第12話 懸念/Restless

「ヒのタマ、ヒトカゲ、シタをダセ。ダさなきゃそのシタちょんぎるゾ」


 ケンの歌声が村の中に響き渡れば、焚き付けもなしにぽっと焚き木に火がついた。


「すっかり慣れたもんだなあ」


 ケンが歌っているような歌は、今や村のあちこちから聞こえてくるようになっていた。


 歌うことに、特に呪文としての威力を高めるような効果はない。

 しかし簡単な節をつけた呪文は単に丸暗記するよりも覚えやすいらしく、まだ字を読むことが出来ない者でも呪文の歌ならいくつも覚えることが出来た。


 その結果、今や村人の大半が本物の炎を出す程度の魔法を習得するに至っている。


 それもこれも、アイとケンが実際に役に立つレベルの魔法を覚え、その実用性を大人たちに示してくれたおかげだ。


 誰もが火を出せるから、私がでかけている間に火が消えてしまわないように慎重に見張っている必要もない。


 簡易冷凍庫に入れた魚は、解凍後に火さえ通せば三日程度は保つようになった。言い換えれば、魚を取りに行くのは三日に一度で良くなったということだ。


 更に木々を操って子供でも高いところにある木の実を取ったり、小さな鳥や獣を捕まえる事すらあった。


 食糧事情は大幅に改善し、大人たちも数日に一度のペースとはいえ子供に混じって魔法を学ぶようになった。勿論、言葉もだ。


 村の生活は極めて順風満帆だった。


 ――ただ一つの懸念を除いて。


「センセイ」


 どうしたものか、と私が思い悩んでいる時のことだった。

 声をかけてきたのは、この集落でも一番の年嵩と思われる男性。

 アイの父親である、ガイさんだった。

 ……村人たち十六人の名前は結局私が全員つけたのだが、我ながらネーミングセンスの無さが酷い。


「カリ、イク。クルカ」

「……そうですね。ご一緒します」


 まあ考えていても解決する問題でもない。

 気分転換がてら、私はガイさんたちの狩りに付いていくことにした。


 彼らが言葉を覚えてくれたので、私も彼らと一緒に狩りができるようになった。狩り自体はガイさんたちの方が圧倒的に上手いのだが、私がいれば彼らの火力不足を補うことが出来る。石の槍では狩れないような大物も狙えるという事で、最近ではしばしば一緒に狩りをしていた。


「先生! わたしもいきます!」


 私達が村を離れようとすると、すぐにアイが飛んできた。


「ダメダ」


 しかし、ガイさんは腕をぐっと突き出し、彼女を止める。


「カリ、オトコ、スル。オンナ、マツ」

「でも……」


 有無を言わせぬガイさんの口調に、アイは私の顔を見た。

 彼らの社会は、父親が絶対的な権力を持つ父権社会だ。私というイレギュラーと関わったが故に今まで見逃されてきたが、本来であれば女であるアイは狩りに出かけてはならない人間だ。


 それどころか、こうして父の意向に逆らう事自体、許されない。

 何せ彼女は生け贄として差し出されてすら、文句を言えないのだ。

 殆ど物扱いと言っていいその処遇に思うところはあるが、それは彼らなりの合理性で決めたことでもある。少なくとも私が己のエゴで口を出していいことではなかった。


「大丈夫。大きな獲物を獲ってくるから、いい子で待っててくれ」

「……はい」


 私の言葉に、アイは俯いて渋々と頷いた。


「お気をつけて!」

「ヘマしないようにねー」


 アイとニナの声を背に、私たちは狩りへと向かった。


 彼らの慣習と私の懸念は、実は合致している。

 女性の地位に関してではない。

 単純に人の数が少なすぎるのではないか、ということだ。


 私とニナは数に入れないとして、村の人数は十七人。

 そのうち八人が子供で、大人は男性が五人、女性が四人という内訳だ。


 大人が九人に対して子供は八人ということは、このまま世代が交代すると人口は微妙に減ってしまう。そもそも医療という概念さえ無いこの世界で、ちゃんと皆大人にまで成長するという保証もない。


