第19話 交わされる約束


 ギルドホールに戻ったカイリは、ダンジョンでの戦利品の確認と整理行った。

 高レベルダンジョンであったこともあり、モンスターからは大量の素材が手に入った。

 ボスも集団ボスだったこともあってか、通常よりも多くの経験値とアイテムが手に入った。

 装備品もいくつか手に入ったが、その中に好みの装備はなく、カイリはがっくりと肩を落とした。

(この世界の装備品は攻撃力や防御力強化系に比べて、速度強化系が少なすぎるぜ)

 このゲーム世界はあらゆる点が現実世界に準拠している。現実世界に足を速くすることができる装備がないように、この世界でもそういった装備は圧倒的に少ない。

 逆に重量系の装備によって速度が落ちてしまうのだから、高速型には優しくない世界だ。

 カイリはシステムウィンドウを閉じて一息つく。

 そんなことをしている間に、紗姫とシアがギルドホールに戻ってきた。

「おかえり」

 凱旋を果たした戦闘部隊のツートップを出迎えるカイリ、しかし帰ってきた紗姫は、不機嫌なのが一目でわかるほどにぶすっとしている。

「おいおい、どうしたんだよ、紗姫?」

「さぁ、彼方が先に帰ってからずっとこの調子なのよ」

(そういえば、ダンジョン内でも少し様子がおかしかったな)

「お~い、紗姫ちゃん。いったいどうしたんですか?」

 カイリの呼びかけにも答えず、先は視線を逸らしたままだ。

[カイリ、彼方いったい紗姫に何したのよ?」

「何もしていない……はずだけどな」

 紗姫の機嫌が悪くなったのは、カイリがアンリにアイテムを渡した直後だ。でもあの時はここまでぶすっとした感じではなかったし、その程度でここまで機嫌が悪くなるとも思えない。

 カイリは自分が何かしたのか考えるが、答えを出すことができない。

「……黙ってました」

「え?」

「カイリさん、自分がヒーラーだって私に黙ってました」

 そう、紗姫の機嫌が悪くなったのはカイリがアンリにアイテムを渡した直後だが、ここまで不機嫌になったのはカイリが≪神魔半刃≫を使ってからだ。

(俺がヒーラーだってことを黙っていたから、こんなに不機嫌になったのか?)

 確かに不機嫌になる要因ではあるだろうが、ここまで機嫌を損ねることになるとは思っていなかった。

「もしかして、私が誰かに話すとでも思っていたのですか? 私のこと、信じていなかったんですか?」

「悪かった。別に紗姫のことを信じてなかったわけじゃなくて、話すと色々と面倒に巻き込むことになると思ったんだ」

「……本音はなんですか?」

「回復要因に回されたくなかった。戦うなら前線に立ちたかった」

 咄嗟にでた言葉というのもあるが、隠し事をして機嫌を損ねたのだから、下手に嘘を重ねるようなことはしたくなかったというのが大きい。

 勿論、最初の言葉も嘘ではなくカイリの本音だ。ただこちらの方が理由として大きいのもまた事実だ。

「カイリさんがヒーラーだと知ったとして、私がカイリさんを無理矢理後衛に回すとでも思っていたんですか? それって、結局信じてもらえなかったのと同じです」

 カイリ本人にはそんなつもりは一切なかったが、そう言われてしまえば『信じていなかったから話さなかった』と思われても仕方ない。

「面倒事に巻き込みたくなかったっていうのも、私が誰にも話さなければ何の問題もなかったことです」

 さっきまでは明らかに怒りを見せていた紗姫だが、今は怒りよりも悲しみの感情が強いのか、表情を曇らせている。

(まいったな、こりゃ……)

 どうしていいか分からずに、カイリは困惑する。カイリがこんな姿を他人に見せるのは、ゲームが開始されてから初めてのことだ。

 カイリを困らせてやろうと奮闘し、いつか達成しようと心に決めた紗姫だったが、思わぬかたちでそれを成し遂げてしまった。

「よ~し、それじゃあこうしよう!」

 沈黙する二人の間に、そう言って割って入るシアは、重い空気に似つかわしくない笑顔を浮かべている。

 そんなシアの姿にさっきとは別の意味で困惑するカイリと紗姫。そんな二人を置き去りにして、シアは話を進める。

「カイリと紗姫、彼方達二人は今後一切、お互いに隠し事はなしね!!」

 そう高らかに宣言するシア、カイリと紗姫は完全に置いてけぼり状態だ。

 だが面白いこと大好きっ子のカイリは、状況を素早く整理して気持ちを切り替える。

「なるほど、そいつはいいな。紗姫、今後はもう隠し事はなしってことで、許してくれないか?」

 カイリはそう言って、満面の笑みで紗姫を見つめる。

「本当に? もう隠し事はしないんですか?」

「あぁ、しないしない。でも紗姫も隠し事はなしだぜ?」

 紗姫は少しだけ悩む姿を見せ、そして一回だけ小さく頷く。

「分かりました、それでいいです」

 ほんの少しだけ恥ずかしそうにしながら、紗姫はそう呟く。

 それを聞いたカイリは満足そうに笑う。

「よし、じゃあお互いにもう隠し事はなしだ。身長、体重、スリーサイズまでだぞ」

「え? ちょっと、何ですか、それは?」

 突然放たれたカイリの言葉に、紗姫は慌てふためく。

 それもそうだろう。身長はともかく、トップシークレットである体重、さらにそれをも超える最高機密のスリーサイズまで聞かれたのだ。それも唐突に。

「そんなに驚くなよ、冗談だから」

「冗談って、カイリさん!!」

「悪かった、悪かったって」

 怒ったり、悲しんだり、驚いたり、そしてまた怒ったり、ころころと感情を変える紗姫。カイリとシアは、そんな紗姫の姿を微笑ましく見つめている。

「もう……」

 紗姫は頬を膨らませて拗ねるが、その姿がまた愛らしい。さすがはギルドのマスコットガールといったところだ。

「で、カイリさんは私に隠していること、他には何もないんですか?」

「……あぁ、今のところはないな。そういう紗姫はないのか?」

「ありませんよ、はい。私はカイリさんと違って、普段から隠し事なんてしませんから」

「そっか」

 カイリは楽しそうに笑みを浮かべ、紗姫は恥ずかしそうに俯き、シアはそんな二人をニヤニヤと見つめている。

 こうしてギルド内でのヒーラー騒動は幕を閉じた。だが、本当の意味でのヒーラー騒動はまだ始まってすらいない。

 三人が本当のヒーラー騒動に巻き込まれるのは、もう少し経ってからだ。

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