第10話 決着
リザードラゴンとの戦闘は苛烈を極めていた。
紗姫の使う阻害スキルには持続時間が存在するが、様々なスキルをタイミングよく回していおり、≪煉獄の騎士団≫メンバーはなかなか攻撃に移れずにいた。リザードラゴンの攻撃対象が≪煉獄の騎士団≫のメンバーになっていることも大きいだろう。
しかし全ての攻撃がそっちにいくわけでもないし、リザードラゴンには範囲攻撃も存在している。現にリザードラゴンは≪鉄の旅団≫のメンバーに何度も攻撃を仕掛けている。しかしその大半を、彼等は防ぎきっていた。
何よりも驚くべきことは、リザードラゴンが放つ範囲攻撃を≪鉄の旅団≫メンバーの全員が躱していることだ。そしてそれを可能にしているのがカイリだ。
リザードラゴンの範囲攻撃には予備動作があり、カイリはそれを察知して攻撃範囲外に出ることで回避している。≪鉄の旅団≫メンバーも同様の動作はできるだろうが、彼等の機動力では予備動作を確認後に回避行動に移っても、攻撃範囲外に出ることはできない。
しかし今はカイリが撤退を指示し、それによってパーティメンバーは範囲攻撃を躱している。なんとカイリは予備動作の初動のみから、リザードラゴンの範囲攻撃を察知しているのだ。
リザードラゴンが予備動作を完了後、範囲攻撃を発するまでに約四秒。カイリならばその四秒の間に効果範囲外に移動することはできるが、他のメンバーにはできない。しかし予備動作自体にも約三秒の時間が掛かり、それを合わせると合計で七秒。それだけあれば機動力で劣る他のパーティメンバーも、範囲攻撃の範囲外に移動することは十分に可能だ。
しかし予備動作の初動は小さく他の動作と似たものも多くあるので、初動だけで範囲攻撃を察知するなんて普通は無理だ。それこそ怪しげな動きをしたら、全て躱すくらいの気持ちでないと無理だ。
だというのにカイリは、範囲攻撃の予備動作とそれ以外の動作を正確に判別している。
勿論、最初からこんな芸当ができたわけではない。リザードラゴンの動きを半歩引いた位置から見ていたからこそ、判別できるようになったのだ。
だとしても恐ろしい限りである。カイリがいなければこの作戦を成功させるどころか、実行すらできなかっただろう。
しかしここで状況が一変する。リザードラゴンが攻撃対象の優先順位を変え、カイリに向き直ったのだ。未だに≪煉獄の騎士団≫のメンバーが上位いることに変わりはないが、カイリがトップになってしまった。もしもここで≪煉獄の騎士団≫メンバーがリザードラゴンに攻撃を仕掛けてくるようなことになれば、どういう結果になるか分からない。
事実、≪煉獄の騎士団≫もここで攻撃をするべきかどうかを本気で悩んでいた。しかしカイリはこれを待っていたと言わんばかりに、切り札を発動させる。
その直後、カイリがもの凄い速さの連続攻撃をリザードラゴンに叩き込む。それは速度に優れているとかそんなレベルの話ではない、尋常ならざるスピードだった。
人狼の持つ固有スキル≪神速≫、移動スピードと攻撃スピードの両方を通常の三倍にまで引き上げることができる。妖狐である紗姫に固有スキルがあったのだから、人狼にも同様の固有スキルがある。
一見するともの凄いスキルだが上がるのは身体のスピードだけであり、スキルの準備時間と再使用時間が短くなることはない。だからスキルの連続使用にはあまり向かないのだが、ステータスの大半を速度に割り振っているカイリのスキル回転率はすさまじく、この尋常ならざる連続攻撃を可能にしている。
リザードラゴンの攻撃を紙一重で躱し、その合間にスキルによる攻撃を叩き込む。まさに神業だ。カイリに続くようにリコも≪神速≫を発動して連続攻撃を叩き込むが、カイリほどのスキル回転率を持っているわけではないので効率はよくない。
