第8話 戦力的不利
扉の向こう側でカイリ達を待ち受けていたのは、翼も持たない地面を這うように歩く赤黒いドラゴンだった。外見の情報も得ていたが、実際に見ると面白い姿だ。
カイリは最初にリザードラゴンの名前を聞いたとき、ドラゴンという名称から大きな翼を広げた竜の姿を想像した。しかしこんな四方を壁に覆われた場所じゃ、大きな翼なんて必要ないと再認識した。
カイリが想像しているような巨大な翼を持ったドラゴンも存在しているが、それは基本的にフィールドボスとして登場する。カイリはそのタイプのドラゴンとの戦闘は後の楽しみにすることにして、今回は目の前の不格好なドラゴンとの戦闘に集中することにした。
「それじゃあ始めるぞ。いいな、銀狼?」
「そういうことはとりあえず、俺じゃなくてギルマスに聞いてくれ」
ギルマスに確認すらせずにギルドを賭の対象にした者の発言とは思えないが、カイリの言っていることも尤もではある。ゼイーダはシアに視線を向け、シアはそれに答えるように小さく頷く。
ここに互いのギルドの命運を賭けた勝負が始まった。
先手を取ったのは≪煉獄の騎士団≫だ。盾を構えたルヴァがリザードラゴンに突進していった。
魔人は全種族中で最も防御力に優れており、盾を装備することで最高クラスの防御力を発揮する。ダンジョンボスの攻撃を自分に集中させるため、真っ先に攻撃を仕掛けたのだ。
本来なら速度で勝るカイリが先陣を切りそうなものではあるが、彼はリザードラゴンに視線を向けたまま動かない。作戦が開始されたのだ。
カイリが先陣を切ってリザードラゴンに突っ込めば、リザードラゴンの攻撃はカイリに集中することになる。それを避けるために後手に回って与えるダメージ量を調整する、ここまではゼイーダが予想した通りの行動だ。
そんな中で呪術師である紗姫がスキルを発動させる。
「≪呪界・封剣≫」
紗姫が発動させたスキル≪呪界・封剣≫は範囲系の妨害スキルで、対象としたモンスターやプレイヤーを中心とした一定の範囲にいる者達に攻撃力低下のデバフ効果を与える。持続時間は三分程度と短いが、その間はダメージを軽減させることができるので非常に有効なスキルといえる。ただしモンスターとプレイヤーを区別せず、無差別に効果を発揮するので使用する際は注意する必要がある。
別に呪術師の持つ妨害系のスキルが全て範囲型というわけではなく、単体に効果を発動させるものもある。ただし今回は範囲系を使う必要があったというだけだ。
今のスキル発動はリザードラゴンではなく、カイリを対象として発動されいる。カイリ達≪鉄の旅団≫のメンバーの攻撃力を低下させることでリザードラゴンに与えるダメージ総量を減らし、必要以上にヘイトを溜めずに攻撃回数を稼ぐためにスキルを発動したのだ。
それに加えてカイリは、メイン武装の剣を攻撃力の低い物に交換する。周りと比べて頭一つ以上飛び越えたレベルのカイリが高性能な武器を使ったら、攻撃力を下げていても大ダメージを与えてしまう。
「さて、それじゃあ行きましょうか」
サブリーダーであるシアがそう宣言し、≪鉄の旅団≫パーティがリザードラゴンに向かって突っ込んでいく。先陣を切ったのは最も速度のあるカイリ、そして同じ人狼であるリコだ。
二人が連撃系のスキルを使い、リザードラゴンにダメージを負わせる。しかしダメージ総量は大したことはないので、攻撃対象が二人に移ることはない。
攻撃力を低下させているとはいえ、カイリが全力で攻撃を与えるとリザードラゴンの攻撃対象に加わってしまう可能性もあるので、不満そうにしながら一端下がる。
「自分で考えた作戦とはいえ、攻撃参加回数が減るっていうのは楽しいものじゃないな」
紗姫の下まで下がったカイリが不満そうにそう呟く。紗姫はそんなカイリの姿を、呆れ顔で見つめている。
「さっきは最高に面白いって言ってたじゃないですか」
「作戦自体は面白いんだけどな。折角のボス戦でこうも攻撃に参加できないとなると、少し不満だ」
「勝手な人ですね」
独断でギルドを賭の対象にし、さらに自分で立てた作戦にまで不満を持つ。そんなカイリは確かに自分勝手といえる。それでも不思議と人を引きつける魅力を持っている。
「そういう奴だから諦めてくれ」
そう言ってカイリは再びリザードラゴンに突っ込む。≪呪界・封剣≫は通常、再使用に六分掛かる。これはステータスの速度を上げることで短縮することも可能だが、現在の紗姫の速度では大して短縮されない。