 人口の維持に子供を産み育てる女性は最重要で、それ故狩りなどという危険な事はさせられない。女は家を守っていろという前時代的な慣習は、少なくともここでは合理的ではあるのだ。なにせ今は、その前時代そのものなのだから。


 とは言え。いくら考えても、ドラゴンである私には彼らと子供を作ることなど出来ないし、ましてや産んでやることなど竜としても無理だ。今生でもこの体が男であることは確認している。

 私にできることなど、ただ彼らを守り、獲物を狩り、自分が生きているうちになるべく魔法を発展させることだけなのだ。


「……あれ?」


 そんな益体もないことを考えていると、いつの間にか随分遠くまで歩いてきていることに気がついた。


「もしかして、森を出るんですか?」


 尋ねれば、ガイさんはこくりと頷いた。


 基本的に私も彼らも、狩りは森で行ってきた。

 単純に拠点となる洞窟から近いというのもあるが、平原での狩りがことさらに難しいというのもある。


 まず、ニナが操って味方にできる木々というのが、森に比べて非常に少ない。

 今の彼女は草を操ることもできるが、木に比べて非常に非力な草では草原に住む大型の獣を捕らえることは殆ど不可能だ。


 私が上空から飛びかかれば簡単に捕まえられるのでは無いかとも思ったが、これも徒労に終わった。彼らは空を飛ぶ私の姿が見えるやいなや物陰に隠れてしまってまず見つけるのが非常に困難だったし、飛行というのは速度を出せば出すほど小回りが効かなくなる。すばしっこく逃げまわる獣を急降下して捕らえるのはものすごく難しいことだった。


 その辺の事情はガイさん達も同じで、だからこそ彼らも基本的に森で狩りをしていたはずなのだが。


 かつて私とニナが森の中に作った拠点(数ヶ月留守にしていただけだが、既に壊れかけていた)の傍を通り、私たちは森を出る。そこに広がるのは、広大な草原だ。


 そういえば全く空を飛ばずに森を踏破したのは、これが初めてのような気がする。

 意外にも、森を抜けるのにそれほど時間はかからなかった。


 茂みの中を突っ切っても髪に木の葉一つ引っかからないニナ程ではないが、ガイさんたちも森の中での行動は手慣れたものらしく、平地を歩く時とさほど変わらない速度で歩いていたからだ。

 むしろ私が足手まといになりかける程の速度だった。


 草原に出ると、ガイさんたちは迷うことなく歩き始める。

 何か目的地があるのか、それとも適当に歩いているのか、私の目には判断がつかない。ともかく、彼らを信じてついていく。


『見』


 するとやにわに、ガイさんが声をあげて槍を掲げた。


 確かそれは獲物を見つけたときの合図だったはずだが、私にはどこにいるのか全くわからない。きょろきょろと辺りを見回していると、彼らは再び歩き出した。身を伏せて隠れるでもなく、急いで走るでもなく、ごく普通の歩き方だ。


 獲物を見つけたというのは誤りだったんだろうか。


 内心首を捻りながらついていくうちに、私は唐突に気づいた。

 ガイさんはしっかり、獲物を見つけていたのだ。しかしそれは獲物自身じゃない。

 その足跡だ、という事に。


 私には草がまばらに生えたただの地面にしか見えないが、ガイさんは度々屈み込んでは地面を確認する。


『見』


 そうして歩くこと、体感でおよそ二時間ほど。ガイさんは再び、しかし今度こそ獲物をその目に捉えて宣言する。


「センセイ、イタ」


 そしてご丁寧に、私にも日本語で教えてくれた。


「うん……見えてるよ。大丈夫」


 むしろ気づかないわけがない。


「本当にあれを狩る気なの?」


 念のため聞いてみれば、彼らは揃ってコクリと頷く。


「いや、だって、あれ」


 ずしんと響く鼓動を聞きながら、私は上を向く。


 母以外の生き物を見上げるなんて、久々の動作だ。


「ちょっとしたビルくらいあるよ?」


 巨獣を例えたその言葉を理解してくれる人は、この世界にはまだいなかった。

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