第20話 魔力結合/Mana Link

「あ、あんなに大きかったっけ!?」

「そんなわけないだろ!」


 確か、あそこにはもともと山があったはずだ。

 それが半球状に盛り上がって、大きな目と口が付き、丸々ジャックフロストの頭になっている。


「山頂の雪を吸収して、大きくなったのか……?」


 それにしたって、あまりに大きすぎる。

 あそこまで大きいと、私の全力でも消せないんじゃないか?


 ケンと二人で戦慄していると、ジャックフロストの口が三日月状にカパリと開いた。


「火蜥蜴、火を出せっ!」

「炎よ、燃やし尽くせ!」


 私達は同時に呪文を唱える。直後、猛吹雪が私達を襲った。


 二条の炎が互いに捻れ合わさり、放出される。それはかろうじて吹雪の勢いと拮抗するが、二人合わせて何とか互角。


 ――いや、それ以下だ。


「先生っ……! これ、いつまで続くんだ!?」


 ケンの叫び声に、私は答えられない。口から炎を吐いているからだ。

 だが、彼もまた限界が近づいているということはその声色から判断できた。

 私が炎を吐き続ければ呼吸が苦しくなるように、魔法も使い続けるのは無理があるのだろう。


 だが、ジャックフロストの吹雪はどうやらほとんど無尽蔵だ。このままでは遠からず撃ち負けて、吹雪に巻き込まれ地面にたたきつけられる羽目になる。


 アイがやったように氷で防ぐことができれば良いが、私は氷の魔法と酷く相性が悪い上に、ここは空の上だ。奇跡的に魔法に成功したとしても、氷の柱を立てることなど出来ない。


 どうする。どうする……!


「くっ、ごめん、先生!」


 ケンが先に力尽き、炎が途絶えた。途端、吹雪はぐっと私の炎を押し返して、徐々にこちらへと迫ってくる。吹雪の範囲から逃れようと私は必死に横へ飛んでいたが、ジャックフロストは吹雪の向きを変えられるのだろう。一向に吹雪の中から抜ける気配はなかった。私の炎もそろそろ限界だ。


 私の炎も途切れると、一気に氷雪がこちらに向かって雪崩れ込んできた。まるで決壊したダムのようだ。


「裂けろ――――」


 だがそれに飲み込まれる寸前で、私は思い出す。

 攻撃を防ぐには真逆のもので対抗するより、同じものを操った方が楽なのだ。

 私は氷を作り出すことは出来ないが、


「風よ!」


 風を操ることは大の得意なんだ!


 吹雪は私の目の前で真っ二つに裂けて、後方に流れていく。自分から放出する類の魔法ではないせいか、これならいくらでも維持できそうだ。


 とは言え、正確に風を切り分け吹雪を防ぐのはなかなか集中力がいる。

 同時に炎の魔法を使うのは難しそうだ。


「ケン、吹雪は私が防ぐ。君は攻撃してくれ!」

「わかった!」


 私は風を切り裂きながら、針路をジャックフロストの方へと向けた。とにかく、炎で溶かすことが有効でないにしても、まずあの巨体をある程度小さくしないことにはどうしようもない。


「赤き舌を伸ばすもの、炎の衣を纏うもの、薪を食らう火蜥蜴よ――」


 ケンが呪文を聞きながら、私はふと思う。

 あれが氷の精霊であるとするなら、炎の精霊として火蜥蜴サラマンダーを呼び出せば、対抗できるのではないか?

