第15話 逆鱗/Dragon's Rage

 そんな。まさか。なんで。

 私は、何て、愚かなことを――


 無数の混乱と後悔が、私の内に膨れ上がる。


「ケン。教えてくれ」


 それら全部を飲み込んで、私は尋ねた。


「どんな、奴だった」


 後悔は後でいくらだって出来る。


「スゴく、オオきいオトコ……アカいカミの、ツヨいオトコだった」

「やっぱり」


 間違いない。ダルガだ。

 私を酔わせて、その間にアイ達を攫って行った。

 だとすれば。


 だとすれば、彼は最初からそのつもりで、私を村に誘ったのだ。


 酩酊していたとはいえ、記憶ははっきりしている。私は村への道は教えていない。

 ということはガイさん達の後を部下に追わせ、村のことを私から聞き出し、昨夜か今朝にここへ向かったとしか考えられない。


 ならば、まだ間に合うはずだ。私は急いで、空を飛んだ。


「全てを防ぐ堅きもの、陽光に煌めく赤きもの、我が一部なりし竜の鱗よ、我が耳となりて音を届け、我が口となりて声を送れ!」


 宙を全力で駆けながら、私は呪文を口ずさむ。

 それは、伝言を残すためにダルガの家に残してきた鱗を媒介とした魔法だった。

 元々一つだったものは、二つに離れてもつながりを持つ、というのが呪術的な考え方だ。


 この世界の魔法でも同じことは出来るのではないか。

 失敗して元々、成功すれば御の字という軽い気持ちで置いてきたそれに、私は祈るような気持ちで応答を待つ。


『離しなさいよ、この野蛮人!』


 途端、威勢のいいニナの声が聞こえてきて、私は心の底から安堵した。これだけ元気がいいなら、まだひどい目に合わされているわけではないだろう。


『うるせえ奴だ。耳長はどいつもこいつも平たくてつまらん。連れてくるのはこっちだけで良かったんだが……』

『アイに触るなっ!』

『おっと』


 剣を振るう風音とともに、何かが切れた。


『いい加減わかれ。お前のその下らん術は、俺には通じん』


 どうやら切られたのは、ニナの操る植物だったようだ。

 心臓が止まるかと思った。


『面倒だ。あいつらに下げ渡してやろうかと思ったが、それ以上喚くなら殺すぞ』

『やってみなさいよ!』


 売り言葉に買い言葉。しかし、それはまずい。


『やめろ!』


 私が声を上げると、喧騒がピタリと止んだ。


『あんた、どこにいるのよ!?』

『トカゲの野郎か。どこにいやがる?』

「先生!」


 そして、声が三つ同時に響く。良かった、アイもとりあえずは無事なようだ。


『いいか。二人に指一本触れてみろ。お前の村を、炎で焼き尽くしてやるからな』

『ハッ』


 私の脅しを、ダルガはせせら笑う。


『ずっと俺にびくびくしてた臆病者が、随分大きい口を叩くじゃないか』


 私が彼を恐れていることは、見透かされていた。


『そう。私は臆病者さ』


 だが。


『だから失うことにもとても臆病なんだ。いいか、お前の自慢の剛力なんか届かない場所を飛びながら村に火を吹きかけるなんて、簡単なことなんだぞ』


 自分の四分の一も生きてないような若造の恫喝に諾々と従うほど、私だって若くはないんだ!


 私のえげつない脅しに、流石のダルガも押し黙る。


「先生!」


 私がダルガの村に降り立つと、叫んで走り出そうとするアイとニナをダルガが押し留めた。二人とも縄で縛られてはいるが、目立った傷は見られない。酷いことをされてはいないようで、私はひとまず胸を撫で下ろす。


『二人を、返してもらおう』

『いいぜ』


 岩で出来た例の剣をぶんと振り回し、ダルガは言った。


『ただし、お前が俺に勝ったらだ』

『何でそんな条件を飲んでやる必要がある?』

『俺はお前との約束を守っただろう。次はお前が俺のいうことを聞く番だ』


 私はどう答えるべきか悩んだ。

 狩りの下手な私と違って、ダルガは明らかに戦い慣れている。

 直接的な戦いになれば、勝てる気がしない。

 ダルガの剣はベヘモスの首をも容易く切り裂くのだ。恐らく私の鱗も貫くだろう。

 飛んで距離を取ろうにも、この間合いだと恐らく彼の跳躍のほうが早く私に届く。


 つまりこうなった以上、否が応でも彼と戦わなければいけない、という事だ。


『無理矢理彼女たちを連れ去ったのはそちらだ』

『だから、何だってんだ?』


 どうしたらいい。どうしたらいい。

 言葉を紡ぎながら、私は必死に考える。


『無理矢理は良くないことだ。そちらに非があり、返す義務がある』

『はぁ?』


 ダルガは思い切り馬鹿にした表情を浮かべた。

 私自身、馬鹿なことを言っているとは思う。

 この世界で、この時代で、義務だの倫理観だのといったものは何の役にも立たない。法が整備され、倫理が声高に叫ばれていた前世ですら、力で理不尽が罷り通ることなんていくらでもあったのに。


