第17話 異質なボス
ダンジョンに進入して数時間、カイリ達の目の前に巨大な扉が現れた。
見慣れたと言うほど見てきたわけではないが、これが何の扉なのかは考えずとも分かることだ。
扉はカイリ達の来訪を歓迎するかのように、ゆっくりと開く。中に入ればもう後戻りはできない。カイリ達五十人は意を決して部屋へと歩を進めた。
全員が入ったところで扉はゆっくりと閉まり、薄らとした光が辺りを照らし出す。
今までとは比較にならないほどに広いボス部屋が姿を現す。しかしボスの姿はどこにも見られない。
今までのダンジョンとは少し違った演出に、戸惑う者も少なからずいた。
そんな不安を駆り立てるように、部屋の中央に巨大な魔法陣らしきものが浮かび上がる。
ただでさえ広い部屋の一割以上を占める巨大な魔法陣の出現に緊張が走る。
これだけ巨大なモンスターであれば、なるほど五十人という制限人数も頷けるというものだ。
しかし現れたボスはなんてことはない、大きさはカイリと大差ない人型のモンスターだ。
いや、人型というのは正しくないかもしれない。人の形をしているのは確かだが、その姿は異形、肉を一切纏わぬアンデッドだった。
ボスとしてあまりにも相応しくないその姿にプレイヤー達は戸惑うが、その戸惑いはすぐに別のものに変わる。
二体、三体と、アンデッド達は大量にその姿を現していく。まるで魔法陣を埋め尽くすように。
集団でありながら一体のモンスターとして扱われる特殊ボス『リビングデッド』、全てのアンデッドを倒さない限り討伐とはみなされない厄介なボスだ。
あまりの状況に言葉を失うプレイヤー達の中で、カイリ一人が平然としていた。
「なるほど、こうきたか」
そんなことを呟いて剣を構えるカイリ、その姿を見て他の者達も我に返り、臨戦体を取り出す。
最初に動きを見せたのはカイリだ。囮になろうとか、情報を集めようとかそんな考えがあったわけじゃない。
ただ居ても立っても居られなくなり、勢いに任せて飛び出しただけのことだ。
アンデッドの一体に鋭い斬撃を加え、続けて周囲のアンデッドへも攻撃を与えていく。
カイリの身のこなしは、相手が集団であっても陰ることはなく、流麗な動きで戦場を駆けている。
カイリに負けじと他の者達が戦線に加わろうとした直後、カイリが不自然な後退をした。
後退すること自体は不自然でもなんでもない。仕切り直しのために一時後退するのは、戦いの中では自然な行動だ。
しかしカイリはダメージを全く受けておらず、スキルに至っても連続使用が可能なものばかりを使用していた。仕切り直す必要はないはずだ。
「どうしたの、カイリ?」
不安そうに聞くシアに対し、カイリは難しい顔をしながら言った。
「ダメージが少ない」
カイリの返答の意味が理解できずにいるプレイヤー達を尻目に、リビングデッドがぞろぞろと迫ってくる。
そんな中、紗姫が素早く前に出て、呪縛系呪術を発動させる。
「≪呪界・縛歩≫」
≪呪界・縛歩≫はモンスターかプレイヤーを中心とした、一定範囲の敵の機動力を下げるスキルだ。
カイリにとっては天敵ともいえるスキルであるはずなのだが、実は以前紗姫がカイリにこのスキルを使った際、カイリは容易く躱してみせた。
モンスターまたはプレイヤーを中心に発動するとはいえ、呪術は座標の固定からスキルの発動にタイムラグが存在する。その一瞬を見極めれば、呪術を躱すことも確かに可能だ。
尤も並の技術でできることではないが。全く恐ろしい限りである。
「カイリ、ダメージが少ないってどういうこと? 防御力が桁外れってこと?」
不安と焦りを浮かべながら、シアがカイリに問う。
レベルと装備補正でカイリの攻撃力は、討伐メンバー内でも高い部類に入る。攻撃の連続性まで考慮すればトップクラスだろう。
そのカイリがダメージを与えられないというのは、普通なら考えられない。周囲に緊張が走る中、カイリがゆっくりと口を開く。