 不意に浮かんだその考えを、私はすぐにかき消した。

 呼ぶこと自体は、多分出来るのではないか、という気がする。

 だがそれで火蜥蜴まで制御を失って暴れられては、目も当てられない。


「汝は全てを焦がす槍、汝は全てを滅ぼす剣、汝は全てを貫く矢、汝は全てを砕く鎚。束ね束ねて全てを穿つ、一条の閃光となれ!」


 ケンの手の平から閃光が迸った。

 それは吹雪をやすやすと貫き、ジャックフロストに穴を開ける。


「それは……!」


 彼の唱えた呪文の後半は、かつて私がダルガにマジギレした時に使ったものだった。


「……先生のことは、尊敬しているよ」


 ケンは肩で息をしながら、不意にそんなことをいった。


「誰よりも強くて、誰よりも色んなことを知ってて、誰よりも優しい。子供の頃からずっと、先生は俺の憧れだ」


 そういえば、五年前は彼ももっと無邪気に私に接してきたように思う。


「でも、それとアイねーちゃんのことは、別だ。わかってるんだろ? アイねーちゃんが、なんで求婚を断り続けてるか。なんで……」


 ああ。


「――なんで、俺のことを、ただの弟としてしか見てくれないか」


 勿論、わかっているとも。


 そんなのはずっと、ずっと前から、わかっていた。


「なのになんで、応えてやらないんだよ!」


 閃光の魔法は、ケンには負担が大きいらしい。


「それとも、先生は、アイねーちゃんのこと、何とも思ってないのかよ!」


 断続的に撃ちながら、息を切らして彼は私に問いかける。


「言えよ。大人ぶってないで、子供扱いしてないで」


 そんなこと――


「じゃなきゃ、無理矢理にでも、俺が」

「好きに決まってるだろう!」


 私は気づけば、吠えていた。


「あんな一途で、優しくて、ひたむきで、可愛い子を……! 好きにならないわけ、ないだろ!」

「だったら!」

「だけど、私は、竜なんだ!」


 それは、今までずっと口にしなかった言葉だ。


「手を繋いで一緒に歩くことも出来ない。子を作ることも出来ない。――彼女を抱きしめることすら、出来ないんだ」


 竜の喉元から胸元の辺り。

 ちょうど、前世の竜の伝承では逆鱗が生えているとされる場所。


 そこに逆さの鱗はないが、代わりにもっとも私の体温が高い場所だった。人が触れば、火傷じゃすまない。抱きしめるというのは、アイの顔をそこに押し付けることになる。


「そんな相手と一緒になって……あんないい子が、一生を棒に振ることなんかない。そうだろう?」


 私の言葉に、今度はケンは言い返さなかった。


 その時、ジャックフロストの周囲に巨大な垂氷つららが何本も現れた。

 吹雪では仕留め切れないと見て、攻撃方法を変えてきたか。


 氷の矢……いや、これはもはや槍とか、破城槌とか、そういったものの方が近い。とても風で逸らせるようなものじゃなかった。


「風よ」


 だが、方法はある。


「我が翼を運べ!」


 相手を動かせないなら、こちらを動かせばいいのだ。

 吹き荒れる強風を受けて、私の身体は上下左右に高速で移動し、飛来する垂氷つららを回避した。


 とはいえこんな方法で、いつまでも避けきれるわけじゃない。

 次から次へと無尽蔵に飛んでくる氷の槍は、徐々に小さく、そして多くなっていく。

 ジャックフロストは質より量の方が重要だと気付いたのだ。私が抜ける隙間もなく、面で制圧されてはどうしようもない。


「先生。先生の気持ちは、よくわかったよ。納得しきれたわけじゃないけど……」


 何かが吹っ切れたような声色で、ケンは言う。


「先生の力を貸してくれないか?」


 彼が何を考えているかはわからない。


 ただ一つ、はっきりしていることがあった。


 彼も私も、心の底からアイの事を思い、その為に戦っているということだ。


「ああ。勿論だ」


 だから、彼の申し出を断る理由はなかった。


「炎の舌を伸ばすもの、赤き衣を纏うもの――」


 いつものように、ケンは呪文の詠唱を始める。


「鋭き角を持ちしもの、賢き知恵を持ちしもの」


 いや。違う、これは――


「心優しき大蜥蜴、誰よりも誇り高く強き火竜よ」


 


「その吐息を我に貸し与えよ。その威を持ちて、かのものを焼き滅ぼせ!」


 カッと腹の底から熱が湧き上がるのを、私は感じた。


 ああ、良い。

 全部持っていけ!


 ケンの手のひらから、炎が吹き上がった。

 威力だけに狙いを絞って束ねた閃光とはまるで違う。


 赤く、熱く、激しく吹き上がる炎。


 これが本物の竜の吐息だ。


 巨大な火炎は飛んでくる垂氷つららごとジャックフロストを包み込み、蒸発させる。そしてそのまま山一個分を、まるまる燃やしてしまった。


「……やっぱり、先生は、凄いな」


 放心したように、しみじみとケンがつぶやく。


「いや、まだだ!」


 私は翼をはためかせ、ジャックフロストが覆っていた山の頂へと急降下した。

 雪は、まだ止んでいない。


 案の定、降りしきる雪は一つに固まり、ジャックフロストは復活しようとしていた。


「どうするの!? 先生!」


 その姿をみながら、私は確信する。


 そこはかつて、私が氷というものを理解させるために、アイを連れてきた場所だった。やはりこのジャックフロストは、アイが出したものなのだ。


 彼女が魔法で作り出し、そして暴走させたもの。

 なら、解決方法はこれでいいはずだ。


 私は大きく口を開け――


 ばくり。


 と、ジャックフロストを飲み込んだ。


 思えば、彼女が最初に暴発させた魔法も、私がこうして飲み込んだんだった。

 魔法そのものである私の身体の中に入れれば、魔法は消える。

 そうでなくとも、私の体内の炎によって常に溶かされ、ジャックフロストは形を保てないはずだ。


 その予想はどうやら正解だったらしく、すぐに辺りに降り注ぐ雪は降り止む。

 暗雲はあっという間に霧散して、彼方の地平線から登り始めた太陽が、山の頂を眩く照らした。

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