シアと黒斗も自身が持つ最強スキルを使い、ラストスパートを掛ける。その状況に焦った≪煉獄の騎士団≫メンバーも、意を決して攻撃に移ろうとするが時既に遅し、リザードラゴンはHPを失い霧散していった。
ダンジョンボスであるリザードラゴンの消滅、それはカイリ達がこのダンジョンをクリアしたということであり、同時に両ギルドの戦いが終了したということでもある。
十人の目の前に功労者表示用の巨大なウィンドウ画面が現れる。ボス討伐の功労者は順位付けされ、その順位ごとに経験値やアイテムが割り振られていく。
まずウィンドウに表示されるのは功労者の一位はカイリだ。最初こそ流していたが終盤の巻き返し、そしてノーダメージで戦闘を終えたことが評価されての一位だ。
続いて二位は≪煉獄の騎士団≫のフローナ、魔法攻撃で大きなダメージを与え、そして遠距離攻撃を主体にしたことでダメージが少なかったことが大きい。遠距離魔法での攻撃は近接戦闘に比べると低評価になるのだが、他のメンバーが離脱している間も攻撃を加えていたのが二位に選出された要因だ。
三位はゼイーダ、魔法剣士というトップクラスの攻撃力を持つ職種であり、さらに今回は双剣による攻撃力強化をしていたのだからこの結果は順当といえる。
四位はシア、ダメージ総量は上位三人と比べると大したことはないが、剣による攻撃と盾による防御のバランスの取れた戦闘が評価されての選出だ。ここまでは二対二、最後の一人で勝敗が決まる。
功労者の第五位、最後の一人はリコだ。十人の中でもカイリに次ぐ回避率を誇り、槍による連続攻撃でダメージも稼いでいた。戦闘力は決して高くないが、終盤に戦闘から離脱した≪煉獄の騎士団≫を、総合的な評価で何とか抜いたというところだ。
かなり危ないところではあったがこの勝負は≪鉄の旅団≫の勝利だ。そしてこの瞬間、≪煉獄の騎士団≫は≪鉄の旅団≫の傘下に加わることが決定した。
そして功労者それぞれに経験地と金貨、アイテムが分配される。こっちの方は各個人の前にウィンドウが表示され、何が手に入ったのかを他の者が知ることはできない。
カイリはすぐにウィンドウを閉じ、後方にいる紗姫の下へと歩いて行く。
紗姫の発動した妖狐の固有スキル≪変化≫にも時間制限はあるが、まだ限界時間には達していないのでまだナイスバディのままだ。
「カイリさん、見るのは初めてですよね? どうですか、綺麗でしょ?」
紗姫は笑顔でくるくると回り、カイリに自分の姿を見せる。しかしカイリはそんな紗姫を見つめながら、複雑そうな顔で頭を掻く。
「何というか……、劣化版紗姫だな」
「劣化……って、色々と強化されてますよ! 能力……は微妙かもしれませんけど、見た目とか見た目とか!」
紗姫にとってこの見た目がとても気に入っており、とても大事なことだから二度言った。今回は確かに大事なことだから二度言った。
「いや、能力的にはもの凄く俺好みに強化されているよ。ただな……」
紗姫は不満そうにカイリを見つめる。本人にしてみれば綺麗な女性に変身できたのに、カイリが不服そうにしているのが何となく嫌だった。
「紗姫はオドオドとしている幼女ってイメージだからな」
「私は幼女じゃないですよ」
紗姫は両手を振り回して抗議するが、その様はとても大人の女性には見えない。見た目が大人の女性だというのにそう見えないのだから、紗姫の幼女属性は大したものだ。
そんな紗姫を無視してカイリはウィンドウ操作を始め、何やらアイテムを取り出す。アイテムは単純に使用や装備するだけでなく、鞄から取り出すように直接手に持つこともできる。そしてそれを直接他者に渡すことも。
カイリは手にしたアイテムを紗姫の頭に付ける。すると紗姫の目の前に、アイテム装備のウィンドウ画面が開く。
「『竜鱗の髪飾り』?」
「あぁ、今のドロップアイテムだ。結構いいアイテムみたいだぞ」
実際は結構なんてレベルのものじゃない。ゲーム序盤、低レベルでも装備できるアイテムの中では最高クラスの物だ。装備者の防御力を大幅に高めることができる。
