第12話 交換条件の対価

 カイリがいないときの≪鉄の旅団≫は、カイリがいるときに比べると僅かながら雰囲気が暗くなる。そのことを一番気にしているのはギルドマスターのシアだ。

 カイリの能力はギルド内でも飛び抜けている。色々とあってシアはギルドマスターを引き受けたが、今でもたまにカイリがギルドマスターになった方がよかったんじゃないか、と思うことがあった。

 もしもカイリがギルドマスターになっていたら、突拍子もないことをやりまくっただろうけれど、その全てを成功させて今よりもずっとギルドを大きくしていたんじゃないか。

 実際にカイリは直接的にギルドの運営には参加していないが、様々な面でギルドを支えている。カイリがいなければ≪鉄の旅団≫は未だに弱小ギルドだっただろう。

「ギルマス」

 黄昏れているシアに声を掛けたのは、≪鉄の旅団≫のサブマスター兼生産部署トップ、ドワーフの灯臥だ。比較的小柄が多いドワーフだが、灯臥はシアと同程度の身長の男だ。外見年齢は二十歳そこそこ、銀髪というよりは白髪の長い髪を後ろで束ねている。

 ギルド内では頭脳派で通っているが常識の枠にとらわれすぎているところがあり、良くも悪くも凡人の延長線上の頭脳派だ。

 生産系ギルドとしては灯臥がギルドマスターになるべきだったのかもしれないが、彼の思想は常識的すぎる。もしも灯臥がギルドマスターになっていたら、≪鉄の旅団≫は手堅い運営を続ける中堅ギルド止まりだっただろう。きっとカイリもそんなギルドにつまらなさを感じ、早々に脱退していたはずだ。

 灯臥本人もそのことは十分に理解している。ギルドを賭の対象にしたりやっていることはめちゃくちゃだが、カイリなくして今の≪鉄の旅団≫はあり得ない。

 そんなカイリが頼もしくもあり、同時に妬ましくもあった。

「何、灯臥?」

「≪煉獄の騎士団≫の扱いについてです。≪煉獄の騎士団≫から≪鉄の旅団≫戦闘部隊への移籍を希望する者が非常に多いです。どうしますか?」

 灯臥の言葉にシアは苦い顔をする。≪鉄の旅団≫の傘下に入ったとはいえ、≪煉獄の騎士団≫には生産武器の支給等は行っていない。現状ではほとんど放置状態だ。

 それというのも傘下入りが突発的すぎて、どうすればいいのか意見が全く纏まらないことにある。カイリもカイリでその辺には全く興味を示さず、『シアの好きにしろよ』と言い出す始末だ。

 さらに大型戦闘ギルドとしてその名を轟かせていた≪煉獄の騎士団≫の評判はがた落ち、今や物笑いの種にされている。

 逆に≪鉄の旅団≫の評価はうなぎ登り、町を歩けば何かしらのかたちでその評判を耳にするようになっている。それには高性能な生産武器の大量販売を行っていることも大きく影響している。

 数日とはいえこんな現状を目の当たりにした≪煉獄の騎士団≫メンバーからすれば、何とかして≪鉄の旅団≫に移籍をしたいと考えても不思議はない。

「本当にどうすればいいのかな? ギルドランクを上げて上限人数が上がっても、優先して入れるべきはサブメンバーなのよね」

 ≪鉄の旅団≫は人数制限でメインギルドに入れないメンバーを、一時的に加入させているサブギルドが二つ存在している。元々のギルドの仲間を差し置いて、外部の者をメインギルドに入れるのはあまりよろしくない。

「そうですね。それに≪鉄の旅団≫は生産系ギルド、積極的に戦闘要員を増やすのはどうかと思います」

「そうよね……」

(こんな時、カイリだったらどうするかな?)

 カイリなら突拍子もないことを言い出すに決まっているが、今は何でもいいから打開策が欲しかった。

「シアさん」

 悩むシアの前に紗姫が現れる。明るい笑顔を振りまく紗姫に、シアは思わず抱きついて頭を撫で回す。

「よしよし、紗姫は可愛いわねぇ」

「シ、シアさん、止めてください」

 頭どころか耳や尻尾まで撫で回されている紗姫は、シアから逃れようと必死に藻掻く。さっきのシリアスな空気はどこへやら、一気に緩い空気になったことに灯臥はため息をつく。

