第4話「約束」

佳苗:「じゃ、ジジババのお守り、よろしくね。」


その夏休み、私は、旦那(隆久)と娘を連れて、5年ぶりに実家に帰省していた。


ジジババは3歳になったばかりの娘にメロメロで、…私は、旦那を人質に置いて、一人、突然始まった月のモノの為に近くのコンビニまで生理用品を買い出しに出かける所だった、



佳苗:「お、この靴、未だ履けるジャン、」


大学の頃に履いていた古いパンプスを引っ張り出して、日々の鍛練?の成果に、私はちょっとした優越感に浸る、



隆久:「ああ、ジェリービーンズ頼む、」

佳苗:「ほんと、お子ちゃまだナ、」


可愛らしい苦笑いを残して、私は懐かしい街へと足を踏み入れる。


小学校の登校班の待ち合わせ場所、


友達の明子ちゃんが昔住んでいた家、


今は塞がれてしまった農道沿いのドブ川、



佳苗:「何だか変わったなぁ、この辺も、」


そんな独り言を言いながら、意味も無くニヤニヤしてしまう自分が不気味だ。





氏神様の前のコンビニで、旦那に頼まれた、…のに比較的よく似た菓子を買い、


目的の生理用品を買って、…


ふと、思い出の氏神様の鳥居を潜って、

誰も居ない蝉の鳴く木陰で、


私は、手提げからメンソールの煙草を一本、…火を付ける。


誰にだって少し位秘密はあって良い。



佳苗:「此処は変わんないな、」


子供の頃よく遊んだ杜の樹々は、何時の間にかこんなにも小さくなって、


それでも未だ遥か上空で揺れる梢から零れ落ちる太陽の欠片は、あの頃の侭に記憶を呼び覚ます。



聡史:「似合わない事やってんじゃねえよ、」


声に振り向くと、其処に、懐かしい顔が立っていた。


7年前、私が東京の大学に行ったっきり別れた、友達、…もしかしたら恋人だったかも知れない。



佳苗:「久し振り、」

佳苗:「なんだか、変わったね、」


聡史:「色々有ったんだよ、」

聡史:「お前も随分見違えたな、」


私は突然の再会に、初めは驚いて、何だか心騒ぐように嬉しくなって、それから、…


正気を取り戻して、ちょっと、恥ずかしくなる。



佳苗:「こっちも色々有ったのよ、…今じゃ3歳の娘のママやってんだから、信じられる?」


かつての恋人をまるで牽制するミタイに、…何で私、こんな事言ってんだろ、



聡史:「そうか、幸せそうだな、」

佳苗:「毎日追い立てられてイライラ過ごしてるだけだけどね、」


何年振りだろう、彼の事を忘れてしまってから、もう、…何年経ってしまったのだろうか?



佳苗:「宮本(聡史の苗字)は何やってんの?」


聡史:「まあな、ぶらぶらしてる。」


まあ、色々大変なんだろう事情には、踏み込まない方が良い、…


もう、今のアタシには、そんな権利は無いのだから、



聡史:「綺麗になったな、」


私は、不意を突かれて、自分でも恥ずかしい位に頬が熱くなる。



佳苗:「そんな事、言わないでよ。」



聡史とは、約束が有った、…


私が大学に行く時に、離れ離れになる前の3月の夜に、…


私は、聡史と、此処で、…


初めてのキスをした。



「絶対に忘れない、」

「きっと戻ってくる、」



そんな幼い二人の約束は、とっくの昔の日常に洗い流されてしまっていて、


何処からどう見たって、二人の間にはもはや乗り越えられない壁が出来てしまっているのだ、



佳苗:「ごめんね、…ずっと、連絡できなかった。」


聡史:「気にするな、約束通り、佳苗は帰って来てくれた。」


言葉が、緩く、温かく、重く、圧し掛かる。



佳苗:「行かなきゃ、子供が待ってるから、…」


聡史:「ああ、」


私は、逃げる様に「聡史」から目を逸らして、


辟易と忌みた日常へと向けて、一歩、足を送り出す。



佳苗:「また、来るよ、同窓会しよ、」

聡史:「良いな、」


鳥居の下で「聡史」は、まるで縋る様に、私に向かって手を差し伸べて、…


私は、その手に触れる事が出来なくて、…


小さく、手を振った。



聡史:「煙草は、佳苗には似合わない、」

佳苗:「うん、ありがと、もう、止める、」


なんでこんなにも、胸が熱い?


其処にはヒトカケラの期待も、後悔も、罪悪感さえ置き去りにした筈なのに、



佳苗:「じゃあね、」


「聡史」は黙ったまま、あの時と同じ優しい眼差しで、私に向かって、微笑んだ。





振り返らずに10歩歩いてから、意味不明な涙が溢れてきた、…


馬鹿みたい、化粧が崩れたら、なんて言い訳するんだ? 私、


それは、きっと遠い日の私のセンチメンタルで、


それは、きっとテレビドラマの感動シーンと大して変わらない、アリフレタ心の作用なのだ、





佳苗:「ただいま、」

母:「お帰り、有ったの(生理用品)?」


佳苗:「うん、偶然ね、ほら「ハガミさん」(注、氏神様)の前でばったり、…宮本に会ったよ、」


母が、怪訝そうな顔で私を覗き込む、



母:「変な事言わないでよ、」

佳苗:「何が?」


母:「高校の時の友達の宮本君じゃないわよね、…あの子死んだのよ、」



佳苗:「え、」


母:「3年前、交通事故に遭ったのよ、…」





それからもう、ずっと、私は煙草を吸っていない。

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