第13話 デート

 翌日、カイリは紗姫の願い通りに二人きりで町を歩いていた。互いに身長差があるのでとてもデートをしているようには見えない。


「あ、カイリさん、あそこに入りましょう」


 めかし込んだ紗姫が指差したのは、現実世界にもありそうな感じの喫茶店だ。尤も記憶を持たないプレイヤーにとっては、現実世界の喫茶店との差異は分からないが。

 カイリは紗姫に引っ張られるように喫茶店に入り、向かう合うように座る。


「何でも頼んでいいですよね?」

「あぁ、いいぞ。何でも頼め」


 カイリのその返答に、紗姫はニヤリと笑みを浮かべる。このデートに関して紗姫が出したさらなる条件は、デート費用は全てカイリが出すというものだ。

 デートという言葉を聞いても顔色一つ変えなかったカイリに、一矢報いてやろうして出した提案なのだが……。


「店員さん、注文お願いします」


 手を振り回して店員を呼ぶ紗姫。店員はNPCなのだが、プレイヤーとは違い意思の類はない。

 営業スマイルを浮かべたNPCの店員が二人の前にやってくる。紗姫もまた笑顔を浮かべてNPCを見つめる。

 どちらも同じく笑顔を浮かべているというのに、店員の笑顔はどこか作り物のような感じがする。しかし紗姫はそんなことは全く気にした様子は見せない。


「えっと、メニューに載っているスイーツを全部、あとオレンジジュースお願いします。カイリさんは?」

「コーヒー一つ」

「あれ? コーヒーだけでいいんですか?」

「あぁ」


 紗姫はほんの少し満足そうな笑顔を浮かべ、注文を取り終えた店員を見送る。

 肉体に依存しないプレイヤーは、実はいくらでも食事を取ることができる。満腹自体は感じるのだが、実際の上限は設定されていないのだ。

 紗姫自身は実践したことはないのだが、この機会に挑戦しようと考えたのだ。


「そういやさ、俺が三日間ダンジョンにこもっていたことがあったろ?」

「はい、ありましたね」


 カイリは以前ソロでダンジョンに挑戦したことがあるのだが、熱中しすぎて三日間飲まず食わずで戦い続けたことがある。

 紗姫もそのことは知っているのだが、『どうして今そんなことを?』と言いたげにカイリを見る。


「あの後さ、身体がガリガリになってたんだよな。いやあの時はびっくりしたぜ。まぁ三日三晩飲まず食わずで走り回ったらあんなんにもなるけど、食べない分痩せるのなら、余計に食べた分はどうなるんだろうな?」


 カイリが面白そうに笑いながらそう言ったところで、紗姫の顔色が変わる。


「て、店員さ~ん! 注文の変更をお願いします!! 店員さ~ん!!」


 年頃の女の子としては、たくさんのお菓子を食べるよりも体重の方が気になるようだ。そんな姿を面白そうにカイリが見つめる。

 カイリに一矢報いてやろうとしたのに、逆にやり返されて不満そうにする紗姫。

 実際のところは度重なるモンスター討伐によって大量の資金を得ているカイリにとって、喫茶店のお菓子メニューを制覇したところで財布は全く傷まない。どちらにしてもカイリに一矢報いることなんてできなかったのだ。

 何とか注文の変更を終えることができた紗姫は、大きくため息をつく。


「いいのか、注文変更なんかして?」

「いいんですよ」


 そう言ってそっぽを向く紗姫。そのセリフの語尾には『カイリさんを困らせることができないのなら』、という言葉がくっついているのが容易に分かる。

 カイリを困らせる、たったそれだけのことがとても難しい。このゲームが開始されてから今まで、カイリを困らせた者は存在しない。

 カイリが困るのはいったいどんな時なのか、そしてそれができるのはいったいどんな者なのか? 『自分でありたい』と、紗姫はそう思った。

 紗姫とカイリ、二人のデートは何事もなく進む。正確には紗姫は何事かを起こそうとしたが、カイリがそれをことごとく阻止した。

 速くも心折れそうになる紗姫だった。

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