 何とかシアから逃れた紗姫は、シアから数歩程度離れた場所に立ってシアを見つめる。シアが一歩踏み出すと紗姫は一歩後ずさる、お互いに間合いを測っている状態だ。

「ギルマス」

 灯臥の声にシアは我に返る。

「ごめんね、紗姫を見るとつい……」

「ついで抱きつかないでください!!」

 紗姫の必死の訴えを笑顔で流すシア、こういうところは本当にカイリに似ている。

「それでどうしたの、紗姫?」

 何事もなかったかのように話を進めるシア。そんなシアの姿に頬を膨らませる紗姫だが、シアは全く気にしない。それどころか紗姫のそんな姿を見てニヤニヤとしている。

「≪煉獄の騎士団≫の人達が移籍したいって言っていることで……」

 紗姫も気になっていたのだろう、≪煉獄の騎士団≫の移籍話を持ち出す。全く打開策が浮かばず何でもいいから意見が欲しいシアは、紗姫の言葉に耳を傾ける。

「カイリさんに勝ったら移籍を許可するとかどうですか?」

 紗姫の言葉にシアは思案する。確かにその条件なら不要な人員をギルドに入れずに済むだろう。

 でもそれは≪煉獄の騎士団≫メンバーの移籍を認めないということに他ならない。そんなことをすれば≪煉獄の騎士団≫から不平不満が出ることは確実だ。

「さすがにそれは、向こうからは大バッシングになりそうね」

「でも、うちって元々評判良かったわけじゃないですよね?」

 紗姫の一言に、シアと灯臥の二人ははっとする。確かに≪鉄の旅団≫の評判が上がったのは、≪煉獄の騎士団≫を傘下に収めた直後からだ。

 それまでも評価はされていたけれど、評判が良かったわけじゃない。装備や資金提供の依頼を何度も受けていながら、その殆どを突っぱねていたのだ。そう考えると今のこの状況の方が異常だ。

「多分≪煉獄の騎士団≫でカイリさんに勝てる人はいないでしょうから、いっそのことゲーム内全体で募集をかけるのもいいかもしれませんね。それで本当にカイリさんより強い人が来てくれたら、すごく頼もしいですよ」

 そう、現在≪鉄の旅団≫は戦闘の大半をカイリに頼っている状態だ。生産系ギルドとはいえ、もっと戦闘要員を充実させたいと思っているメンバーもいる。

 しかし中途半端なメンバーを増やすわけにもいかない。増やすのならばカイリと同等の実力者が欲しい。

「確かにその条件で我がギルドに加入できるとなると、トップクラスの実力者ということになりますよ、ギルマス」

「そうね。……それにカイリには散々な目に合わせられているし、ここらで一つ痛い目に遭って貰おうかしらね」

 シアのどす黒い笑みに、灯臥と紗姫が半歩後ずさる。

 シアにしてみればギルドマスターを押しつけられ、さらには勝手にギルドを賭の対象にさせられたのだ。心労が積もっていても不思議はない。

 尤もこれが痛い目になるのかどうかは疑問であるが。この場にいないから正確なことはいえないが、カイリならばむしろ喜んで引き受けそうですらある。

「よし、やるわよ! ≪鉄の旅団≫の新規加入条件は『カイリと勝負して勝つこと』に決定よ!」

 カイリのいないところでそんな決定が成されたが、カイリ自身も似たようなことをしているのだから文句を言えるはずもない。

 カイリが戻ってきた時、彼はいったいどんな顔をするだろうか? 驚くだろうか、それとも笑って楽しむだろうか?

 そんな時、ギルドメンバーの一人が三人の下に駆け込んでくる。生産部署のサブリーダーのキィ、紗姫よりも小柄なドワーフの少女だ。これで≪鉄の旅団≫のトップ四人が集結したことになる。

「どうしたの、キィ?」

「カイリさんが戻ってきたよ」

 キィがそう言った瞬間、シアの表情が黒いものに変わる。

「そう、戻ってきたの……」

 そんなシアの姿をみたキィが半歩後ずさる。さっきのシアを見ていなかったのだから、そういう反応にもなるだろう。

「な、何かあったの?」

「ちょっとな」

「えぇ、ちょっと……」

 灯臥と紗姫はどう説明していいか分からず、そんなことを言って場を濁す。

 そんな中で五人目が、カイリが現れる。飄々とした笑顔を浮かべ、目には見えない大量のアイテムを抱えて。

 そんなカイリの目の前に、紗姫がぴょこぴょこと近寄っていく。

「おかえりなさい、お土産は生産部署に送ってくださいね」

 紗姫の言葉にカイリは笑いながら「オーケーオーケー」と返す。

 カイリはいつもの通り生産武器の素材収集のため、この数日間姿を消していた。ザオーグから離れた場所に現れる高レベルモンスターを狩っていたのだ。

 アイ・ワールドのモンスターは中央都市であるザオーグ周辺のモンスターが最もレベルが低く、町から遠くなればなるほどレベルが高くなるように設定されている。

 そしてレベルが高いモンスターからの方が、よりレアな素材を集めることができる。レアな素材からは寄り強力な武器を作り出すことができる。ゲームではよくあることだ。

 次のボスが現れるのがダンジョンなのかフィールドなのかは分からないが、その領域では現性能の武器はもう役に立たない。

 次の領域の戦闘で使うことができる武器、それを作るための素材をカイリは一人で集めにいっていた。そして必要になる素材を集め終わり、ギルドホールに戻ってきた。

 帰ってきたカイリにシアは、たった今決まった≪鉄の旅団≫加入条件について説明する。それを聞いたカイリは面白そうに笑う。

 カイリにしてみれば面白い話ならばオールオーケーなのだから、笑いながら受け入れるのも当然なのだが、シアは少し不満そうにしている。

「カイリさん」

 面白そうに笑っているカイリに、負けないくらいの笑顔で紗姫が話しかける。

「≪煉獄の騎士団≫との勝負に勝てたら私のお願い、何でも聞いてくれるって約束ですよね?」

 紗姫をパーティリーダーに抜擢した際にカイリとした約束だ。そのこともあり紗姫はカイリの帰りを心待ちにしていた。

「そうだな。いいぞ、何でも叶えてやる」

「じゃあ私とデートしてください」

 楽しそうに笑うカイリに、紗姫もまた楽しそうに笑いながらそう言った。驚いたのは三人、シアと灯臥、キィであり、カイリはその表情を崩すことはなかった。

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