「いや、おそらく防御力が高いんじゃなく、物理攻撃に耐性があるんだろうな。アンデッド系モンスターではよくあることだ」
「物理攻撃に耐性って、魔法で攻撃すればいいってこと?」
「まぁ、剣よりは効くかもしれないが、一番効果があるのは聖属性とかそっち方面だろうな」
「聖属性? それって……」
アイ・ワールドの魔法やスキルには様々な属性が付加されており、その中に聖属性と呼ばれる属性が存在する。
しかし聖属性の魔法・スキルを有するのはこの世界でたったの六人しかいない。そう、ヒールこそがこの世界で唯一聖属性が宿されたスキルであり、魔法だ。
周囲の視線が一斉にアンリへ向けられる。
「え……、えぇ?」
突然のことに戸惑うアンリだが、それも仕方ない。アンリは今までヒーラーとして行動しており、戦闘には一切参加していないのだから。
「まぁ、紗姫が抑えてくれている間に、ヒールで効果的なダメージを与えることができるかだけ試してくれ。そうでないと作戦の立てようもない」
「わ……、分かったわ」
アンリは精神を集中し、手のひらの魔力を溜める。
「≪治癒≫!!」
発動とともに眩い光が放たれ、アンデッドを包み込む。直後、アンデッドのHPが大きく削られる。
「おぉ、やっぱりか」
今の光景を見たカイリが、うんうんと頷きながら言う。だがそんなカイリを不安そうな表情で見つめる視線が一つ……。
「カイリさん、カイリさん」
不安そうにしている紗姫がカイリの耳元で囁く。
「ちょっと不味いですよ、今のは」
状況を確認し、これからどう戦おうかを思案しているカイリは、『何がだ?』と言いたげに首を傾げる。
「分配の取り決めがあるとはいえ、今回って功労者の争奪戦みたいなものですよね? ヒーラーが有効打を与えられるって分かったら、他の人達何するか分からないですよ」
カイリは『はっ』とした表情を浮かべる。
「悪い悪い、戦闘に夢中になりすぎてた……」
通常ならば戦闘要員が前線に出て、紗姫やアンリが後方で支援するという戦い方がベストだ。
しかし今回はヒーラーのみが有効打を与えられるという特殊な状況だ。こういう場合はヒーラーを後方に置き、他の者達はヘイト管理をしつつヒーラーを守るというのが定石になる。
だがそうなると誰が功労者となるか分からなくなる。功を焦ったプレイヤーが先走り、戦況を混乱させることは十分に考えられる。
「……いや、これはこれで面白くないか?」
状況整理を終えたカイリはそんなとんでもないことを言うが、紗姫は聞かなかったことにした。
夢中になりすぎると周りが見えなくなる。これは普通なら短所になり得るのだろうが、カイリにとっては必ずしもそうとは言えない。いや、むしろ最大の長所なのかもしれない。
「まぁ、とりあえず俺が前線でヘイトを取りまくるから、他の連中はアンリと紗姫を守りつつ応戦。アンリはリビングデッドを攻撃しつつ適時回復、紗姫は呪術で支援、ってのが最善かな」
「待て! 銀狼、お前そんなに功労者になりたいのか!?」
討伐メンバーの一人がそう叫ぶと同時、他のプレイヤーからも抗議の声が多数あがる。しかしカイリはそれらを静かに受け流し、
「あと数秒で他の作戦立てられるなら、乗ってやるぜ」
ボス戦闘でこんなにも長々と話ができているのは、紗姫の呪術でリビングデッドの動きを制限しているからだ。しかし呪術も万能ではない、リビングデッドはもう目の前に迫ってきていた。
カイリはすぐに駆け出し、リビングデッドに高速の斬撃を打ち込んでいく。それに反応するように、アンデッド達はカイリを標的に定める。
カイリを取り囲むように攻撃を繰り出すアンデッド達、しかしカイリはそれを許さず、最適なポジションを維持しながら攻撃を躱す。。
さっきまで文句ばかり言っていたプレイヤー達も、こんな場面を見せられたら静かに従うしかない。少なくともそこそこ腕の立つプレイヤー程度であれば、できることはそれしかない。
