第24話 エルフの姫君/Elvish Princess

『今更何をしに、おめおめと戻ってきた?』

『聞きたいことがあるのよ』


 食って掛かるような口調の群青と呼ばれたエルフに、ニナはさして気にした様子もなく淡々と答えた。


『私のことを落ちこぼれって呼ぶあんたなら当然知ってるんでしょうけど』

『フン。当然だ。私に知らぬことなど無い』


 群青は居丈高に胸を張る。


『私たちが、兎や鹿や、それから彼らよりも長く生きるのは何故?』


 アイとダルガにちらりと視線を走らせて、ニナは尋ねた。


『ハッ』


 群青はそんな彼女を鼻で笑う。


『……なんで私がお前にそんな事を教えてやらねばならない』


 そして視線をそらし、汗をダラダラと流しながらそう言った。


 あ、知らないんだ。


「知らないみたいですね……」

「知らねえんだな……」


 私と全く同じ事を思ったらしく、アイとダルガが同時に小声で呟いた。


『まあ私もあんたが知ってるとは思わなかったけどさ』

『知っている! 知っているが、お前に教える気は無いというだけだ!』

『こいつは群青。馬鹿だけどそんなに悪いやつでもないから、まあ適当によろしくしてやって』

『誰が馬鹿だ、誰が!』


 喚く群青を無視し、ニナは私たちに向き直って説明する。


「知ってそうなのは奥にいるから。いこう」

『おい、なんだ! 今なんて言ったんだ!?』


 日本語で言ってスタスタと歩き出すニナに、群青は追い縋った。


『こら、人の話を聞け。お前、まさか長老のところにいこうとしているんじゃないだろうな。お前みたいな奴が会っていい相手じゃないぞ、おい、聞こえないのか?』


 群青がしつこく止めてくるが、ニナはそれを完全に無視する。


『あれ? もしかして本当に聞こえない? おーい、もしかして見えてもいない? 私、透明になったのか?』


 あまりの無視っぷりに何か勘違いしたのか、群青は滑稽な動きの踊りのようなものを踊り始める。なんだか逆に哀れになってきた。


 それにしても、他に全く人の姿は見かけないのに、視線だけはやたらと突き刺さってくる。どうやらこの森には結構な数のエルフが住んでいるようだった。

 エルフは単独で生きているものかと思っていたが、例外はニナの方だったみたいだ。


 ぎゃんぎゃんとわめく群青をニナはひたすら無視しながら歩いていくと、やがて巨大な木が見えた。地球上ではもっとも太いのはバオバブの木で、直径十数メートルくらいだっただろうか。だが目の前にある木の直径は、明らかに百メートルを越えているように見えた。


 その中程には大きな洞が空いていて、幅の広い階段がその洞へと伸びる姿はまるで神殿のようだった。ニナは躊躇いもなくその階段をずんずん登っていく。


『おい、やめろ! 熊猿、落ちこぼれを止めろ!』


 群青はそう叫ぶが木の中には入る気はないらしく、彼の声を背にしながら私たちは大木の中に足を踏み入れた。


「これは……凄いな」


 周囲をきょろきょろと見回しながら、私は思わず呟く。

 木の洞の中は天から降り注ぐ光に満ちあふれていた。丁寧に磨きぬかれた白い木肌は陽光を反射して、その神秘的な雰囲気を更に増している。


 そして溢れる光の只中に、長い髭を蓄えた長身のエルフがいた。床と一体形成された大きな椅子に深々と腰掛けて、その白い髭は体全体を覆う程長く、明らかに高齢だとわかる。にも関わらず、その姿には老いや衰えといったものは全く表れることなく、ただ巨木や霊山のような厳かな雰囲気だけを身に纏っていた。


「話は既に聞き及んでおる」


 長老と思しきエルフの言葉に、私は思わず目を見開いた。

 彼が口にしたのが、日本語だったからだ。


「我々の言葉を、話せるのですか」

「草木はどこにでもあるものだろう、竜の子よ」


 私たちの会話を、ここに来るより前に全て聞いていたということだろうか?

