第16話 二人目のヒーラー

 五十人という大所帯でダンジョンに進入し、現れるモンスターを狩り続けるカイリ達。順調に進んではいるのだが、カイリと紗姫は小さな不安を感じていた。

 何故なら今回の討伐には不測の事態を考え、ヒーラーも参戦しているからだ。

 通常、ヒーラーは自らが所属しているギルドの戦い以外には参加しない。

 ヒーラーはこの世界にでは最大級のアドバンテージの一つだ。それを他の勢力に貸し与えるなんて、普通ならばあり得ない。

 しかし今回は状況が特殊だ、未知のダンジョンでいったいどんな被害がでるか分からない。だから調査目的で特例的にヒーラーが貸し与えられることになった。

 尤も調査だけが目的というわけではなく、ヒーラーを貸し出す代わりにアイテムや金貨を要求してきた。生産系ギルドである≪鉄の旅団≫からすれば大したことではないのだが、このために貴重なアイテムを手放したギルドも存在している。

 ヒーラーが参加していることによる安心感と、手放したアイテム分を補填する目的なのか、普段ならヒーラー不在から安全性を考えた戦闘をするところを、かなり無茶な攻めをする者が多くなっている。戦っている本人には自覚はないだろうが、ヒーラーなしではあり得ないような戦い方が何度も見受けられた。

 ただでさえ五十人という大所帯なのに、そんなことをしていたらヒーラーへの負担が大きすぎる。

 事実、ヒーラーの少女はボス討伐前だというのに、既に疲労を見せ始めている。

(不味いんじゃないのか、これ? この討伐に参加しているヒーラーは、確か純粋な魔法ヒーラーだったよな?)

 このゲームのヒーラーはそれぞれが異なる能力を持っている。今回のボス討伐に参戦しているヒーラーの職種は≪治癒魔導師(ヒールメイジ)≫、治癒系魔法を扱う魔法使いだ。

 ヒーラーとして最も汎用性が高いが、MPに依存するするので長期戦には不向きだ。

「カイリさん、この流れ、少し不味くないですか?」

「紗姫もそう思うか?」

「はい……」

(これで倒すのに時間が掛かるタイプのボスだったら、……厄介だぞ)

 カイリと紗姫以外にもこの現状に不味さを感じている者もいる様子だが、この流れに水を差すことを恐れてか何も言わない。

(まぁ、言って直るとは思えないし、何より毎度独断専行している俺が何を言っても、誰も聞く耳持たないだろう。……ったく、最初にあんな取り決めなんかするから)

 最初にした取り決め、それは今回の討伐報酬の分配についてだ。

 ダンジョン進行中にドロップされたアイテムや金貨はよしとして、ボスを討伐してもアイテムや金貨、経験値が分配されるのは五人のみ。だから今回功労者に選出された五人は、それ以外のプレイヤーに働きに応じてアイテムや金貨を分け与えるという取り決めがされた。

 功労者に選ばれるであろう五人は、やる前からある程度絞られている。貴重なアイテムを手放してまでそんな戦いに参加するからには、功労者に選ばれる見込みのない者は何かしらの見返りが欲しいというのは当然のことだ。

 そういった考えから出された取り決めだったのだが……、

(どう見ても逆効果だな……)

 いい働きをして分け前を多く得ようと考えたプレイヤーの独断専行、さっきからそんな光景が多く見られた。

「どうしましょう?」

「仕方ないさ、まぁ、何とかなるだろう。何かあったときは紗姫に任せる」

「任せないでください!」

「はははは、じゃあ俺はちょっと最前線に行ってくるから、とりあえずは後ろを任せるぞ」

 そう言ってカイリは地面を強く蹴り、急加速して最前線へと駆け込んでいった。

 そしてその場で行われている乱戦に参加、瞬く間にモンスターを打ち倒す。

 その戦いぶりに多くのモンスターがカイリへと標的を変えるが、カイリは得意の回避術で全くダメージを受けることなくモンスターの数を減らしていく。

(これでちょっとは負担を減らせたかな?)