そう、そこそこ腕の立つプレイヤーならば……。カイリが駆け出した直後、さらに二人のプレイヤーがリビングデッドに向かって駆け出していた。
カイリに遅れること数秒、彼等もまたそれぞれの武器を振るい、リビングデッドへと攻撃を仕掛ける。
「一人でやらせるわけにはいかないな」
「そうそう、彼方じゃ一発もらえば終わりじゃないの」
大剣を振りかざす鬼人の青年ゼスと、槍を構える魔人の少女リーサだ。どちらも攻撃力ならばカイリよりも上だろう。
「要するに、一発も貰わなければ俺一人で十分ってことだろ?」
乱戦の中でも余裕を崩さず、そう言い放つカイリ。その姿はこの戦場の支配者と言われても、納得できるほどの風格を感じさせる。
「……生意気」
それぞれ種族と装備が違うのだから当然なのだが、乱戦に加わる三人の戦い方は面白いほどに異なったものだ。
ヒットアンドアウェイによる高速戦闘型のカイリに対し、鬼人の防御力と大剣の攻撃力を活かした近接戦闘型のゼス、その中間に立ち敵の僅かな隙を突いて的確な一撃を打ち込んでいくカウンター型のリーサ。
全くバラバラのスタイルが完全に噛み合い、大群をなすリビングデッドを完全に釘付けにしている。
「コンビプレイっていうのも、結構面白いもんだな」
「コンビって……、別に合わせようとして合わせてるわけじゃないだろ?」
「まぁ、そうだけど」
「無駄口を叩かない、キリキリ戦う!」
「へ~い」
激しい戦いを繰り広げつつ、三人ともそれなりに余裕があるようだ。
このまま戦闘が続いたとしたら、功労者は確実にこの三人とアンリ、そして紗姫の五人になるだろう。
この事実は、この場にいる多くの者達を苛立たせた。
普通のダンジョンならば、次の攻略で功労者を狙おうと考えることもできるだろうが、このダンジョンは特殊だ。入るだけでも五十人ものプレイヤーが必要であり、ボスに決定打を与えるためにはヒーラーが必要になる。
何より今回の討伐に参加するため、多くのプレイヤーは既に希少なアイテムを手放している。現状に納得できない者が多くいたとして、不思議なことではない。
そしてその苛立ちは焦りに変わり、一人の男を動かした。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
かけ声とともに前線に飛び出す一人の男。彼は大剣を振りかざし、リビングデッドへと渾身の一撃を放つ。
並のモンスターならばその一撃で粉砕されたのだろうが、相手がアンデッドでは大したダメージにはならない。が、その一撃が多くのアンデッドのヘイトをとり、男を取り囲もうとアンデッドが動き出す。
アンデッドは決して動きの速いモンスターではなく、男が包囲されるのには少し時間がかかった。だが、それは決して幸運ではない。
もしも特攻してきた男が早々に取り囲まれ倒されたとしたら、他のプレイヤー達は警戒心を高め、このままカイリの立てた作戦通りに事が進んだかもしれないのだから。
しかしそうはならず、後衛で守りに徹していた多くの者達を動かす結果となった。
アンリ達を置き去りにし、前線に駆け込むプレイヤー達。さっきまでのスマートな戦いは見る影もなく、大混戦状態だ。
「お、ついに来たか。面白くなってきたな」
カイリが楽しそうに言うが、ゼスとリーサはとてもじゃないが笑ってなんていられない。
「面白いって……、彼方この状況が分かってるの?」
「分かってる分かってる。でもあんな戦闘で決着がついたらつまらないだろ?」
楽しそうに笑うカイリを見るゼスとリーサは、怒りを通り越して呆れ顔だ。
遠くでそれを眺めるシアと紗姫は、『いつものことだ』と慣れた表情で戦いを続ける。が、守りの大半を失ったことでシアと紗姫の負担も大きく増した。