竜鱗の髪飾りは綺麗な装飾が施され、紗姫の頭で輝きを放っている。
「なんか凄くいいアイテムみたいなのに、私が貰ってもいいんですか?」
「まさか、それを俺に付けろと?」
アイ・ワールドの装備品には男性用も女性用もない。正確には外見上の女性用と男性用の違いはあれど、性別に関係なく装備することができる。だから見るからに女性用のこの髪飾りも、カイリが装備することも可能だ。
「……結構似合うと思いますけど。それにこれ、全然重くないですし」
装備品の重量を気にして防御力の低い装備ばかりを装備しているカイリにとって、そういった心配なく装備できる竜鱗の髪飾りは最適といえるが、如何せん見た目が派手すぎる。
細身で綺麗な銀髪のカイリには確かに似合いそうな気もするが、本人は断固拒否するだろう。それと……、
「全部避けるから、防御力が上がっても意味ないからな」
カイリらしいといえばカイリらしいけどこういうことを本気で言えるのだから、カイリは本当に大物だ。
「なら、私じゃなくて前に出る人に渡した方が……」
「とりあえず黒斗に渡すわけにはいかないだろ? あの容姿でこんなの付けたら恐ろしいぞ」
確かに顔に入れ墨のような紋様のある屈強な男が、見るからに女物の髪飾りを付けていたら恐ろしい。それに黒斗は魔人、元々防御力に優れた種族だから、あえて防御力を上げることもない。高速型の種族でありながら、速度以外のステータスを無視して速度を上げるカイリが異常なのだ。
「シアとリコはそれぞれ報酬手に入れてるから、さらに俺からっていうのもな。それに紗姫はこの戦いの陰の功労者だ、何も無しってわけにもいかないからな」
今回の作戦は確かに紗姫がいなければ使えなかった。リザードラゴンを倒すこと自体は、紗姫がいなくても可能だっただろうが、彼女がいなければギルド同士の勝負には負けていただろう。そんな紗姫に何の報酬も無しというのは、確かによいものじゃない。
その瞬間、≪変化≫の効果が切れてた。突然目の前から消えた紗姫の姿を探し、カイリが左右に首を振る。
「カイリさん、こっちです」
やや下の方から聞こえた声にカイリが視線を下げると、普段の姿に戻った紗姫がいた。
「わざとやりましたね、今」
「うむ、バレたか」
紗姫は頬を膨らませてカイリを睨むが、カイリはそれを完全に無視する。それどころか紗姫の頭を撫で回している。
「こら~、私の紗姫に手を出すな~」
そう言いながらシアが二人に走り寄り、間に割り込んで紗姫を抱きしめる。紗姫はおっかなびっくりしているようで、シアにされるがままになっている。
カイリはそんな二人の姿を満足そうに眺め、ゼイーダに視線を向ける。その視線はさっきまでの飄々としたものではない、銀狼と呼ばれるに相応しい鋭いものになっていた。
「さて、勝負は俺達の勝ちだ。後のことは分かるな?」
この勝負に負けた≪煉獄の騎士団≫は≪鉄の旅団≫の傘下に入る。
「待て、この勝負は無効だ。間接的にとはいえ≪鉄の旅団≫は俺達に攻撃を仕掛けた」
「間接的ならばルール違反じゃない」
ルールで決められていたのは『直接的な攻撃の制限』であり、間接的な攻撃に関しては触れられていない。そもそも紗姫の呪術による効果を、攻撃と断言できるかも怪しいところだ。
「ぐ……」
絶対に勝つつもりでいたゼイーダはこうなった時のことなんて考えていなかったのだろう、必死に言い訳をするがカイリには通じない。ゼイーダもそう悟ったのだろう、がっくりと肩を落として地面に両膝を付いた。
この瞬間≪煉獄の騎士団≫の≪鉄の旅団≫傘下入りが決まり、≪鉄の旅団≫は大規模な戦闘系ギルドを従える生産系ギルドとして、この世界にその名を轟かすことになった。
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