスタミナに優れた種族だ。獲物をずっと追いかけ回し、疲弊した相手を捕らえる狩りを得意としている。一撃で仕留められない相手に対し、まず脚を狙うのは理にかなっている。


 だけどそうは言っても、机の脚を折るほどの一撃はそう簡単に放てるものじゃない。ルカが投げた石を拾い上げてみれば、それは見かけよりもずしりと重く、まるで刃物のように尖っていた。


「もしかして、このやり方じゃ駄目でしたか?」

「いいや、駄目じゃないよ。たった三投で全て倒したんだから……」

「ルカの勝ち、だね!」


 ありがたいことに、ユウキが自らそう宣言してくれる。


「ルカ、すごい! ねえねえ、あたしもやりたい! どうしたらいいの?」

「これは、見事という他ありませんね」

「……すごい」


 リンが興奮した様子でルカの袖をぐいぐいと引っ張り、紫さんもほとほと感心した様子でつぶやく。シグでさえ、折れた机の脚を見つめて目を丸くしていた。どうやら満場一致で認められたようだ。


「じゃあルカ。委員長の役目、よろしくね」

「え」


 私が声をかけると、ルカはパチパチと二度、目を瞬かせ。


「えええぇぇぇぇぇ!?」


 まさか自分がやることになるとは思っても見なかったのか、悲鳴のような声をあげたのだった。

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