第4話 留学生/International Apprentice

「……何で紫がいるの」


 紫さんとユウキを背に乗せて帰った私に、ニーナはどこか冷たい声でそう言った。


「えっ。こうなることを予測して、ユウキをついていかせたんじゃないの?」

「何の話よ。私は単に、ユウキが一緒にいればあんたが無茶しないと思ったからついていかせただけ」


 まさかのお目付け役だった。

 どっちかというとユウキの方が無茶する性格だし、実際無茶もしてきたような気がするんだけど……


「落果様。しばしこちらでお世話になります」

「やめて。ニーナでいいわ」


 恭しく膝を突いて頭を下げる紫さんに、ニーナは嫌そうに顔をしかめて手を振った。


「それで、なんで連れてきたの?」

「うん。教師の人手が足りないだろ? 紫さんにも手伝って貰おうと思ってさ」


 私がそう言った瞬間、ニーナは目を見開いて紫さんの手を取る。


「頑張ってね。期待してるわ」

「え、は、はい。頑張ります」


 豹変したニーナの態度に戸惑いながらも、紫さんは頷いた。


「やっぱり、教師の数はもっと増やした方がいいよあ」

「急務よ」


 私がぼやくと、ニーナはきっぱりと断言する。


「アマタがなりたがってたよ」

「アマタかあ……」


 ユウキの言葉に、私は腕を組んで眉根を寄せた。

 確かに彼ならしっかりしているし、少し教えただけでも教師役は出来るようになる気はする。


 ……けれど。


「でも彼には剣部の役目もあるしね」


 役目と言っても、別にそれは私が課したわけではない。けれど剣部一族の筆頭は自然とこの村の代表として、そして守護の要としてみなされていた。今は二人の父親のアマガがその任についているが、いずれはアマタが引き継ぐはずだ。


「あーそっかぁ」


 頷くユウキの隣で、ニーナが何やら言いたげな視線を向けてくる。

 いつの頃からか、彼女はよくそんな顔をするようになった。だが普段は言いにくいことも平気で口にする癖に、そんな顔をする時に限って問いただしても何も言わない。私も、最近では問うこともなくなっていた。本当に必要なことであれば、多分言ってくれるだろうという信頼もある。


「前から思ってたんだけど、留学生を取ろうと思うんだ」

「リュウガクセイ?」


 私の言葉に、ニーナのみならずその場にいた全員が首を傾げた。初めて口にする言葉なんだから当然といえば当然だ。


「今この学校には、ヒイロ村の子どもたちだけが通ってるだろ? それを、他の色んな場所……人間だけじゃなくて、他の種族からも受け入れようと思う」

「正気?」


 思い切り嫌そうに顔をしかめるニーナ。


「そんな何十人もってわけじゃない。数人だけだよ」

「教師が足りないって言ってるのに生徒増やしてどうするのよ」

「増やすと言っても、教師になれるような人がそうそういるわけじゃないだろ?」


 人間に対して偏見がなくて、教えられるような技術と魔法を持っていて。そんな紫さんのような人は滅多にいるものじゃない。その彼女にしたって明日から教師になれるかと言ったら不可能だ。


「だからまず、教師になれそうな人を育てるんだよ」

「この村の人間でいいでしょ。別にアマタじゃなくたって、出来そうな人間は何人かいるじゃない。イツキとか、ケレルとか、ハカナクとかだって良いでしょ?」


 ニーナのもっともな問いに、私は頷く。


「うん。でも、理由は一応ちゃんとあるんだ。一つ目は、エルフみたいな長命種なら長く教師役を務められるってこと。何十年かごとに教師を育てなおすのは大変だろ?」

「それは……まあ、そうね」


 よほど生徒を増やしたくないのか、難しい表情をしながらもニーナは頷く。


「二つ目は、種族によって得意な魔法が違うって事だ。私は火の魔法が得意だし、エルフは皆植物に関係する魔法を使うだろ?」


 それは単に生まれ育ちの問題なのか、遺伝子的なもので決まっているのか、それとも全く別の理由があるのかはわからない。だが種族によって得意分野に偏りがあるのは確かなことだった。


「だからこの際、いろんな種族を集めて、いろんな魔法を研究したい」


 人間にはどうも、少なくとも生まれついて得意な魔法というのはないように思える。個人個人で得意になる魔法があまりにバラバラなのだ。それは逆に言えば、どんな魔法でも覚えることが出来るということでもある。なら、いろんな魔法を研究しておいて損はない。


「うーん……まあ、良いわ。それで?」


 それはニーナにとってさして嬉しい話でもないだろうが、かといって反対する要素でもなかったのだろう。あまり気のない様子で、彼女は続きを促す。


「三つ目は、バランスの問題だよ。このまま私たちが人間だけに肩入れし続けるのは、あまり良くないかも知れない」

「どういうこと?」


 ニーナの鋭い視線が、私を捉えた。


「君も知ってるだろ。人間の成長速度はとても早い。今はまだ文明的にはエルフに劣っているけど、それを抜いていくのも時間の問題だ。そうなった時……人は、エルフの敵になってしまうかもしれない」

「でも、おにいちゃんがそんなことはさせないでしょ?」


 不安げな表情で、ユウキが私の袖を掴む。


「もちろんその努力はする。けれどね、ユウキ。人はきっといつか私の手を離れていくよ。子が親からいつかは独立するように」


 ヒイロ村の人たちは皆とてものどかで、気のいい人たちばかりだ。だけど人がそのままでいられないことは、歴史が証明している。私の前世の世界の歴史だけれど、きっとそこはこの世界でも変わらないだろう。


「だから、研究の成果を共有する。一方的なことにならないように、バランスを保つんだ。少なくとも人間に対して友好的な種族とはね」


 エルフ以外にも、交流のある他種族はいくつかいる。

 ヒトは……かつてのヒトは、ホモ・サピエンスを除いて全て滅んでしまった。

 人類がヒトただ一種であることを、前世で私は酷く寂しく思っていたものだ。

 この世界でも同じようなことにはしたくない。


「理由としてはそんなところだよ」

「……わかった。そういうことなら、仕方ないわね」


 ため息一つつき、ニーナはしぶしぶといった様子で認めてくれた。


「何で紫が森を出してもらえたのか気になったけど、そういう理由だったのね」

「え? あ、ああ、えーと」

「ええ。人の強さをこちらで学ばせて頂くつもりです」


 口ごもる私を遮る様に、紫さんはにこやかに言った。

 実のところ、長老に今言ったような話はしていない。


 定期的にニーナの様子を報告する。紫さんの出したその条件に、殆ど二つ返事で許可を出したからだ。どうもここ最近はニーナも妨害の術を心得て、エルフの長老といえども全くこちらの様子を伺うことが出来ず、心配していたらしい。


 なんだかスパイを引き入れてしまったような気持ちになるが、別に知られて困るようなこともない。


 ……それに。


 本当に後ろめたいことは、他にあった。


 ニーナにも言わなかった留学生を取り入れる理由の四つ目。

 一番大事な本当の理由。


 私の目標は、この魔法学校を大きく有名にすることだ。

 それはただヒイロ村を大きくするという意味ではない。

 この学校の存在を、世界全体に広める必要があった。


 ――アイは、世界のどこに転生するかわからないのだから。


 私が人間から竜になったように、彼女も人として生まれてくるとは限らない。

 だから人間だけでなく、どの種族にも知られるような学校にしなければならないのだ。


 いつか彼女が、迷わずここに戻ってこれるように。

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