『何言ってやがんだ。こいつらは俺が奪ってきたんだ。俺のもんだ。何で返さなきゃいけないってんだ?』


 本心からの言葉なのだろう。ダルガは堂々とそう言ってのける。


『だがまあ、どうしてもってんなら、こいつは返してやる』


 そういって、彼はニナを突き出した。


『お前が俺のものになるってんならな。それでどうだ』


 ――なるほど。それが狙いだったのか。

 眠り込んだ私が何故無傷だったのか。その疑問が今、氷解した。


『アイは……そっちの娘も、返してくれるのか?』

『いや、駄目だ。これは俺の女にする』


 ダルガは頑として言い張る。


『嫌なら別に、こっちはそれでも構わねぇんだぜ』


 わざわざこうして交渉してくるということは、彼としても私と積極的に戦いたくはないのだろう。だが同時に、戦えば勝つことも確信している。ここが最大の妥協点だ。


 なら、仕方ない。仕方ないことだ、と私は自分に言い聞かせた。


『……わかった』

『馬鹿、あんた、何言ってんの!?』


 頷けば、途端にニナが騒ぎ出す。


『ごめんよ、ニナ』


 私は彼女の目を見て溜め息をつき、深々と頭を下げた。

 お願いだ、わかってくれ。心のなかでそう呟きながら。


『……わかったわ』


 渋々、といった様子で、ニナは俯いた。


『これ、外してよ』


 憮然とした表情でニナがぐっと胸を突き出すと、彼女を縛る縄をダルガは剣で切り裂いた。ただの岩だというのにその斬れ味もさることながら、あれだけ大きな得物でニナを傷つけず縄だけを斬る腕も相当のものだ。


『じゃあ、こっちの女とお前は、今から俺のものだ。いいな?』

『勿論』


 私は言った。


『良いわけないだろ』

『ハッ。じゃあ勝負するか?』


 これみよがしに、ダルガは剣をちらつかせる。

 私がそれを恐れていると知っているからだ。


『ああ、そうさせてもらうよ』

『なんだと?』


 頷く私に、ダルガは怪訝そうに眉をひそめた。


『合図したら勝負開始だ、いいね?』

『合図?』


 彼の問いには答えず、私はその場に突っ立ったまま呪文の詠唱を始める。


「我が鱗より赤きもの、我が牙よりもつよきもの、我が血潮より熱きもの、我が眼より輝くものよ」

『おい、合図ってえのは、なんだ』


 仕方ない。仕方ないことなんだ。


「汝は全てを焦がす槍、汝は全てを滅ぼす剣、汝は全てを貫く矢、汝は全てを砕く鎚」

『何ブツブツ言ってる?』


 ダルガにはわからない。

 日本語も、呪文の詠唱という概念も。


「束ね束ねて全てを穿つ、一条の閃光となれ」


 本当に。どいつもこいつも。

 何度も何度も、アイを物扱いしやがって。

 いくらこの世界この時代の慣習、合理性があるからって、限度というものがある。


 だから私の堪忍袋の緒が切れるのも、仕方ないことなんだ。

 そう、私は自分に言い聞かせた。


 アイは物なんかじゃない。

 彼女は、私の、大切な――――


「汝が名は」


 最初の生徒なんだ!


竜の吐息Fire Breathing!」


 閃光が、私の喉の奥から迸った。





「は――――」

『は……』


 全てが収まった後、私とダルガは互いに視線を合わせる。


「はは……」

『は、は、は』


 どちらからともなく、笑い声が漏れた。


「ははははは」

『ははははははははは!』


 笑ってしまうしかなかった。


「わ、笑い事じゃないでしょー!」


 ニナが叫ぶ。


「死ぬかと思った……死ぬかと思った!」


 そう。彼女が私のジェスチャーからブレスを吹くことを察して、咄嗟にアイを庇ってくれたから、二人は射線上から逃れた。何度も私の溜め息を浴びてきた経験の賜物だ。


 閃光は……私の全力のブレスは、ダルガの剣を真っ二つに叩き割り、その後ろの彼の家を粉微塵に吹き飛ばし、更にその奥にあった森にまっすぐ一本の道を作り、おまけとばかりに背後の山の中腹に風穴を開けていた。山にぽっかり開いた大きな穴から、青い空が綺麗に見える。


 笑う以外、どうしろというのだ、こんなもの。


『次は、当てる』


 とりあえずそう脅せば、ダルガはすぐさま平伏した。

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