第6話 再発明/Reinventing
「じゃあそんな遠くまで狩りに行ってるんですか?」
「ええ……」
パチパチと爆ぜる焚き火を囲みながら、ルカの父親――タウロは、力なく尻尾を振った。彼らは何でも、わざわざここから片道丸一日近くかかる場所へと狩りに行ってるらしい。
移動に二日、狩りに一日。こんがりと焼き上げた三日ぶりの獲物に、子どもたちが幸せそうに齧り付いている。その旺盛な食欲は見ていて気持ちいいほどだが、タウロ夫妻の捕らえてきた獣の肉はみるみる嵩を減らしていく。これは……一日持たないんじゃないか?
「どうしてそんな遠くまで?」
リュコスケンタウロスは皆、季節に応じて移動しながら狩りをする。簡素な天幕はひとところに定住しない彼らが持ち運ぶためのものだ。
人間と違って完全に肉食の彼らは、木の実や野菜で腹を満たすということが出来ず、その食事を全て狩猟によって賄っている。だから獲物の多い場所へと季節ごとに移動して生活しているのだ。この辺りに獲物がいなくなったのなら、さっさと移動してしまえばいいのに、というのが正直な感想だった。
「実は……縄張り争いに負けてしまいまして」
タウロは頭の上にある三角形の耳をへにゃりと力なく垂らし、呟くように答える。
「私たちにはそれぞれ縄張りがあり、群れの長の戦いによって場所を決めます。ですが……」
「負けちゃったの?」
「こら、ユウキ」
悪気のないユウキの言葉に、タウロは更に落ち込んで尻尾を垂らした。
「なので最近は父さん、縄張りの外の森にまで狩りに行ってるんです」
ルカが小さな妹の口を拭ってやりながら、タウロに代わってそう説明してくれる。リュコスたちの縄張りは基本的に草原だけだ。彼らの狩りは獲物を追いかけ回し、疲れたところを捕らえるもの。森での狩りには向いていないからだ。
「私には、先生が作ってくださったこれがありますからね」
と、タウロが取り出したのは石の穂先の付いた槍だった。
「懐かしいな。まだ使っててくれたんだね」
それをあげたのももう何十年前のことか。狩りが上手く出来ないタウロに作ってあげたものだった。ヒイロ村の人々はそれに魔法を込めて投げて使うが、タウロであればその必要もない。狼の下半身を風のように走らせ長い槍を突き出せば、素早い兎ですら簡単に狩ってのける。彼にとっては草原よりも森の方が狩りをし易いのかもしれなかった。
「助けてあげようよ、おにいちゃん!」
「うーん。そうは言ってもなあ」
確かに、そんな生活をしていては余裕はほとんどないだろう。ルカも子供たちの世話に手一杯で、学校に来ることも出来ない。
「戦いで勝てばいいんでしょ? ぼくが戦いかたを教えてあげるよ!」
ユウキはいつもの呪文を口ずさみ、自身の肉体を強化してぴょんと跳躍してみせた。小さな身体の彼女が、数メートルは跳び上がる。リュコスたちの殆どは、魔法らしい魔法を使えない。そこに対人戦に特化したユウキの魔法を持ち込めば確かにまず勝てるだろうけど……
「いや、それは難しいと思うよ」
「ええー。そうかなあ」
肉体を強化する魔法というのは意外と難しい。自分の身体を、普段より強くするというのがイメージしにくいのだ。使えたとしても今度は強化された身体を動かすのが大変だ。同じだけ力を込めたつもりでも力が入りすぎてしまって、大抵は走ることもままならない。ましてや強化魔法をかけた状態で戦うなんて言うのは相当のセンスと訓練が必要だった。私も実用的なレベルでは殆ど使えないと言っていい。
剣部の一族は代々この魔法に特化していて、三重強化の上に相手の弱体化まで平気で使うが、正直あんなのは曲芸のようなものだった。私どころか、ニーナだってあんなことは出来ない。
「それにタウロの性格にも向いてないと思うしね」
彼のことは今のルカよりも小さな仔狼のときから知っている。昔から心優しくて温和な彼には、縄張り争いは向いていないだろう。そしてそれは私も同じことだった。
確かにリュコスの中では彼らが一番親しいけれど、他の群れの面々だって知らない仲じゃない。タウロの群れが縄張りを広げれば、他の群れがその割りを食うだけの話だ。それはあんまり建設的な話じゃない。
「じゃあ……じゃあ、どうもしないの?」
「いいや」
悲しげに眉を寄せるユウキに、私はゆっくり首を横に振って答えた。
「こういう時は奪い合うんじゃない。パイを広げるんだ」
* * *
それから、数日後。
「ようし、出来たぞ!」
