第6話 交換条件
「何をしているの、貴方は!?」
いつものようにふらりと戻ってきたカイリは、ギルドを賭けたボス討伐のことをシアに話し、盛大に怒られていた。
「いやだってムカつくじゃん。それに面白そうだし」
両方ともカイリの本音であるのは確かだが、いったいどちらの比率のほうが高いのか。その答えを聞くのが怖く、シアは確認することができなかった。
「で、どうするの? 勝つ自信はあるの?」
「まぁ、大丈夫だろう。負けたら負けたで、≪煉獄の騎士団≫を乗っ取ればいいだけだし」
これを本気で言っているのだから、カイリの大物っぷりがうかがえるというものだ。しかもカイリなら本気でやってのけるのではと、そう思えるから始末が悪い。
「で、メンバーはどうするの? フルパーティなら五人だけど」
「いや、俺はただのヒラメンバーだし、そういう面倒なことは戦闘部隊の幹部で……」
「勝手にギルドを賭けの対象にしておいて、言うことがそれ?」
ジト目で睨み付けるシアの視線を面倒くさそうに受け流しながら、カイリは頭を掻く。
「分かった、ちゃんと考えるよ」
考えるといっても≪鉄の旅団≫はサブギルドを含め、戦闘メンバーが九人しか在籍していない。その中で最も戦闘能力の高いカイリと、それに次ぐ実力を持つシアの二人はまず確定、残り七人の中から三人を選ぶのだからそれほど大変なことではない。
そんな中でカイリが悩んでいるのは、紗姫をパーティに入れるかどうかだ。妨害系の呪術を使う紗姫は、低レベルパーティでは大きな力を発揮する。
しかし妨害系の恩恵を受けるのは≪鉄の旅団≫のメンバーだけではなく、≪煉獄の騎士団≫のメンバーにもその恩恵が与えられる。
例えば呪術でボスの攻撃力を低下させた場合、勿論≪鉄の旅団≫メンバーに対して行われる攻撃のダメージ総量は減る。しかし同時に、≪煉獄の騎士団≫メンバーに対して行われる攻撃のダメージ総量も減るのだ。
仮に≪煉獄の騎士団≫がフルメンバーを完全な攻撃職で編成した場合、実質四対五で戦うことにもなりかねない。
などと考えてはいるものの、カイリが紗姫を入れるべきか否かを悩んでいるのは、主に紗姫の存在で何か面白いことができないかということだ。紗姫をパーティに入れれば≪煉獄の騎士団≫が圧倒的に有利なる。それを覆す戦術がないか、あるのならどんな編成にするべきなのか、それを真剣に悩んでいた。
少しの時間を悩んだところで、カイリの思考が急激に回り出す。そして、カイリは小さく笑みを浮かべた。
「パーティメンバーはリーダーに紗姫、サブリーダーにシア、あとは俺と黒斗、リコの五人だ」
意味ありげな笑みを浮かべたカイリに僅かな、いや大きな不安を抱きつつ、シアはカイリが指名したメンバーを集めることにした。
集められたメンバーで、真っ先にカイリに食ってかかったのはリーダーに指名された紗姫だ。
「なんで私がリーダーなんですか? おかしいですよね? おかしいですよね?」
大事なことだから二回言ったわけではなく、あまりのことに狼狽えているだけだ。そんな紗姫の姿を見て、シアが癒されているようだが、紗姫にはそんなことに気付く余裕はない。
「いいだろ、紗姫は戦闘部隊の副隊長なんだし」
「それならシアさんは隊長ですよ!」
「いや、だってシアだし」
カイリは困ったような、呆れたような複雑な表情を浮かべ、紗姫にそう返した。
何やら失礼なことを言っているように聞こえるだろうが、実はシアは戦闘面に関していえばかなりの脳筋だ。片手剣と盾の二つを装備して敵の攻撃を弾きながら突進、常に最前線で戦うのだ。
カイリはいつかシアに不名誉な異名が付かないか、密かに心配している。