それに対してカイリは元々の適正に加え、ステータスの割り振りで大半を速度に費やしているため、桁外れのスキル回転率を誇っている。そんなカイリが攻撃に積極的に参加できないことに不満を感じても、仕方ないといえば仕方ないだろう。
戦闘時、リザードラゴンのヘイトは完全に≪煉獄の騎士団≫のメンバーが溜めていたが、だからといって全くダメージを受けないというわけではない。範囲攻撃もすれば単発でヘイトの低い者に攻撃も仕掛けてくる。
そんな中でノーダメージで戦っているのは三人、カイリ、紗姫、フローナである。紗姫とフローナは戦闘領域の後方に立っているので納得だが、いくらヒットアンドアウェイの戦闘スタイルを取っているとはいえ、最前線で戦っているカイリがノーダメージというのは驚異的だ。
リザードラゴンは回避困難な範囲攻撃も多用するが、範囲攻撃のような特殊な攻撃には予備動作があり、攻撃までに若干の時間が掛かるように設定されている。カイリはその予備動作を見てすぐに攻撃の範囲外はと移動し、攻撃を回避していた。
予備動作から範囲攻撃を察知し、回避するのは別に特別なことではない。しかし最前線で戦いながら予備動作を見逃さず、確実に躱すのは誰にでもできることじゃない。
もしかしたらカイリならば一人でもリザードラゴンを倒すことができるのではないか、そう思っている者もいるだろう。もしもダンジョンボスであるリザードラゴンでノーダメージボーナスとフィニッシュボーナスを成立させるようなことがあれば、いったいどれほどの経験値を得てどんなレアアイテムが手に入るのか、ゲーム序盤のこの段階では想像すらできない。
攻撃回数とスキル発動回数は圧倒的に劣っているが、ダメージはそれなりに与えておりここまで最前線で戦いながらノーダメージでいることを考えても、カイリが功労者選ばれるのはほぼ確実だろう。紗姫もノーダメージではあるものの、基本的には妨害スキルばかりを発動しているから、功労者の中に入れるかは怪しい。
≪鉄の旅団≫のその他のメンバーはというと、ダメージの総量はそこそこだが攻撃回数は≪煉獄の騎士団≫のメンバーを凌いでいる。あとはダメージ総量を稼ぐことができればこの勝負に勝つことも可能だろうが、それが一番難しいことだ。
ここまでカイリ以外の四人は全力で戦っている。ダメージの総量を増やそうと思って、簡単に増やせるのなら苦労はしない。何よりダメージ総量を増やすことができたとして、今も≪煉獄の騎士団≫メンバーはリザードラゴンに攻撃を続けている。多少ダメージ総量を上げた程度では、現状を覆すことはできないだろう。
もしもこの状況を打破することができるとすればメンバーが与えるダメージの総量を上げ、さらに≪煉獄の騎士団≫の攻撃を阻害する必要がある。
そんな状況だというのに、カイリは楽しそうに剣を振るっている。その表情は『負けるつもりなんて毛頭ない』と、そう言っているようだった。
そして時間が進み、リザードラゴンのHPを七割程度削ったあたりで、リザードラゴンの様子が変わる。通常のモンスターでは少ないがボスクラスのモンスターになると、戦闘中に何かしらの変化が起きるものもいる。リザードラゴンもその内の一体だ。
リザードラゴンはHPが残り三割になると凶暴化して攻撃力が上昇し、攻撃の間隔も短くなる。ここからの戦闘は更に激化する。
しかしカイリはこれを待っていたと言いたげに笑みを浮かべる。カイリは前線を離れてメイン武装の剣を、攻撃力の高い物に装備し直す。そしてそれに合わせるように、紗姫があるスキルを発動させる。
紗姫がスキルを発動させた直後、紗姫の周囲に黒い渦のようなものが纏わり付く。妖狐という種族のみの持つ固有スキルだ。
スキルの発動が完了して黒い渦が晴れるとそこには紗姫の姿はなく、その代わり全く別人の姿があった。狐耳と尻尾を持ち、スタイル抜群の金髪の女性だ。部分的なパーツは紗姫のものだが、如何せん年齢が全然違う。
それもそのはず、紗姫が発動したスキルは≪変化≫、自らの姿と能力を変化させるものだ。今のナイスバディなお姉様は、≪変化≫によって姿を変化させたものだ。
「本番スタートだ」
そう、カイリにとっては、今まさに戦いが始まった。
不安そうな紗姫を尻目に、カイリは満面の笑みを浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます