第5話「約款」
-01-
破砕音:「ピシ!」
破裂音がする
丁度、便器にしゃがんで大きな溜息を付いていた時だった。
振り向くと、洗面台の鏡が割れている.。
私:「又か…、」
私は再度、溜息を付く。
-02-
不動産屋:「よく物が壊れるんです。」
この部屋を借りる時に不動産屋からそんな風に説明は受けていた。
こんなにしょっちゅう物が壊れるとは思わなかったし、確かに
引っ越してきたばかりの頃は、どうしてこの部屋だけこんなに物が壊れるのかと不思議に思った事もあったが、半年にもなれば「慣れっこ」になって大して気にもならなくなる。
いちいち壊れるたびに修理を依頼するのも面倒なので、今では一ヶ月に一回、月末の土曜日にまとめて修理に来てもらうようにしていた。
私は至って合理的な人間なのだ
-03-
友人:「今日、お前の家に泊まりに行っていいか?」
それは市川に住んでいる職場の同期の友人と「合コン」に望んだ帰り道、午前2時まで引っ張った挙句に撃沈となって、とぼとぼ男同士で新宿の繁華街を散歩していた最中だった。
私:「ああ、構わないけど、…ソファで良いか? 掛け布団は無いぞ」
まあ、始発まで漫画喫茶で反省会…とか言う歳でも無いだろうし
まだまだ残暑の9月だから風邪をひくという事も無いだろう、
私:「結構可愛い子だったな、」
私はさっきまで直ぐ傍に座っていた女の子の匂いを思い出す。
友人:「そうか? 結局計算高い女だったじゃ無いか、」
友人は恐らく負け惜しみを言う。
玄関のセキュリティを解除して、
エレベータで4階まで上がり、
413号室のドアの鍵を開ける
私:「どうせうちに招待するなら、女の子の方が良かったな。」
友人:「何なら俺が、慰めてやろうか?」
友人:「男同士の方が、良くツボを抑えているという話も…」
私は、友人を一人廊下に残したまま、ドアの鍵を閉める。
-04-
近所迷惑になるので、私は仕方なく、真夜中にドアを叩く危険な友人を部屋に招き入れた
友人:「冗談だってば、」
私:「信用ならん」
考えてみると、此処に引っ越して来てから、友達が訪ねてくるのはこれが初めてかも知れない
友人:「お邪魔しマース、」
友人は誰にかけるでもなく挨拶して暗い部屋に上がる。
友人:「電気つけてくれよ、」
私:「うーん、切れてるみたいだ、」
玄関の蛍光灯のスイッチを入れるも、…反応が無かった
私:「何だかよく物が壊れるんだ、この部屋…」
友人:「なんだ、明るいのが恥ずかしいなら最初からそう言ってくれれば…、」
私は友人の靴を玄関からマンションの外へ放り投げた。
-05-
奥のリビングの電灯は無事だった
私:「なんか飲むか?」
友人:「ああ、そうだな、水くれる?」
マンションの一階まで裸足で靴を拾いに行った友人はすっかり息を切らしていた。
私は、冷蔵庫からカフェイン飲料の缶と、ペットボトル入りの炭酸水を取り出す。
友人:「冷蔵庫の中、飲み物ばっかりだな。」
私:「一人暮らしだからな。」
破砕音:「バチッ!」
突然、冷蔵庫の電気が切れる。
私:「それに、食べ物入れとくと…たまに腐る事があるからな。」
友人:「信用の置けない冷蔵庫だな、」
-06-
破砕音:「パシ!」
反省会と言いつつ、携帯のカメラで撮った写真をチェックしていると、
ベッドルームから破砕音が聞こえた。
友人:「なんだ、今の?」
私:「ああ、なんか壊れたみたいだな、ちょっと見てくる。」
ベッドルームの電灯をつける。
特に変わった様子は無いが、…念を入れて、一つ一つ調度品をチェックしていく。
私:「やっぱりか、」
ベッドの脇に置いた目覚まし時計が止まっている。
一度、これで朝寝坊して遅刻しそうになった事がある。 その日以来、用心するようにしていたのだ。
私は引き出しから予備の目覚まし時計を取り出して、乾電池を入れ替えて、時間をセットする。
私:「まあ、明日は土曜日で休みだから、寝坊しても構わないんだがな…」
-07-
友人:「おい、何か変じゃないか?」
私:「そうか?」
友人:「そうかって、なんでそんなに物が壊れるんだよ?」
何故だか、友人の方があたふたしている。
友人:「何か、原因があって物が壊れるんだろ。」
友人:「もしかして、欠陥住宅とか、化学物質の汚染とか、電磁波とか、低周波とか、心配にならないのか?」
私:「判らん、でも壊れたら無料で新品に交換してもらえるから、いつでも新品を使えて気分が良いとも言える。」
お陰で鏡は常にピカピカだった。
-08-