私は額に浮かんだ汗を拭って、完成したそれを眺めた。素人が作ったにしては、まあまあの出来なのではないか。自画自賛だけど。
「なあに、これ?」
ユウキが首を捻り、タウロとルカも同じように不思議そうに出来上がったそれを見つめた。木を切り出して作ったそれは、大きな箱のような形をしている。その側面についている奇妙なパーツは、彼女たちにとっては意味不明の装飾にしか見えないのだろう。
「これは、荷車だよ」
私はそれをぽんと叩いてそう言った。
偉大な発明というものには、二種類ある。
一つは、技術と文明が発展することによって辿り着いたもの。
そしてもう一つは、一握りの天才によって見出された、世界そのものを革新するアイディアだ。車輪はその中でも最たるものだろう。
私は勿論天才ではないが、天才の考え出したものを知っている。知ってさえいれば、車輪を作るのはそこまで難しいことではなかった。
「これに獲物を入れて引いてくれば、沢山の獲物を運べるんだ」
私は荷車についた綱を引き、動かしてみせる。かなりの大きさと重さを持つ荷車は、しかし人間の姿のままでも簡単に動かすことが出来た。
「持ち帰る量が増えれば、それだけ狩りに行く回数を減らせるだろ?」
「でも……これだけじゃ、そんなに減らないんじゃないでしょうか」
荷車を見やって、ルカは困ったように眉根を寄せる。タウロの背は広い。二頭、三頭の鹿を背負ってくることも可能だ。狩りには夫婦で行くから持ち帰れる量はその倍近く。対して、この荷車に乗せられる量はせいぜい四頭というところだろう。
タウロも獲物を背負いながら荷車を引くことは出来ないだろうから、結局総量はせいぜい一頭増える程度。誤差の範囲だ。ルカの指摘は正しい。
「――この荷車を引くのが、タウロならね」
思わず笑みを浮かべる私を、ルカはキョトンとして見上げた。
「ユウキ、出来はどうだい?」
「かんぺきだよ!」
ちらりと視線を向けると、赤い髪の少女は胸を張ってリュコスの幼い子供たちへと向き直る。
「さあ、やってごらん」
「ぼくたちは、つよい!」
ルカの弟、妹たちは声を合わせてそう呪文を紡ぎ、荷車の綱を二人で掴む。そしてぐいと引っ張ると、彼らの身体よりも遥かに大きな荷車がごろごろと動き出した。
それは強化魔法の使い方の、いわば裏技のようなものだ。
強くなったイメージを掴む方法は二つある。一つは、強くなった自分に近い存在を身近に感じ、真似ること。彼らにとってのそれはタウロだ。何の目印もなくただ強くなるというイメージを抱くのは難しいが、タウロくらいに強くなるというのは理解しやすい。
もう一つは、ユウキにしか出来ない技。強化魔法を他人にかけるという荒業だ。これは本当に正真正銘、ユウキにしか出来ない。兄のアマタにも、今までの剣部にも出来ないユウキだけの魔法だった。
実際に強化魔法をかけてもらえば、強化されるということがどういうことなのか手っ取り早くわかる。この二つの方法で、ルカの弟妹たちの半分ほどが強化魔法を習得できた。
習得できても強化魔法を使いながら行動するのは難しい、という問題の方は、荷車自体が解決してくれた。軽量化の工夫なんか全く凝らされていないそれは非常に重い。車輪のお陰で動かすこと自体は出来たとしても、非常にゆっくりとしか動かせない。ましてや草原には舗装された道もないのだ。
だが、その重さが良い。強化魔法をかけて上手く動けないのは、いうなれば車体は同じでエンジンだけ大型のものに取り替えてしまうからだ。だったら、馬力が出た分負荷の方も大きくしてやればいい。増えた力を荷車に込めれば、身体が暴走して飛び出してしまうという事もなかった。
「これなら小さな子供たちにも獲物を運べる。つまり、一緒に狩りにいけるってことだよ」
現状の問題はもう一つあった。リュコスたちは子供たちが親についていって狩りの仕方を学ぶ。だが、タウロにはその余裕すらなかったのだ。足手まといになる子供たちを過酷な狩りに同行させていては、全員を食べさせるだけの獲物がとれない。
だからルカが一人残って、弟妹たちに狩りを教えていたのだ。
「先生、じゃあ――!」
「勿論何度か試してみて、実際上手く行くかどうか確認しないと行けないけれど……」
少女の顔を覗き込むようにして、私は尋ねる。
「私達の学校に来てくれるかい?」
「はい! 喜んで!」
輝くような笑顔を浮かべ、ルカは尻尾を振りながら頷いた。
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