第14話 不覚/Horribly Awry

『これは、凄い……!』

『そうだろ』


 思わず漏らした言葉に、大男――ダルガというらしい――は嬉しそうに笑った。


 目の前に広がるのは、我々の集落とは明らかに違う。

 いくつも並んでいる三角形の建築物は、確か竪穴式住居という奴だ。

 そこかしこから煙が棚引き、土器を運ぶ女性や弓を持った男性の姿が散見される。


 人口は少なく見積もっても数十人、百人を超えているかもしれない。

 村と呼んで恥ずかしくない規模の、立派な集落だった。


 この村と交流を持てれば、人口問題も一気に解決する。私の胸は期待に逸った。


『帰ったぞ!』


 村中に轟くようなダルガの声に、村人たちが集まってくる。

 やはりというか、当然というか、彼がこの村の長であるらしい。

 他の人々はガイさんたちとそう変わらない体格で、異常なのはダルガだけだ。

 このレベルの大男がわらわらと出てきたらどうしようと不安に思っていた私は、内心ほっと胸を撫で下ろした。


『もってけ』


 ダルガが手を振りながらベヘモスの肉を指し示せば、女性たちが唸り声のような返事を返してそれを受け取る。

 その光景に、私はおやと首を捻った。


『何してんだ、ついてこい』

『ああ、うん。今行く』


 考え事はダルガの声に遮られ、私は慌てて彼の後をついていく。

 辿り着いたのは村の中央、一際大きく作られた住居だった。


 家の中は浅く土が掘られていて、その上に被せるようにして錐形の屋根が乗っている。家具と呼べるようなものは乏しく、幾つかの土器と藁が敷いてあるだけだった。


『まあ座れ。今飯を持ってこさせるからよ』


 言いながら、ダルガはどかりと藁の上に腰を下ろす。

 この家は大柄な彼の体格に合わせてあるのだろう。

 私もさほど窮屈せずに腰を下ろすことが出来た。


『それにしても、さっきは凄かったね。あんな大きな生き物の首を一撃で落とすなんて』

『別にあのくらい、大したことじゃないさ』

『他の人にも同じことが出来るの?』

『出来るわけねえだろ』


 私の問いに、ダルガは鼻で笑ってそう答えた。


『じゃあ、そんなに大きくて強いのは、君だけなのか』

『そりゃあそうだ』


 やはり彼は、私やニナと同じ『生まれつきの魔法使い』なのだ。

 誰かから教えられたような技術や学問ではなく、彼個人の才能なのだろう。


『そういうお前こそ、どうなんだ。喋る大蜥蜴がたくさんいるのか?』

『いや、それも私だけだよ』


 正確には、竜には竜の言語がある。恐らくこれだけの知性を持った生き物なのだから、皆言葉くらいは喋るとは思う。

 だが、私は母以外のドラゴンとはまだ出会ったことがない。

 少なくともそう沢山いるわけではないのだろう。


『ふぅん』


 ダルガは自分から聞いたくせに、気のない返事を返す。

 そこで、料理が運ばれてきた。


『おお……これは』


 私は思わず感嘆の声を漏らした。

 土器に注がれたそれは、野草や茸、そして獣の肉がたっぷりと入ったスープだったからだ。


 この世界にやってきて、こんなにしっかりと『料理』のていをしたものを見るのは初めてだった。


『美味いぞ、食ってみろ』

『ああ……』


 薦められるまま、私はスープを口内に流し込む。前世が猫舌だっただけに、熱々の食べ物をこんな風に食べても絶対に火傷しないのは赤竜に生まれて良かったと思うことの一つだ。


「むぅ……っ!」


 舌先に感じる味わいに、私は思わず呻いた。


 シャキシャキとした歯応えを残しつつ、それでいてエグみのない野草。

 干した肉は噛めば噛むほど濃厚な味わいが滲み出てきて、それがまた淡白な茸と合わさると舌が蕩けそうな芳醇さを醸しだすのが不思議だ。


 そして、それら全てが溶け込んだスープの旨いこと、旨いこと。

 滋養が舌先からじんわりと溶け込んできて体の芯まで浸透するような、震えがくるほどの美味しさだ。これならいくらでも飲んでしまえる気さえした。

 ガイさんたちを村に帰し、私だけ来たのが申し訳ないくらいだ。


『お前、トカゲの癖に美味そうに食うなぁ』


 あっという間にスープを飲み干し、ほうとため息をついて余韻に浸っていると、ダルガはおかしげに言った。

 言われてみれば、確かにそうだ。食以外に娯楽らしい娯楽もないというせいもある気はするが、前世では私は食事というものに大して淡白だった。竜の舌が、人間よりかなり高性能だからかも知れない。


『これ、作り方教えてもらえませんか?』


 私はスープを運んできた女性に問う。

 しかし、彼女は困惑した表情を浮かべるだけだった。


 もしかして、と私は村に辿り着いた時の違和感を思い出す。


『この人は、言葉がわからないのか?』

『ああ、そりゃあそうだ』


 言葉を話せるのがダルガだけというわけではないはずだ。

 少なくとも、彼に同行していた男性たちは命令に従っていた。

 言葉を理解しているということだ。


『女性には、言葉を教えてないのか?』

『当たり前だろ?』


 ダルガは、訝しげに眉をひそめた。

 こいつは何を言っているんだ?