友人:「いや、普通、そんな風には考えないだろう。」
友人:「物が壊れるんだから、身体にも悪い影響あったりするんじゃ無いのか?」
私:「うーん、そうだな、引っ越して半年経つが、特に身体の不調は感じないな、」
友人:「でも、何か薄気味悪くないのか? 何かの呪いとか、祟りとか?」
私:「かもな、でもこの新宿の一等地で、月々の家賃が相場の三分の一なんだぜ、」
友人:「やっぱり、…その時点で何か変なんだよ、絶対引っ越した方が良いって!」
私:「いや、その気は無いな。 私にとってはこんな快適な部屋は無い。」
私はちょっと「ムッと」する…
私:「なにしろ暴飲暴食を続けても、全然太らないし、むしろ一年前から比べてBMIはグングン良くなってる。」
友人:「全くお前は変わってるというか、肝が据わっているというか、鈍感と言うか…」
友人は諦めたように溜息を付く…
-09-
私:「私はもう寝るぞ、」
友人:「ああ、」
何だか、自分では気に入っているはずの部屋をボロクソに言われて妙に腹立たしい。
ベッドに入るも、なかなか寝付けない。
暫くして、
リビングから大きな「破砕音」が響いた、
続いて、友人の悲鳴
友人:「ひゃあああああああ~!」
私は飛び起きて、何事が起きたのかとリビングに駆けつける。
何故だか其処に友人の姿は無く、見ると、玄関に靴は置きっぱなしだが、…どうやら友人は出て行ったらしい。
ドアの鍵は開けっ放しになっていた。
朝、明るくなってから床を見ると、汚れた裸足で部屋中を歩き回ったらしい黒い足跡が此処其処に残っていた
フローリングにこびりついた足跡は、幾ら擦っても取れない
私:「全く、一体何をしていたんだ?」
その日、諸々修理に訪れた業者に床の汚れの事を相談してみる
業者:「オッケーですよ、こっちで掃除しておきます。」
私:「何だか、悪いね。」
業者:「いえいえ、いつもの事ですから…、」
-10-
その日以来、友人は私を避けるようになった。
職場で姿を見かけても、目も合わせようとしないし、口もきいてくれない。
あの晩一体何があったのか、私は確かめてみたい気もするのだが、携帯もメールアドレスも、あの晩以来「着信拒否」になっていた。
私:「どうしたんだよ、最近何だかお前変だぞ、」
とうとう、私は友人に食って掛かった
友人:「お願いです、僕に構わないで下さい。 話しかけないで…、 許して…、」
元友人は、泣きながら床に崩れうつぶして、ブツブツと独り言のように何かを呟いている。。
それから、元友人は、気が振れた様に「へらへら」と笑い出し、目つきも定まらず、
そしてとうとう、床に座り込んだまま…失禁してしまった。
私は、会社の人事部に電話して、救急車を呼んでもらう。
元友人は、ストレッチャに載せられて、きゅるきゅると運ばれて行った。
人事部員:「一体、何があったんですか?」
私:「さあ、良く判らないんだが、…壊れちゃったみたいだな。」
-11-
それから間も無く、不動産屋から奇妙な電話がかかってきた
不動産屋:「困りますよ、勝手に他人を部屋に泊めてはいけないって、「約款」に書かれていたでしょう。」
私:「そうだったっけ? あんな細かい字がいっぱい書かれた書類の束なんて、普通読まないよ。」
不動産屋:「一応、契約事なんですから、きちんと護ってもらわないと…。」
私:「ああ、判ったよ。」
不動産屋:「それじゃ、田中さんの身長を教えてもらえますか。」
私:「身長、175cmだけど、私の身長なんて聞いて、どうするんだ?」
私は、少し見栄を張って
不動産屋:「一応、決まり事ですから…、」
不動産屋:「今月の修理業者ですが、今週の土曜日に伺いますので予定空けといてください。」
何だか横柄な対応にムッとしたが、契約を破った手前こっちも強く出れなくて、ぐっと我慢する。
相変わらず私の部屋では「破裂音」が続いていた、
最近、その頻度が急激に増えてきている様な気がする…。
何しろ、キッチン周りの食器棚はバラバラに壊れて、中の食器やら調味料やらが床の上に散乱する始末である。
リビングのソファもいつの間にかカバーが裂けて中身のクッションがはみ出している。
テレビの液晶は3日前から何だか変な風にしか映らなくなっていた。
私:「まあ、良いか どうせ明日は修理業者が来る…。」
破砕音:「ピシ!」
又、破裂音がした…それから、
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