 流石にそれはハッタリだと思いたいが、少なくとも彼が私達の動向をある程度把握しているのは事実のようだ。


『結論からいえば――汝らの欲する延命の方法は、幾つか知っている』

『本当ですか!?』


 言葉をエルフ語に切り替えていう長老に、私は飛びつきそうになった。


『お願いします。教えて下さい! 何でもします!』

『それには及ばぬ。汝には恩があるからな』

『恩……ですか?』


 全く心当たりのない話に、私は首をひねった。

 森を光線で焼いたことはあるけど、エルフにお礼を言われるようなことはした覚えがない。


『我らがひめを助け、そして連れて帰って来てくれただろう』

『姫!?』


 私達の視線が一斉にニナへと集まり、彼女はバツの悪そうな表情を浮かべた。


「ニナ、お姫様だったの?」

「……まあね」


 ニナは嫌そうな表情で、こくりと頷く。

 どうやらあまり触れてくない話題らしい。


『では、案内をさせよう』


 長老がすっと腕を上げると、また別のエルフがやってきて『こちらへ』と私達を導く。

 それについていこうとして、私は後ろを振り返った。

 ニナがその場から動こうとしていなかったからだ。


「ニナ?」

「私は、ここでお別れ」

「どうして!?」

「もともと、家出してたから」


 そういえば。さっき長老は『連れて帰ってきてくれた』事を恩だと言っていた。

 まさか、彼女は私の願いを叶えるために帰りたくないここに帰ってきたんじゃないか。いつも泰然とした彼女が青ざめるほど、嫌だったんじゃないのか。


「そんな顔しないで。別に二度と会えなくなるわけじゃない」


 私の心中を察したように、ニナはそう言った。


「だけど、ニナ」

「あんたにとって大事なのはアイでしょ? 私だって、アイがすぐ死んじゃったら嫌だ。だから、これでいいの」


 そう言われてしまえば、私には反論できない。


「さよなら。あんたと過ごした十何年か、楽しかったよ」


 ニナは笑顔を浮かべる。

 それはどこか儚げで、何故かその表情が酷く気にかかった。


『こちらへ』


 何か言おうとする前に、案内役のエルフが有無を言わさぬ口調で私達を急かす。


 小さく手を振るニナを背に、私達は巨木の洞を後にした。


 洞を出るとすぐに、そんな私達を憎々しげに見つめる姿があった。群青だ。

 彼はなにか物言いたげに、私の顔をじっと睨みつける。

 しかし結局声をかけられることもなく、やがて彼の姿は木立に紛れて見えなくなった。


「先生……ニナさん、本当に良かったんですか?」


 私はアイの問いに答えることは出来なかった。

 姫というからには、何かこの集落で彼女にも役割があるのだろう。

 或いはそれを果たさなければ、エルフの集落自体が困るのかもしれない。

 それが彼女自身の意に沿わぬものだとしたら、私はどちらを尊重して良いのかわからなかった。


『ここで待っていて下さい。薬を調合します』


 やがて案内役のエルフは先ほどと同じような木の洞に辿り着くと、私たちを外に待たせて洞の中に入っていく。同じような、と言っても今度の木は長老の洞に比べれば随分小振りだ。とは言っても十メートルくらいはありそうな巨木だったが。どうやらエルフたちは、生きたままの木に穴を掘って家にしているようだった。


『出来ました。これを飲んで下さい』


 しばらくして、エルフは木の器を持って洞から出てくる。

 器の中に入っているのは、粉末状の薬だった。

 数種類の材料を、薬研かすり鉢のようなものでひいたのだろう。

 色の違う細かい粒が、いくつか入り混じっていた。


『これ、材料は何ですか?』

『砂漠蜘蛛の尾と白湧水の花の根、棍棒魚の肝、それに幾つかの茸です』


 聞いたこともないものばかりだった。

 副作用がないのか聞きたいが、エルフ語で『副作用』という言葉をなんと表現していいかわからない。それに、作った本人に『害がないのか』と問うのも少々躊躇われた。


「では、飲みますね」


 木の器に口をつけ、アイはそれを傾ける。


 粉薬がその唇の中に流れ込む寸前、私は薬を叩き落としていた。


『どうしました?』

「先生?」


 エルフとアイは私の突然の行動に目を丸くする。


『棍棒魚って、こんなのじゃないのか?』


 私は樹の枝を拾い、地面に絵を描く。アイが薬を飲む寸前に思いついた。

 いや、思い出したと言った方がいいのだろうか。


『よく知ってますね』


 その魚は、確かに、棍棒のように見えるかもしれない。


 


『この薬、寿命が伸びるだけか? 他にも、効果があるんじゃないのか?』

『ええ。寿命が伸びるだけでなく、これを飲んだものはおとなしく従順になります』


 当たり前のように、エルフはそう答える。

 やはりだ。私はこの薬の名前を知っていた。


 地球でのそれに延命の効果などないが、それを思わせる名前はついている。


 その薬の名前は、ゾンビパウダーと言った。

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