第3話「孤独の家」

今日も僕は、その家に帰る


神奈川県の郊外、駅から歩いて20分

決して大きくは無いが、36坪の一戸建て…25年ローン

猫の額程だが、小さな庭も在る。


子供には土を感じて育って欲しかった。



がらんとした玄関脇のガレージには、

子供用の三輪車が…出しっぱなしになっていた。


僕は、ぐっと…唇を噛み締める。



僕:「只今ただいま。」


廊下の電気を付けて、

カバンを放り出すと、ネクタイを外しながら居間へ行く。


電気が付けっぱなしの部屋で、

女が一人、僕の事を…じっと睨んでいる。



あんまりにも長く、強く、睨み続けているから、

綺麗だった彼女の顔は、すっかり…歪んでしまっていた。


僕は、申し訳なくなって

彼女から目を逸らし、


一度、深呼吸して…キッチンに立つ。




大した料理は用意出来ない。


冷蔵庫に有り合わせの野菜を刻んで、塩胡椒しおこしょうで味付けして…フライパンで炒める。


味噌汁は、レトルトの「お湯を注ぐだけの奴」だ。


炊飯器の保温時間は、既に76時間になっていた。




僕:「ご馳走ちそう様。」


僕が食事を片付ける間も、

彼女は終始無言のまま…じっと僕を睨み続けていた。


僕は、かける言葉も無く…小さな背中で受け止める。




ふらりと、子供部屋を…覗く。


がらんと片付いた暗い部屋に、テレビの灯りが漏れていた。


見ると、録画した子供番組が映し出される液晶の前で、

2歳位の小さな男の子が…面白そうに身体を揺すっている。



男の子は、僕を見て、

嬉しそうにテレビを指差す。


僕:「そうだね。…面白いね。」



時計は既に23時を回っている、


もう、…眠らせてあげなきゃ。



僕は、男の子の傍に腰掛けて、彼を優しく膝に乗せ…そっと抱きしめる。


僕:「もう、眠らなきゃ…駄目だよ。」







次の日も、僕はその家に帰る。


ちょっと、辛くなって…かかりつけの医者によってから帰る。



優しそうな白衣の青年は、

ひとしきり僕の症状を聞いて…カルテにメモをとる。



医者:「3年になりますか。」


僕:「はい、それくらいですね。」


医者:「腰の痛みの方はどうですか。」


僕:「今でも、時々辛くなります。」



僕:「妻が、不憫ふびんで。」


僕は、耐えきれなくなって…思わず吐露とろしてしまう。



僕:「息子は、小さいので まだ良く判っていないみたいですが、」


僕:「辛そうな彼女を見ていると、何だかこっち迄…いっぱい一杯になってしまって。」


優しそうな目で、先生はウンウンと相槌あいづちを打ってくれる。



医者:「大変な事故でしたから、頭が混乱するのは…仕方は無いですよ。」


今度は僕の顔が、きっと…歪んでいるのだろう。



僕:「僕は、どうすれば良いんでしょうか。」


医者:「先ずは、ご自分の身体を直す事を…第一に考えて下さい。」


医者:「何でも自分の責任だと背負い込まない様に、あまり自分を…責めない様に、」







誰かに話を聞いてもらえるだけで、少しは心が…楽になる。



僕は、それからまっすぐ…家に帰る。


空っぽのままのガレージに、子供用の三輪車が置き去りにされている。



僕は、暗い玄関の鍵を…開ける。



僕:「只今ただいま。」


電気が付けっぱなしの居間に、妻の姿は…見えなかった。



僕は、ネクタイを解いて、

今日も…野菜炒めを作る。


フライパンがジュージュー音を立てて、

改めて孤独を…思い出させる。




僕は、深く…深呼吸して、


僕:「頂きます。」



部屋の隅に置かれた仏壇の遺影に…手を合わせる。


美しかった妻と、可愛かった息子と、

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