第7話 ダンジョン突入
翌日、≪鉄の旅団≫と≪煉獄の騎士団≫の代表五人、合計十人がダンジョン前に集まっていた。
≪鉄の旅団≫のダンジョン探索メンバーは当初の予定通り、リーダーに紗姫、サブリーダーにシア、そしてカイリ、黒斗、リコの計五人だ。
黒斗は魔人の剣士であり、顔に入れ墨の入った屈強な男だ。入れ墨は本人の趣味で入っているというわけじゃなく、魔人という種族の特徴として、身体の一部に紋様が刻まれ、黒斗はそれが顔だったというだけだ。
戦闘スタイルはシアと同じ剣と盾の両装備、防御力に特化した魔人としてはオーソドックスなスタイルといえる。
リコはカイリと同じ人狼で、槍使いの少女だ。髪の色はカイリとは違い黒色なのだが、人狼という種族の特徴なのか、そこら中ツンツンと跳ねている。
槍使いは比較的攻撃力の高い職種であり、攻撃速度も剣士と並んで速いので人狼という種族とも相性がいい。
しかし槍は両手武器なので盾などのサブ武装が装備できず、攻撃も直線的なものが多く命中精度では剣士に劣るという欠点がある。尤も今回は巨大ボス戦なのだから、命中精度が低いというのは大した欠点にはならない。
それに対して≪煉獄の騎士団≫は人間の魔法剣士であるゼイーダを含め、鬼人の大剣士である豪火、エルフの魔法使いであるフローナ、魔人の剣士であるルヴァ、人間の大剣士である鋼王の五人。≪鉄の旅団≫と比べると攻撃性能に傾いている編成といえる。
最初にカイリと会った時のゼイーダは片手刀剣だったが、この戦いには双剣装備で臨んでいた。より攻撃力を重視してのスタイル変更だろう。
剣士と魔法剣士は片手装備ならば、二つの武具を同時に装備することができる。また片手装備は剣と盾の組み合わせでなければいけないというルールもなく、アイ・ワールドには双剣使いの剣士も存在しているし、双盾使いというもはや剣士とは呼べない剣士も存在している。
ただしアイ・ワールドにも利き手の概念は存在しており、利き手でない手で装備を自在に扱うのは難しい。双剣というスタイルは強力ではあるが、そういった理由で十全に扱うことができず、剣と盾を主武装にしている者が圧倒的に多い。
ちなみにカイリの装備は左手に片手剣のみであり、右手は完全にフリーハンドで盾も剣も装備していない。シアが以前『右手に装備は付けないのか?』と聞いた時は『機動力が下がるから嫌だ』と返答している。
装備品にはそれぞれ重量があり、重いほどに機動力が下がるようになっているので、高速型であるカイリが重装備を嫌うのも当然であろう。
実際にカイリは右手に装備をしないだけでなく、その他の装備も服やグローブ、ブーツなどの軽装備で統一しており、鎧や籠手、兜といった重量のある装備は一切使っていない。
軽量型の装備品の防御力は重量型装備に比べ圧倒的に低いので、現在のカイリの総合的な防御力は正しく紙だ。ボスクラスの攻撃を受けようものなら、即死してもおかしくはない。
それなのにボスに挑もうというのだから、恐ろしい限りである。
ボス戦での功労者の選定は様々な要因によって決まるが、大量のダメージを与えるのが最も効率がいい。既にボス討伐を果たした者からもたらされた情報だ。ただしどれだけ与えるダメージの総量が多くとも自身も大量のダメージを受けた場合、その分マイナス評価となる。そういったことからカイリは功労者選出において、理想的な戦闘スタイルを持っていることになる。
今回のボス討伐戦では≪煉獄の騎士団≫のメンバーも、確実にカイリは選出されると考えている。驚異的な回避能力を持ち、攻撃力でも≪煉獄の騎士団≫メンバーに勝るとも劣らぬ能力を持っているのだから当然だ。
そうなれば≪煉獄の騎士団≫のメンバーは、残された四つの功労者の内、三つをとる必要がある。ならば五人全員を攻撃性能に傾けるのは正しい選択だといえる。
それに対して≪鉄の旅団≫のメンバーは、決して攻撃力が高いとはいえない編成だ。どちらかといえば、回避能力や防御力に偏っている印象を受ける。
ゼイーダも≪鉄の騎士団≫のパーティ編成には驚きを隠せずにいた。てっきり攻撃力の高いメンバーを集めると思い込んでいたのだ。
(ダメージ総量では勝てないと踏んで、ヘイトを俺達に向けてその間に攻撃回数を稼ぐ作戦か?)
モンスターのヘイトが集まる要因は様々だが、スキルの効果によるものを省いて最もヘイトを集める要因はダメージである。≪煉獄の騎士団≫がより攻撃性能の高いメンバーを選出したのは、十人の中で最もヘイトを集めるのはカイリになると予測し、その間に五人で大量のダメージを与えようという同質の作戦を立てたからだ。
しかしカイリがダメージ量を調整して攻撃をすれば、リザードラゴンの攻撃は≪煉獄の騎士団≫の五人に向くことになる。そしてそうなったとして、圧倒的な回避率とそこそこのダメージ総量からカイリが功労者に選出されるのはほぼ確実だ。あとは煉獄の騎士団のメンバーが攻撃されている隙を突き、さらに二つの枠を取ればいいだけだ。
(感情的になって勝負を挑む考えなしかと思ったら、なかなか頭が回るみたいだな。それとも他のメンバーが考えた作戦か?)
