第9話 心理的有利

 カイリがリザー・ドラゴンに突っ込んだ直後、紗姫が新たにスキルを発動させる。


「行きますよ。≪呪界・封壁≫」


 ≪呪界・封壁≫は≪呪界・封剣≫と同質のスキルで、防御力を下げる効果がある。そして≪変化≫による能力変化により、その効果は大きく上がっている。


「今更そんなことをしても、この場を覆すことなんて……」


 ≪煉獄の騎士団≫の一人、ルヴァは言葉を言い切ることができずに後方に吹き飛ばされる。リザードラゴンの攻撃を受けたのだ。戦闘を行っていた十人の中でも最も防御力が高くHPも七割をキープしていたが、今の攻撃だけで二割を削り取られていた。


「どういうことだ?」


 ≪煉獄の騎士団≫のメンバーは、現状に理解が追いつかないでいた。それもそうだろう、この場で最も高い防御力を持っていたルヴァが、一撃であそこまでダメージを受けたのだ。もしも自分が攻撃をされたらと考えたら、平静ではいられない。

 確かにリザードラゴンは凶暴化して攻撃力が上がっているが、それだけでここまでのダメージを受けるはずはない。そんな中でゼイーダは、ルヴァが攻撃を受ける直前のことを思い出す。


 紗姫が発動した≪呪界・封壁≫は無差別範囲型スキルであり、敵味方関係なく効果を発揮する。≪変化≫によって強化された防御力低下効果を、リザードラゴンを中心として範囲内にいる者達全員が受けたのだ。

 さらに≪変化≫の効果は文字通り『変化』、スキルを単純に『強化』させるものではない。≪変化≫によって変化した≪呪界・封壁≫の効果は『範囲内にいる全ての者の防御力を大きく下げ、さらに攻撃力を上げる』というものになっている。範囲内にいる者、リザードラゴンの攻撃力がさらに上昇したのだ。


 凶暴化に加え≪呪界・封壁≫によって攻撃力が爆発的に上がった状態のリザードラゴンの攻撃を、同じく≪呪界・封壁≫によって防御力が大きく下げられた状態で受けたのだ。大きなダメージを受けて当然だ。


「銀狼! 相手ギルドメンバーへの攻撃は反則だ!」


 カイリとゼイーダはこの勝負を決める際、いくつかルールを決めており、その中には確かに『お互いのギルドメンバーへの直接的な攻撃は禁止』という項目がある。


「おいおい、何を言っていやがる? 紗姫はリザードラゴンにスキルを使ったんだぜ。直接お前等を攻撃したわけじゃないだろ?」


 そう、ルールは『直接的な攻撃の禁止』だ。リザードラゴンへのスキル行使が、≪煉獄の騎士団≫への直接的な攻撃に該当するはずもない。


(まさか、ルールを決めた段階でここまで考えていたのか?)


 勿論そんなことはない。≪鉄の旅団≫の戦闘メンバーは戦闘の経験が不足しているから、とりあえず最初は真っ当なボス戦を経験させたかったというだけだ。

 カイリ自身もこのルールを口に出す直前まで、『敵味方入り乱れての乱戦』に大きな魅力を感じており、ルール無用の戦闘にするか本気で迷っていた。


「それにそんな暢気に構えていていいのか? 今、ヘイトを一番溜めているのは誰かな?」


 今回の戦闘、≪鉄の旅団≫のメンバーは極力ヘイトを溜めないように攻撃を繰り返していた。それに対して≪煉獄の騎士団≫のメンバーは大きなダメージをリザードラゴンに与え、大量にヘイトを集めている。

 この場で最も防御力の高いルヴァが大ダメージを受けた攻撃を、まともに受けてしまってはただでは済まない。ボス戦の最中に戦闘不能となった場合、ボス戦に参加していたという情報もリセットされ、勿論どれだけ戦闘に貢献していても功労者には選ばれない。


「それがどうした!? たとえ二人が倒れても、残りが全て功労者になればいいだけだ! 最後まで戦ってやるさ!!」


 戦闘不能になることには確かにリスクはあるが、本当に死ぬわけじゃない。ならばゼイーダがこういう考えに至るのも自然なことだ。しかし……、


「いいのかよ、レア武装が消えるぞ?」


 カイリのその一言で、ゼイーダの顔色が変わった。生産武器を使っている≪鉄の旅団≫とは違い、≪煉獄の騎士団≫のメンバーはギルド内にも数本しかないレアドロップの武器や防具を装備してこの戦いに臨んでいる。もしも戦闘不能になれば、装備している武器や防具まで全て消えてしまう。


 もしそうなればこの勝負に勝つことができても、レアドロップ装備を失ったことの責任は取らされることになる。ヘイトを溜めた状態での戦闘でHPもかなり削られており、このまま戦えば一人や二人本当に戦闘不能になってもおかしくない。

 ゼイーダをレアドロップ装備の消失という恐怖が襲う。しかしそれを防ぐ方法は簡単だ、戦闘不能にならなければいい。


 ボスの部屋は前衛と後衛に別れることができるくらいの広さはある。いくらヘイトを集めているとはいえ、部屋中を逃げ回ることはできる。幸いなことにリザードラゴンは機動力に優れたモンスターではなく、逃げ回ることくらいは可能だ。

 しかしその間≪煉獄の騎士団≫の前衛メンバーは、全く攻撃に参加できないことになる。唯一後衛で攻撃できる魔法使いのフローナも、かなりMPを消費している状態だ。


 もしも戦闘不能を恐れて逃げ回った場合、リザードラゴンの攻撃対象が切り替わる前に≪鉄の旅団≫メンバーがリザードラゴンを倒してしまえば、状況の逆転は十分にあり得る。

 勿論≪鉄の旅団≫にもリスクはある。HPは≪煉獄の騎士団≫メンバーよりも余裕はあるが、元々の防御力は低い。攻撃を受ければ大ダメージを受けるのは≪鉄の旅団≫メンバーも同じだ。


 しかし≪鉄の旅団≫メンバーにとって戦闘不能になった後のリスクだけならば、≪煉獄の騎士団≫メンバーよりもずっと少ない。元々のレベルが低いのだから復活後、今のレベルに上げ直すのもそれほど大きな苦労ではないし、装備している武器も生産品だから替えが利く。精神面では圧倒的に有利だ。

 そもそも≪鉄の旅団≫にしてみれば、ここで攻めなければ確実の負けるのだから攻めるに決まっている。それに対して≪煉獄の騎士団≫は、逃げ回ったとしてダメージ総量という貯金もある。≪鉄の旅団≫メンバーの誰かが戦闘不能になって功労者選出から外れる可能性もある。つまりは攻めなくても勝てる可能性がある。


 こういった様々な要因が絡まり、最終的に≪煉獄の騎士団≫が出した答えは、逃げ回ることだった。騎士団を名乗っているとは思えない、とても無様な姿だ。しかしそれも仕方ないことだ。この状況で攻めるのはハイリスクローリターン、普通の者ならばこういう選択をするだろう。

 逃げ回る≪煉獄の騎士団≫メンバーの姿を眺めながら、カイリは満足そうに笑みを浮かべる。そして……、


「そんじゃ行きますか、サブリーダー」

「えぇ、リザードラゴンを倒すわよ、私に続きなさい!!」


 シアのその宣言とともに、彼等はリザードラゴンに向け、各々の武器を振りかざす。

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