第20話 引きこもりの銀狼


 カイリがヒーラーであるという事実は周囲に知れて一週間が経った。

 この一週間、≪鉄の旅団≫のギルドホール前には大量のプレイヤーが押し寄せてきた。

 突如として七人目のヒーラーが現れたのだから、真相を知りたいと思うのは当然のことだ。

 噂の中心人物であるカイリはというと、いつもと変わらずふらりといなくなり……とはいかないらしく、ギルドホールでおとなしくしている。

 というのも、行く先々で他のプレイヤーに付きまとわれては質問攻めにあい、現在は絶賛引きこもり中だ。

 そろそろフィールドなりダンジョンなりで大暴れしたいと思ってはいるが、事態が収拾しないことには動きようがない。

 この一週間、現状を打破しようと何度か他のヒーラー所属ギルドに話し合いの場を設けようと打診してはいるが、色よい返事はもらえていない状態だ。

「くそ……、こんな面白い状態なのに、何で他のヒーラー達はのってこないんだよ?」

「誰もが誰もカイリさんみたいな快楽主義者じゃないんですよ。他の人達はもっと慎重に事を運びたいんでしょう」

 ギルドホールの一室、向かい合わせに座るカイリと紗姫。二人が何をしているかというと、暇つぶしのチェスだ。

 カイリがギルドホール内で『暇だ暇だ』と騒ぐので、紗姫が用意してきたのだ。

 だが基本的に脳筋と研究熱心な生産職ばかりのこのギルドで、暇を持て余すカイリの相手がまともにできるのは紗姫だけであり、紗姫はカイリに拉致監禁されることとなった。

「ったく、つまらん! 非常につまらん!! チェックメイト」

「ううううぅぅぅぅぅぅ……、また負けた」

 似たような打ち方をする二人だが、思い切りの良いカイリの攻めに対応しきれず打ち負ける。細かいところまで見ると変わってくるが、紗姫の負け方は大筋ではこんな感じだ。

「クリアに期限が決められているんだから、慎重になりすぎても駄目だと思うんだけどな」

「それはそうですけど、カイリさんには慎重さが足りなすぎです」

 紗姫の意見は尤もだ。七人目のヒーラーが現れたことで、この先何が起きるか分からない状態だ。慎重に事を運びたいと思うのは普通であり、当然のことだ。

 だが、カイリにとってはそれが物足りない。

「そうかな? このチェスでの紗姫の敗因は、慎重になりすぎて俺の攻めを受けきれてないから……だと思うんだが?」

「う……、それは……」

 このチェスでカイリは慎重さとは縁遠い打ち方で攻めまくり、結果として連戦連勝を決めている。チェスと今回の騒動は状況が違うが、それでも敗者となっている紗姫は何も言い返すことができない。

「ううううぅぅぅぅぅぅ、いつか絶対に勝ってやる!」

 そう言って勢いよく立ち上がる紗姫。

「どうした、紗姫?」

「敗者の私は、勝者のカイリさんに美味しいお菓子とお茶でもご用意しようかと思いまして」

「そうか、サンキューな」

 返答することなく、紗姫は静かに部屋を出た。

 カイリはというと、決着のついた盤面を静かに見つめている。

「どうしたの、カイリ?」

 そんなカイリに、どこからともなく現れたシアが声をかける。

「……何処にいたんだよ?」

「隣の部屋で覗いてたのよ。近くで見ていたら気が散ると思って、隠れていてあげたのよ」

 のぞき見をしていながら『隠れていてあげた』と言い切るシアに、カイリは呆れたように小さくため息をつく。

「で、連戦連勝のカイリさん、ギルドマスター兼戦闘部隊隊長としての質問です。紗姫の欠点は慎重すぎることなんですか?」

 シアからの問いに、カイリは渋い表情を浮かべる。

「カイリ?」

「慎重だから負けたってのは事実だけど、それは全然欠点じゃないよ」

「え? 慎重さが悪いことじゃないっていうのは分かるけど、紗姫連敗中なんでしょ? もっと思い切りが必要ってことなんじゃないの?」

「紗姫はさ、仲間が死ぬのを嫌うんだよ」

「……仲間が死ぬ?」

 シアはカイリの言っていることが分からず、首を傾げている。

「紗姫にってお自分の駒は仲間と同じなんだよ。駒が取られるのは仲間が死ぬのと同じ、それを心から嫌うんだ。だから駒を犠牲にすれば好転する状況でも、仲間を守るために引く。紗姫が負ける最大の理由はそれだよ」