今回の件はカイリが感情的になって勝負を挑んだもので、カイリ自身も最初から勝機を見いだしていたわけじゃない。彼は『負けたら≪煉獄の騎士団≫を乗っ取ればいい』という、とんでもないことを本気で考えていた。
それでもいざ勝負をするとなれば、勝つ方法を全力で模索するのがカイリという男だ。
さっきゼイーダの考察した≪鉄の旅団≫側の作戦は半分は正解だが、もう半分は間違いだ。それはこの勝負を持ちかけられた際と同じ、彼がカイリのことを理解していなかったがための間違いだ。
もしもゼイーダがカイリのことをしっかりと理解していれば、こんな簡単な作戦をカイリが使ってくるなんて、決して思わなかったはずだ。
「紗姫、作戦通りに頼むぞ」
ニヤニヤと笑うカイリに作戦と言われ、紗姫は不安そうに彼を見つめる。
「本当に、あんな作戦で大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫、最高に面白いだろ?」
「面白いって、失敗したら絶対に負けますよ、絶対ですよ」
オロオロと慌てる紗姫の姿をカイリは楽しそうに眺めている。
「成功させればいいんだよ、そうすれば俺が紗姫の願い事を、何でも一つ叶えてやるぞ」
もの凄く楽しそうにしているカイリに、紗姫はどんな反応をすればいいのか分からなかった。こうなったら意地でも作戦を成功させて、カイリに願い事を叶えさせてやろうと心に決めた。
ツーパーティ、合計十人のプレイヤー達がダンジョンの前に並ぶと、ダンジョンの入り口でウィンドウ画面が開く。ダンジョン進入用のウィンドウは、個別ウィンドウとは違ってプレイヤー全員が視認できる。
ダンジョンにはそれぞれに進入できる人数に制限がある。もしも制限人数に達していないダンジョンフィールドがダンジョン内に構成されていた場合、後発集団はそのダンジョンに入るか、新規ダンジョンフィールドを構成して入るかを選択できる。
ただし前者を選択した場合でダンジョンの制限人数を超えてしまう場合、制限人数を超えてしまったプレイヤー達は自動的に、新たに構成されたダンジョンフィールドに転送されることになる。
またダンジョン内部のプレイヤーの数が何らかの原因で減った場合でも、ダンジョンへの制限人数に空きは作られず、一度ダンジョンを出たプレイヤーが再び同じダンジョンフィールドに入ることもできない。
集団が別のダンジョンフィールドに転送される場合、所属ギルドやパーティ構成の有無、ギルドやパーティへの加入の順番などからシステムがどう分けるかを決定する。ギルドやパーティなどの関わりが一切ない者達で構成された集団の場合は、完全にランダムで分けられるようになっている。
ウィンドウ画面には既にいくつかのダンジョンフィールドが構成されているという情報が載せられていた。しかし十人の先頭に立つゼイーダはその全てを無視し、新たなダンジョンフィールドの構成を選択する。
今回挑戦するダンジョンの制限人数は十人、ここに立っている全員が同じダンジョンフィールドに入ることができる。十人の足下に転送用の魔方陣が形成され、カイリ達十人をダンジョン内へと送り込む。
両面を人工的な作りをした壁に挟まれ、唯一の通路はずっと奥へと続いている。この場からは見えないが通路はいくつにも分かれた迷宮になっており、進入者を迷わせる。
カイリはこのダンジョンを三日間歩き回り、それでも最深部にたどり着くことができなかった。そして彼が探索を進めていた時とは、既にダンジョンの造りは大きく変わっている。
「ところでどれくらいの時間で最深部にたどり着けるんだ?」
カイリがゼイーダにそう問いかけるが、『最短ルートで』とは聞かない。何故なら最深部にたどり着くためのルートは様々で、どれが最短ルートかを知るにはダンジョンの全てを把握しなければいけない。
「だいたい六時間くらいだな」
カイリがダンジョン探索に費やした時間は単純計算で七十二時間、ダンジョンの造りは変わっているが大まかな規模は同じだ。それだけでもアイ・ワールドに存在しているダンジョンが、どれだけ複雑なものかが分かる。
「道案内は俺達がするが、戦闘になったら君等にも手伝ってもらうぞ」
「あぁ、分かってるよ」
互いに戦闘をするとなれば、自然と手の内を明かすことになる。特にこれはゲーム、予想外の隠し球なんて簡単にできるものじゃない。尤もカイリにはヒールスキルという隠し球があるのだが、この場でそれを使うつもりは彼にはない。
カイリ達≪鉄の旅団≫のパーティは、支援系の紗姫を中心に置いて攻撃力と防御力を両立しているシアが先頭、両サイドには速度に優れたカイリとリコ、そして背後からの奇襲を防ぐために最後尾は尤も防御力に優れた黒斗だ。ベーシックな布陣だが、カイリが考えたにしてはどこか物足りない。
対する≪煉獄の騎士団≫のパーティは近接攻撃型の四人を前線に一列に並べ、その後ろに魔法使いのフローナを置いている。完全に攻撃のみに特化した布陣だ。
編成メンバー自体が攻撃特化のキャラクターばかりなのだから、≪鉄の旅団≫のようなオーソドックスな布陣は使えないのだが。
このまま進行すればもしかしたら、≪鉄の旅団≫は見せ場もなく最深部までたどり着いてしまうかもしれない。事実としてやろうと思えばそれも可能だろうが、勝負の場でそんなハンデを背負うようなことをするほど、≪煉獄の騎士団≫のメンバーも甘くはない。
ダンジョンの最深部にたどり着くまでの六時間、≪鉄の旅団≫と≪煉獄の騎士団≫は互いに手の内を見せながらの戦闘を繰り返した。
そしてダンジョンの最深部、ボスの待つ部屋にたどり着く両パーティ。ここからが≪鉄の旅団≫と≪煉獄の騎士団≫の本当の勝負だ。カイリはこれから始まる戦いに胸を躍らせ、ボスの部屋の扉が開くのを待った。
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