第7話「囁き声」
-01-
ひそひそ声が聞こえてくる。
一人きりの部屋なのに…変だな、
私:「壁の薄いアパートだからなあ…」
時計の針は深夜の2時過ぎを指していた。
-02-
誰かと誰かが内緒話をしているみたいだった。
私:「こんなに遅くに、一体何を話しているんだろう?」
私は何だか気になって…そっと壁に耳を当ててみる。
男1:「どうするんだよ。」
男2:「かまわないさ、このまま放っておけば。」
男1:「直ぐに見つかるよ。」
男2:「わかりっこないさ。」
何か悪い事を相談している?
二人の会話は、そんな風に聞こえた。
-03-
私は、とても重大な事を知ってしまった様な気がした。
放置しておいてはいけない気がした。
時計の針は深夜の2時過ぎを指していた。
私:「でも、こんなに遅くに、一体誰に相談すれば良いのだろう?」
私はそっと玄関に出て、…隣の部屋の表札を見てみた。
表札入れには名札が入れられていなかった。 名前が書かれていない。
その部屋には、全く人の住んでいる気配がしない?
-04-
管理人さんに言った方が良いだろうか。
此処は4階建てのアパートの4階で、確か1階に管理人のおじいさんが住んでいた筈だった。
私:「いや、…ただの勘違いかも、もしかしたらテレビかビデオの声かも知れないし、」
暫くすると、またひそひそ声が聞こえてきた。
やはり、隣の部屋に面した壁から聞こえる様だった。
男1:「どうするんだよ。」
男2:「気にするなよ、その内動かなくなるさ。」
男1:「まだ生きてるんじゃないか?」
男2:「馬鹿だな、今さら病院に連れて行ってどうするつもりだ? 絶対に後遺症が残るから、こいつもこのまま死んだ方が幸せなのさ。」
絶対に何かいけない事が起こっている
でも、今騒いだら、今度は私が狙われるかもしれない。
私:「どうしよう、」
胸がドキドキする、
とても眠れやしない、
-05-
次の朝、管理人さんが部屋の前の廊下を通りかかった。
私:「昨日の事を、言わなきゃ、でも…」
管理人さんが軽く会釈しながら目の前を通り過ぎていく、
私:「言わなきゃ、でも…」
女:「管理人さん! 良いところへ来たわ。 ちょうど行こうと思ってたのよ。」
突然、後ろから私の部屋の反対側に住んでいる齊藤さんが管理人さんに話しかけた。
管理人:「ああ、齊藤さんこんにちは。」
-06-
齊藤:「管理人さんがこんな高いところまで登ってくるなんて珍しいわね、何かあったの?」
管理人:「ああ、今度角の部屋に新しい人が入る事になってね。」
あっ、…あの声のする部屋だ。
管理人:「中の状態を確認しておこうかと思ってね。」
良かった、これで、何があるのか判らないけれど、部屋の中を調べてもらう事が出来る。
齊藤:「どんな人が入るの?」
管理人:「学生さんだよ、男の子。」
齊藤:「そう、…変な人じゃないと良いけど、」
管理人さんが、黙ったままドアの鍵を開けると、
部屋の中の空気が、ゆらゆらと漏れ出して来た。
管理人:「うっ!」
-07-
斉藤:「やだ、かび臭い、」
管理人:「もう、1年以上使っていなかったからなあ。」
私:「一年以上?」
部屋の中は空っぽで、何も置かれていない、誰の気配もしなかった。
管理人:「ちょっと、掃除屋に来てもらったほうが良いな。」
-08-
管理人:「それで、齊藤さんの用事ってなんだっけ?」
齊藤:「そうそう、隣の伊丹さんの事なのよ。」
私:「私が、何か?」
齊藤さんは、私の部屋の前まで管理人のおじいさんの腕を引っ張ってきた。
齊藤:「昨日の夜、何だか凄い音がして、それっきり…何か変じゃない?」
私:「うち?」
私:「あの、私ここに…」
管理人さん達は、まるで私の事が見えていないかの様に私の目の前を素通りして、
うちのドアの呼び鈴を押した。
管理人:「伊丹さん、」
私:「あの、どうしたんですか? 私此処に居ますよ!」
管理人:「伊丹さん!」
ドアには、鍵がかかっているらしい。
管理人さんがガチャガチャとノブを回すが、開かない。
私:「どうして鍵がかかっているの? 私此処にいるのに?」
管理人さんは、鍵の束から私の部屋の鍵を取り出して…
ドアを開けた。
-09-
管理人:「うっ!」
齊藤:「ひゃっ!」
管理人:「警察!」
齊藤:「それより病院!」
部屋の中には、…私が倒れていた
-10-
ひそひそ声が聞こえてくる…、
壁の向こう側で、誰かが話しているらしい…。
あれから二週間、私は病院のベッドに横たわっていた。
私は他にやる事もなく、隣の病室から聞こえてくる内緒話に聞き耳を立てていた。
私はどうやら、夜の帰り道を尾行されて、鍵を開けた時に二人組みの暴漢に部屋に押し入られ、強姦されて、そのまま首を絞められて、死にかけていたらしい。
幸い命は取り留めたのだけれど…、沢山のものを失ってしまった。
-11-
病室に、お母さんが入ってきた。
お母さんが私を見つめる目は、一人娘を一人暮らしさせた事への後悔の為なのか、未だに申し訳無さそうに泣き腫れている。
私:「お母さん、…ごめんなさい。 心配かけて…ごめんね、」
私は、胸が苦しくなって、それ以上何も言えなかった。
お母さんは、黙ったまま、紙袋から着替えを取り出して
それから洗面器に張った水でタオルを濡らす。
お母さんの唇は硬く結ばれたままで
お母さんの目からは、再びぽろぽろと涙がこぼれ始めた
お母さんは、抜け殻のように動かなくなってしまった私の身体を拭いて、
泣きながら、衣類を取り替えてくれる…
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