「それって……」

 シアはカイリが何を言いたいのか、何となく察したようで表情を変える。

「チェスでも実際の戦闘でも、紗姫は仲間のことを第一に考える。だから慎重にもなる。つまりはそういうことだよ」

 そう、紗姫はチェスというゲームに、実際の戦闘と同じ意識で臨んでいた。対してカイリは、ただのゲームとして臨んでいた。

 実際の戦闘として見た場合、カイリは敵の将を打ち取ってはいるが、そのときの損害は甚大なものだ。対して紗姫は被害そのものは最小限に抑えている。

 それに実際の戦いは、敵将を打ち取れば勝つというものではない。この世界もゲームとして成り立っているものではあるが、現実に準拠した世界であることもまた事実だ。

 それを考えたとき、カイリと紗姫のどちらの戦い方がより現実的か、分かり切ったことだろう。

 尤もカイリにしてみれば現実的かどうかなんて、大した問題になりはしないのだが。面白いかそうでないかがカイリの行動原理だ、戦いの中でも常に面白さを求める。

 だから例え紗姫と同じ戦術を思いつこうとも、面白いと思えなければ絶対に実行しない。それはチェスであろうと、戦闘であろうとも変わらない。本当に指揮官に向かない男だ。

「へぇ……、凄いわね、紗姫は。さすがは私の副官」

「本当に。最初はただおどおどしている女の子って感じだったのに、今やギルドに必要不可欠な指揮官様だ」

 そう、≪鉄の旅団≫に加入した直後の紗姫は、小動物という言葉がぴったりのただの女の子だった。それがこの数ヶ月程度でここまで成長したのだから、末恐ろしい娘である。

「は~い、美味しいお茶とお菓子をお持ちしましたよ」

 そう言いながらお茶と大量のお菓子を乗せたトレイを手にした紗姫が部屋に戻ってくる。

「おぉ、紗姫。お帰り」

「お帰りぃぃぃぃぃ」

 そう言って紗姫に抱き付くシア。紗姫はシアがいることと、突如抱き付かれたことに驚いたようだが、手にしたトレイだけは落とさない。

 最初の頃ならテンパってお茶とお菓子をばら撒いていただろう。本当に成長したものだ。

「わああぁぁぁぁぁぁぁ、何でシアさんがいるんですか!?」

「ずっと俺達の勝負を覗き見していて、悔しさのあまり泣き出す紗姫を見ながらニヤニヤしてたらしいぞ」

「な、泣いてなんかいませんよ!!」

「あれ、そうだったか?」

「そうですよ」

 顔を真っ赤に染めて否定する紗姫。確かに泣いてはいなかったが、相当悔しそうにしていたのは確かだ。

「それよりお茶にしましょうよ。って、カップが一つ足りない……」

「いいわよ、私はもう行くから。カイリが引きこもってる間に、少しでも差を縮めないと」

「何だ、レベル上げか?」

「えぇ、カイリのせいで素材集めも滞ってるしね。ギルドマスターとして、私が頑張らないと」

 ≪鉄の旅団≫が生産する武器の素材の大半は、カイリが単独で集めている物だ。そのカイリが絶賛引きこもり中の今、生産に使う素材が不足気味になっているのだ。

 資金や装備に余裕があるとはいえ、一応生産系ギルドとしての体裁がある。

 何よりカイリがいなければ何もできないなどと、他のギルドやプレイヤーに思われたくはない。そんな心理が働き、戦闘メンバー達がレベル上げ兼素材集めに精を出しているのだ。

「それは悪かった。俺としても早いところ解決したいんだけどな。ったく、臆病者共が……」

 カイリ同様、引きこもって出てこないヒーラー達に向かって悪態をつく。いつも楽しそうにしているカイリだが、この瞬間だけはやさぐれて見えた。

「多分カイリからしたら、彼方以外のこの世界のプレイヤーは全員臆病者よ、きっと」

「ですよね」

「ん? 俺は楽しみたいだけで、そんな命知らずなことをしているつもりはないぞ」

「……あの戦い方が命知らずじゃなければ何なのよ?」

「私も後ろで見てて毎回ヒヤヒヤしてますよ、本当に」

 どんよりと肩を落としてため息をつくシアと紗姫。カイリはそんな二人の姿を不思議そうに見つめている。

 カイリにしてみれば人狼の剣士というジョブを楽しむための戦いを極めた結果、あのスタイルに行き着いただけであり、決して命知らずな戦い方をしているつもりはなかった。

 何の冗談もなしに、今この瞬間初めて自分の戦い方が、命知らずの特攻であると知ったのだ。

 一部でカイリの二つ名は『銀狼』ではなく『化物』になっているのだが、あながち間違ってはいないだろう。

 そんな化物のカイリは、いったいどうやって臆病者のヒーラー共を引きずりだろうかと、必死になって考えていた。

 が、カイリが何かをする必要もなく、全員が無理矢理に引きずり出されることになるなど、この時は誰一人知る者はいなかった。

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