大半のアンデッドのヘイトはカイリ、ゼス、リーサが取っていたとはいえ、少なくない数のアンデッドがアンリ達に向かっていた。
それを防ぐことができていたのは、多くの防御要因がいたからに他ならない。
しかし今はその防御要因の大半が攻撃に移ってしまった。
それでは迫りくるアンデッドの攻撃を防ぎきることはできない。
「紗姫、あいつ等の動きを止められる?」
「やってますけど、数が多すぎて対応しきれませんよ!」
紗姫が呪術で動きを封じようとするも、大軍勢で迫りくる全てのアンデッドを止めることはできず、その距離は徐々に縮まっていく。
「も、もう駄目です……」
紗姫が呟いた直後、カイリが猛スピードで紗姫達とアンデッドの間に割って入り、スキルによる連続攻撃を叩き込んだ。
しかし物理攻撃である剣士のスキルでは決定打を与えることはできず、多少HPを削る程度のダメージしか与えられなかった。
だが多くのアンデッドのヘイトを取ることはでき、紗姫達から引き離すことは成功した。
「これは……、思ったよりもきついな」
攻撃を繰り返すカイリが、笑みを浮かべながら小さく呟く。
何度攻撃を繰り返しても決定打を与えることができないというのは、当初の想像以上に精神的負担が大きい。だがそれ以上に面白くもあった。
異質なプレイスタイルを持ち、トッププレイヤーの一人であるカイリは、これまで苦戦とは無縁の場所にいた。それが今、初めて苦戦らしい苦戦を経験している。それが楽しくて仕方がないのだ。
前線ではすでに六人のプレイヤーが戦闘不能となり、この場から消えている。さらにHPが尽きる寸前の者も多くいた。
いくらヒーラーがいるとはいえ、好き勝手に動かれていては効率的な回復が行えるはずもなく、このままいけばさらに数が減ることになるだろう。
そうなれば、迫りくるアンデッド達に対応することもできず、全滅する可能性も十分にある。
そしてその可能性を最も強く感じているのは、後衛で戦場全体を見ていた紗姫だ。
(このままじゃ、このままじゃ。でも、いったいどうすれば……)
焦る紗姫を尻目に、カイリは楽しそうに駆け回っている。
(どうすれば、どうすれば……)
必死に状況を打開する方法を考えている中、楽しそうに駆け回るカイリに紗姫はだんだんと苛立ちを募らせていた。
「カイリさん!! 遊びすぎです!!」
紗姫の声に反応し、カイリはバックステップで距離をとって周囲を見渡す。
「おぉ、随分とカオスな状態になってるな」
個人の戦闘に集中しすぎていたカイリは状況を把握できておらず、紗姫の声によってようやく周囲を見ることができた。
同時にこのまま戦闘が続けば、全滅する可能性が高いことも把握した。
(アンリの残りMPによってはまだいけるか? ……いや、この状況じゃ無理だな)
六人が脱落し、さらに半数以上が既に脱落寸前になっている。
攻撃役と回復役の二役を成すアンリにどれ程のMPが残っていたとして、この状況を収拾するのは無理だ。
「はぁ……、仕方ない」
(それに、いつまでも隠しておいてもつまらないしな)
カイリは左手に持った剣を放り投げ、右手へと持ち替える。そしてスキル発動の構えを取り、リビングデッドに向かって駆け出す。
そのまま攻撃スキルを発動させ、アンデッドへとスキルを叩き込んだ。
カイリの放ったスキルをその身に受けたアンデッドがその場で霧散し消えた。
その光景に多くの者達が驚愕した。もしもカイリの倒したアンデッドはHPの尽きる寸前であれば、不思議なことなど何もない。
しかしカイリが倒したのは、HPが半分以上残っていた。そんなアンデッドを一撃で倒すなんて、通常ならばあり得ないことだ。
だがカイリは普通ではない。カイリはこの世界に六人しかいない特異な存在、ヒーラーなのだから。
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