第10話 学級委員長/Class Leader
「疲れた……」
「おつかれ」
今日の授業を終わってがっくりと椅子に座り込む私を、ニーナは気のない様子で労った。
留学生たちの特別教室を始めて、十日程が経った。
初日の喧騒は収まるどころかどんどん酷くなる一方で、授業は遅々として進まない。魔法を一つ教えようとする度に大騒ぎで、それを収めるのに私は労力の大半を持って行かれていた。
「一般教育の方は大丈夫なの?」
そちらの方はニーナと紫さんに完全に押し付けてしまったが、彼女たちから何か困ったというような話は特に聞いていない。だがよくよく考えてみれば、ヒイロ村の子どもたちも入れて人数が余計に増えるのだから、余計に大変そうな気もするのだが。
「別に、そっちは問題ないわよ。たまにシグとかリンが騒ぐけど」
「あの二人かあ……」
その名前を聞くなり、私の脳裏に暴れまわる二人の姿が浮かんだ。
ルカは大人しくて素直な性格だし、紫さんは落ち着いた大人だ。今まで育ってきた環境や習慣の違いに戸惑って疑問を呈することはあっても、問題になることは少ない。
騒ぎだすのは決まって年少二人組のどちらか、もしくは両方だった。
その上あの二人はとにかく相性が悪いらしく、すぐに喧嘩を始めてしまう。と言ってもリンはマイペースな子だからシグの方から一方的に突っかかるような感じだけど、リンはリンで全く物怖じしないので争いを避けるという発想がないのだ。
「そんな時どう対処してるの?」
「どうって……」
ニーナはついと指先を動かす。すると地面からするりと蔦が生えて私に巻き付き、空中に持ち上げた。
「こんな感じ」
「わかった、わかったから下ろしてくれ!」
慌てて私は叫んだ。
体の自由を奪われ地から足が離れるというのは、思った以上に不安になる。大した高さでなくても、姿勢を制御できないからそのまま叩き落されるのではないかという恐怖があった。
「で、言うことを聞かないと、こう」
ニーナがピコピコと指先を動かすと同時に、私の体は上下に激しく揺さぶられる。視界がぶれて目が回り、全身にGがかかって吹き飛ばされそうな恐怖に私は蔦を必死で握りしめた。端から見れば滑稽で笑える光景かも知れないが、されている方はそれどころじゃない。
「三日目くらいから、大人しくしてるようになったわ」
だろうね!
ようやく解放され地面に突っ伏し、私はそう叫び返したかったが、込み上がってくる吐き気を抑えるのに必死でできそうもなかった。
「おにーちゃーん! って、あれ、どうしたの?」
紫さんの授業が終わったのだろう。
いつものように帰りがけに職員室へとやってきたユウキが、うずくまる私を心配しつつも上に乗りかかってきた。軽いから全然平気だけれど。
「いや、大丈夫……なんでもないよ」
心配をかけないよう何とかそう答えると、ユウキはすとんと床に降りてニーナの方に向きなおる。
「どうしたの?」
「特別教室がうまくいかないんですって」
ああっ、こら!
聞き直したユウキに、ニーナはさらっとバラした。
と言うか、今ぐったりしてたのはニーナのせいなのに。
「あー。なんとなくわかる。リンとシグでしょ?」
一般の方で一緒だからだろうか。ユウキはピンと来たようで、問題児二人の名前を挙げた。
「別にその二人だけのせいってわけでもないんだけどね。どっちかというと私のせいだ」
方法はどうあれ、ニーナや紫さんはちゃんと授業を進められているんだから。
「そうだね。ぼくもそう思う」
だけどユウキにまではっきりと肯定されてしまうと、それはそれで悲しいものがあった。
「おにーちゃんは優しいもんねえ」
そればかりかぽんぽんと頭まで撫でられる始末。
情けなさでなんだか涙が出てきそうだった。
「むれには、強いおさがいるんだよ」
「……長?」
何やら含蓄のあるユウキの言葉に、私は思わず問い返す。
「おにーちゃんはおさってかんじじゃないもんね」
確かに、私は自分でもリーダーには向いていないように思う。
ヒイロ村だって明確に誰が長だと決まっているわけではないけれど、実質的なリーダーは剣部……ユウキの父親のアマガだ。
「おさ……長か」
村の長なら村長だし、学校の長なら校長だ。
だけれど、教室の長は教師じゃない。
「うん。決めてみようか、長」
不意にあることを思いついて、私は言った。
それは恐らく世界最古の――
* * *
「ガッキュウイインチョウ?」
「そう。学級委員長。略して委員長でもいいけど」
オウム返しに聞き返すシグたちに、私は頷いてそう答えた。
といっても委員会があるわけじゃないから、級長とか教室長とか呼ぶべきかもしれないけれど、まあそのあたりは雰囲気だ。
「要するにこの教室で一番偉い人を決めよう、ということだよ。その人の言うことには従う。わかりやすいだろ?」
「先生ではいけないのでしょうか?」
もっともな疑問を、紫さんが呈する。
「うん。勿論私は教師だから、立場としては君たちより上になる。でもだからこそ、委員長を兼ねることは出来ない。君たちの中での長を決めるという話だからね」
「……なるほど。守り人の筆頭のようなものですね。先生は長老の立場であると」
少し考え、彼女は納得したようにそう呟いた。
「ねえねえ、どういうことー?」
「ええと……つまり、先生の次に偉い人を選ぶっていうことだと思います」
ぐいぐいと私の服の裾を引っ張るリンに、ルカが彼女なりに噛み砕いてそう説明した。正確ではないけど、そのくらいの方がわかりやすいのかもしれない。
「僕がやる!」
「おもしろそーだからあたしもやりたい!」
すると案の定、真っ先に手を上げたのはシグとリンだった。
「よろしければ、私がやりましょうか?」
意外なことに、そこに紫さんが加わる。恐らく気遣ってくれたのだろう。
問題自体は彼女も認識しているはずだ。
さきほど彼女が口にした守り人の筆頭というのはどう考えても紫さん自身の事だろうし、年長の彼女が委員長になってくれたら私も助かるのは間違いない。
――だけど。
「私がこの人って勝手に決めても納得しないだろ? 例えば紫さんにするって私が決めて、シグは納得する?」
「それは……」
何とも言えない表情で、シグは紫さんに視線を向けた。
文句はあるが口にはできない。そんな感じだ。
視線に気づいた紫さんがにっこりと微笑むと、シグは慌てて目を逸らす。
……そういえば彼女の授業でも問題は出てないんだよな。一体どんな教え方をしてるんだろう。
「だから納得行くよう、公平な方法で決めようと思う」
気にはなるけど今は目先の話だ。あとで聞くことにしよう……
「公平って……実際に、戦うとか?」
と思ったが、戦々恐々とした様子で尋ねるシグの様子に何となく想像がついてしまった。
「それだと差がありすぎて公平じゃないだろ。もうちょっと、皆同じくらいに出来そうな方法だ」
言いながら、私は事前に用意しておいたものを取り出す。
「これで、決めよう」
「石と……木?」
私の手にしたものを見て、生徒たちは首を傾げた。
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