尤も『仲間は傷つけさせない』とでも言いたげなその戦いっぷりは、ギルド内部では評判で、戦闘部隊の隊長に相応しい姿ともいえる。しかし、人を引っ張ることはできても、戦いの指揮を執るのには向いていない。
自分で言ってはみたものの、紗姫もシアがリーダーになるのはないと思ったのか、困り顔でカイリから視線を外す。
「紗姫、なんでそこで視線をそらすのかな?」
紗姫の反応を見たシアが、背後から紗姫に抱きついてくすぐる。
「わぁ、ごめんなさい、ごめんなさいぃ……」
紗姫は必死に逃げようとするが、シアは紗姫を放そうとしない。
シアは別に紗姫の態度に怒ったというわけではなく、紗姫をからかって遊んでいるだけだ。シア自身も自分が指揮官向きではないことは、十分に把握している。
さらにいえば≪鉄の旅団≫の戦闘メンバーは、紗姫とカイリ以外は基本的に脳筋だ。序盤でヒーラー争奪戦に参加せず、『強力な生産武器が手に入る』という特典を目当てにして、生産系ギルドに加入するような者達なのだから当然といえば当然だ。
何とかシアから逃れた紗姫は、狐耳と尻尾をへにゃへにゃと萎れさせ、疲れたように息を切らせている。
「と、とにかく私には無理ですよ。シアさんが駄目でも、カイリさんがやればいいじゃないですか」
カイリは≪鉄の旅団≫を生産系のトップギルドに押し上げた立役者であり、ギルドのブレーン的な存在だ。エンジンが掛かるのにやや時間が掛かり、掛かったら掛かったで面白さを優先した突拍子もないことをやろうとするという欠点はあるが、ギルドきっての頭脳派であることに変わりない。
不安と恐ろしさはあるが、リーダー向きであるのは確かだ。
「無理、戦闘中に絶対にリーダーだって自覚をなくす。賭けてもいい」
自慢にもならないことを自信満々に言うカイリを前に、紗姫はもはや泣き出しそうな顔で、がっくりと肩を落とした。
≪鉄の旅団≫に加入したことは後悔していない。明るいギルドで居心地がいいし、メンバーも優しい。
特にカイリはなんだかんだで紗姫のことを可愛がっている。頻繁にふらりといなくなるのだが、ギルドホールにいる間はよく紗姫に戦術指南を行っている。尤も紗姫だけではなくドワーフ達にも戦闘指南を行っているので、紗姫だけを特別扱いしているとはいえないが。
それに職人と脳筋プレイヤーばかりの≪鉄の旅団≫で、呪術師という変則的な能力を持つ妖狐に戦術指南を行えるのが、カイリたった一人しかいないという理由もある。
たまに……いや、頻繁にカイリ好みの突拍子もない戦術を教え込まれたりもしたが、それはそれで紗姫にとっても楽しいものだった。
実はカイリにリーダーに抜擢されたことが、ほんの少し嬉しかったりもするのだが、バレたらからかわれると思い、紗姫はその気持ちを必死に隠した。
「作戦の概要はもう考えてあるし、それを実践してくれればいいよ。勿論もっと面白そうな作戦があったら、紗姫の判断で変えていいぜ」
「じゃあ、私が指揮を執ってこの勝負に勝ったら、カイリさんにはご褒美として、私のいうこと何でも一つだけ聞いてもらいますからね!」
「あぁ、いいぞ」
紗姫の最後の抵抗だったが、カイリは笑顔のままでそう返した。そんなカイリの姿を見て、紗姫は『もう何を言っても駄目だ』と思い、諦めることにした。
それと同時、何故か紗姫も自然と笑みを浮かべる。何故笑みがこぼれたのか、紗姫自身にも分からなかった。
その後、≪煉獄の騎士団≫から勝負の日程が送られてきた。ダンジョン進入の日時は翌日の正午から、そこで≪鉄の旅団≫と≪煉獄の騎士団≫、二つのギルドの行く末が決まる。
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