 カイリの考えは簡単だ。ヒーラーは回復魔法を使うことで披露している。ならば回復の必要がない完全回避型の自分が前線で敵を引きつけ、そして倒せばいい。

 数十体はいたであろうモンスターのおよそ半数を一人で打倒し、カイリは一息つく。

「あ、あれが銀狼……」

「なんだよ、あの戦い方。あんなのアリかよ」

 周囲の者達は、カイリの見せた圧倒的な強さに慄いている。

 討伐メンバーの中にはカイリクラスのプレイヤーもいる。しかしその誰とも異なる異質な戦い方に、多くの者が言葉を失った。

 そんな周囲を完全に無視し、カイリは眼前に表示されたウィンドウに目を向け、獲得したアイテムと経験値を確認する。

 その中で、カイリは知らない名称のアイテムが表示されていることに気付く。

(レアドロップか?)

 これだけ大量の敵を倒したのだから、ボーナス効果も相まってレアドロップの一つや二つてに入っても不思議ではない。カイリはそのアイテムを選択し、その効果を確認する。

(『魔法発動によるMP消費を抑える首飾り』ねぇ……)

 カイリは魔法が使えないから装備する意味はなく、紗姫も同様だ。シアは魔法を使えるが、MP管理をするタイプじゃないからこういった装備は一時凌ぎにしかならない。

(とりあえず現状で最もこれを必要としているのは……)

 カイリはアイテムを実体化させ、最後尾を歩くヒーラーの少女にアイテムを投げ渡した。咄嗟のことに反応しきれず、ヒーラーの少女はアイテムをお手玉させたが、何とかその手に納める。

 少女は渡されたアイテムの効果を確認し、カイリに視線を向ける。

「使えよ、ボス戦前にMP切れでも起こされたんじゃ敵わないからな」

 魔法系ヒーラーにとって、MP消費を抑える効果を持つアイテムは相性がいい。少女は本当に使ってもいいのか迷う様子を見せつつ、ゆっくりとアイテムを装備する。

「へぇ、結構似合うな、まるでどこかのお嬢様だ」

 そんな軽口を叩きつつ、カイリはこれからの戦いに意識を向ける。

(これで少しは楽になるかな……)

 そんなことを思っているカイリの背後を取り、紗姫が力いっぱいに蹴りを入れる。気配を察知して躱すカイリだったが、背後からの攻撃に完全に反応することはできず、僅かに掠ってほんの少しダメージを受ける。

 本来なら妖孤の蹴りによるダメージは大したものではないはずだが、防御力を全く上げていないカイリは掠っただけでも結構なダメージを受けた。

「おいおい紗姫、味方同士で戦うってどうよ?」

「初めて会った女の子に色目を使うなんて、そんな女たらしにはお説教が必要です」

「背後からいきなり蹴るのはお説教か?」

「そうです、お説教です」

「了解、なら今度紗姫に説教する機会があったら、とりあえず後ろから蹴ることにするよ」

「うっ……、お、女の子を蹴るんですか?」

「紗姫……女の子なのか? 本当に?」

 ここはゲーム世界であり、ゲーム内での性別が本来の性別であるとは限らない。

 ただこの世界にいるプレイヤーは、人間の人格を元にして作られたAIだ。元となった人間の性別が、この世界のプレイヤーの性別と一致するかというと、必ずしもそうとは言えない。

 カイリ自身もそれを十分に理解している。ただいつも通り、紗姫をからかって遊んでいるだけだ。

 困り顔の紗姫の頭を撫で、カイリは周囲を見渡す。

 カイリ達を見るのは呆れ顔のプレイヤー達と頬を膨らませて睨むシア、そして興味深そうな表情を浮かべたヒーラーの少女、アンリだ。

 アンリはヒーラーということもあり、これまで周囲からチヤホヤされてきた。ただそれはヒーラーという特殊な能力に対して行われたもので、アンリ自身に向けられたものではない。

 カイリの行動もヒーラーという存在に向けられたものだが、その後の言葉は純粋にアンリ自身に向けられていた。アンリはそれを感じ取り、カイリという存在に興味を持った。

「ふぅ、遊ぶのはこれくらいにして先に進むか。こんな薄暗い洞穴に長いこといたくないしな」

「……三日もダンジョンに籠っていた人が何を言ってるんですか?」

 照れているのか呆れているのかよく分からない表情を浮かべた紗姫をスルーして、カイリはダンジョンの奥へと歩みを進める。

 それに続くように他のプレイヤーも歩き出す。ダンジョンに進入してしばらく経つ、今までのダンジョンの規模から考えてもボス部屋はそう遠くはないだろう。

 ダンジョンの最深部でカイリ達を待ち受けるのはどんなボスか、多くの者が不安を感じる中、胸を高鳴らせる者も少なからずいた。

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