 彼の表情は、そう言っていた。


『女に言葉なんか教えて、何の意味があるんだ?』


 何の疑問もないその言葉に、顔を顰めるのを何とか堪える。

 仕方ないことだ、と私は自分に言い聞かせた。

 この世界、この時代の生活にとってはそれが合理的な判断なのだろう。


『ところでそんなに美味そうに食べるんなら、こっちはどうだ?』


 モヤモヤとした思いを抱えていると、ダルガは何やら良い香りのする壷を寄越してきた。


『これは?』


 今まで嗅いだことのない不思議な匂いに、私は思わず鼻を鳴らす。

 果物のようで、それよりも遥かに甘みが強い。しかし、砂糖菓子のような甘ったるさとも違う。それよりももっと豊かで、深みのある香りだ。


『まあ飲んでみろよ』


 促され、私は未知への期待と不安を抱えながら、舌を伸ばしてちろりと舐める。


 途端、私の身体を稲妻が貫いた。


「これ、は……」


 真っ先に感じるのは、果実の芳醇な甘み。それが舌のみならず、鼻腔を吹き抜けていく。

 そしてその一瞬あとに、刺さるような刺激が喉を焼く。

 だがそれはけして不快なものではなかった。

 むしろもっと求めたくなるような感覚に、私は壷をぐいと傾ける。

 カッと喉が熱くなり、腹の底から活力が湧いてくるかのようだった。


「これは……お酒か」


 一気に抱える壷一杯分を飲みきってしまったあと、私はようやく気がつく。

 前世では、私は殆ど酒を嗜まなかった。アルコールの味がどうにも好きになれなかったし、ビールを一杯、二杯も飲めば顔が真っ赤になってしまう程、酒に弱かったからだ。

 しかし、この旨さと言ったらどうだ。余韻に浸りながら吐く息さえもが心地よいような錯覚を覚える。前世でこれを楽しめなかったのが、急に惜しく感じる程だった。


『流石だな、良い飲みっぷりだ。そら、もう一杯』

『いや、そんなにご馳走になるわけにも……』


 そう答えつつ、視線はついつい酒へと向かってしまう。

 ただ美味しいというだけではない。身体がそれを求めているという気がした。


『遠慮すんなよ。酒の量も男の度量の内だろう』


 自らも酒を呷りながら、ダルガは言う。


『じゃあ、もう一杯だけ……』


 結局私は誘惑に負け、追加の壷を手にとった。

 一杯だけで済まなかったのは、言うまでもない。




「んん……」


 頭をもたげて、私は初めて自分が眠っていたことに気がついた。


「しまった」


 慌てて飛び起きると、そこはいつもの家ではなく、ダルガの家の中だ。

 幸い、記憶自体ははっきりしていた。

 酒に酔って眠気に抗えず、ダルガの勧めるままに私は寝入ってしまったのだ。

 家の中に主の姿はなく、私は仕方なく外に出た。


「うわっ、もうこんな時間か……」


 蒼天を行く太陽は既に高く昇っていて、私は一夜どころか昼近くまで眠ってしまっていたことに気がつく。


 ダルガはもう狩りに出かけてしまったのだろうか。

 言付けようにも男性の姿が見えず、女性には言葉が通じない。

 仕方ない、アイたちも心配しているだろうし、帰らせてもらおう。


 と、そこでふと私はあることを思いつき、鱗を一枚剥がしてダルガの家に置いておく。チクリとするが、長く伸びた髭を一本抜くくらいの痛みだ。


 翼をはためかせ、私は中空に舞う。空を飛んで行けば一時間とかからないだろう。

 しかし、私があれほど酒に弱いとは。


 抱えるような大きさの壷を四杯も飲み干しておいて弱いも何もないとは思うが、誘惑に抗えなかったのだからやはり弱いと言うべきだろう。しかしよくよく考えてみれば、竜が酒に弱いのは洋の東西を問わず定番といえば定番だ。もっと気をつけるべきだった。


 ニナは怒っているだろうか。アイは心配しているだろうな。


「センセイ!」


 そんな呑気な考え事は、傷を負ったガイさんたちと血相を変えたケンの様子に吹き飛んだ。


「アイが、ニナが!」

「どうしたんだ?」


 明らかにただ事ではない様子に、血の気がさっと引く。


「ツれて、イかれた!」


 足元がガラガラと崩れていくような、そんな感覚があった。

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