第5話 銀狼

 ある日カイリはいつもの通り、ふらりとギルドホールを離れ、狩りに興じていた。このゲーム世界でも比較的目立つ容姿であり、桁外れ戦闘能力を見せるカイリの名は知れ渡っており、『銀狼』の異名で呼ばれていた。


 そんなカイリの引き抜きを画策するギルドも数多くあったが、カイリはその話を全て蹴っている。自分で楽しむためのギルドを作ったカイリにとって、移籍話は何の興味もないものだった。


 狩り場にて多くの敵モンスターを屠るカイリの姿は、周囲の視線を引きつけた。中にはカイリのスタイルを研究・習得しようと考えている者もいたが、常識外れのカイリのスタイルを模倣するなんて、並の者には不可能だ。

 ソロ戦闘であるにもかかわらず、フルパーティとモンスターの討伐速度がそれほど変わらないくらいなのだから、カイリのスタイルを模倣したがる者が多いのも仕方ないことではある。尤もそれはカイリ個人の能力によるものだけはなく、レア素材から作り出した強力な武器によるところも大きい。


 ≪鉄の旅団≫のギルドメンバーはカイリ以外も皆、高性能な武装を持っている。元々戦闘系のメンバーは少数なため、武装が戦闘メンバーに潤沢に行き渡っているのだ。

 余分な装備を売ることで、ギルドの維持や運営に必要な費用に充てることもできる。ヒーラーを有しているギルドはというと、資金繰りにかなり苦労しており、カイリが序盤で生産系ギルドを立ち上げたのはズバリ正解だったといえる。


 その資金力からヒーラー保有のギルドより、資金提供の要請を受けたこともある。しかしドワーフ達は、序盤にヒーラーとその取り巻き達には嫌な思いをさせられており、満場一致で拒否をした。

 それによって≪鉄の旅団≫とヒーラーギルドは完全に決裂、将来的な抗争を想像してカイリは心を躍らせるのだった。


 そんなことを考えながらモンスター討伐をしているカイリのもとに、一人の青年が訪れる。その時カイリはとある大型モンスターと戦闘をしていたのだが、青年はその戦闘に突然介入してフィニッシュを奪い取る。


 このゲームにはノーダメージボーナスの他に、『フィニッシュボーナス』と呼ばれるものも存在している。効果はノーダメージボーナスと同じであり、二つが揃うことで経験値とレアドロップ率が急上昇する。

 戦闘に介入されたことでノーダメージボーナスの効果が薄れ、さらにフィニッシュボーナスは奪われた。通常モンスターとはいえ、こんなことをされて心中穏やかでいられるほど、カイリは大人ではない。


 カイリは剣を構えたまま青年を睨み付ける。青年もまた剣を構え、カイリに視線を向ける。左手に剣を持ったカイリと、右手に剣を持った青年、鏡写しのような光景だ。


「君が銀狼かい?」


 鋭い視線をカイリに向け、青年が問いかける。一触即発、まさにそんな雰囲気だ。


「人違いだ、じゃあな」


 カイリはそう言って青年から視線をそらし、次の獲物目指して歩き出す。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、いや、待ってください!」


 一触即発の空気を一刀両断したカイリに、青年が追いすがるに近づいていく。


「何だよ、いったい?」

「何だよって、君あの銀狼だろ? ギルド≪鉄の旅団≫所属の銀狼のカイリなんだろ?」


 異名だけならまだしも、名前まで呼ばれては認めないわけにはいかない。


「あぁ、そうだよ」


 カイリはめんどくさそうに、青年の問いに答える。面白い面倒事ならば大喜びなのだが、本当に面倒なだけの面倒事はご免被るというカイリにとって、青年の来訪を歓迎できるわけもなかった。


「やっぱりそうか。銀狼、実は君に頼みがあるんだ」

「頼み?」


 引き抜き工作か、それとも資金提供の依頼か、はたまたギルドへの加入希望か。カイリの名前が広まってしまったためか、ギルドに関する内容でも何故か役職を持たないカイリの下にやってくる者が多い。

 今回もその件だろうと、カイリはげんなりとした表情で青年を見つめる。


「あぁ、ダンジョンボス、『リザードラゴン』の討伐に協力して欲しいんだ」


 ダンジョンボスの討伐と聞いて、カイリの目の色が変わる。ダンジョンボスはゲームクリアの対象になる十三体のボスであり、迷宮のように入り組んだダンジョンの最深部に配置されたモンスターだ。


「ダンジョンボスだって? それは随分と面白そうな話だな」

「あ、あぁ」


 カイリの豹変っぷりに青年は気圧され、若干後ずさる。だかカイリはそんなことは気にせず、「早く話を進めろ」と青年を急かす。

 そんな二人の下に、巨大モンスターが襲いかかってきたが、ダンジョンボスの討伐に完全に心が移っていたカイリは、空気を読まないモンスターの行動にキレ、攻撃スキルである≪レイ・スラッシュ≫で一刀両断にしてみせた。

 ≪レイ・スラッシュ≫は≪レイ・ブレイド≫の強化版で、発動速度は変わらずに≪レイ・ブレイド≫以上の攻撃力を発揮するスキルだ。


 とはいえ様々な職業が持つ攻撃スキル全体から見れば、決して攻撃力の高いものではなく、人狼の攻撃力も平均より低い。だというのに巨大モンスターを一撃で両断してしまったカイリに、青年は驚きを隠せなかった。


 青年の名はゼイーダ、人間の魔法剣士だ。魔法剣士はその名の通り、剣による攻撃に魔法を付加して戦う職業だ。

 魔法は特性として、発動までに時間が掛かるように設定されており、魔法剣士も同様の特性を持っている。

 さらにスキルの多くはMPに依存するので、長期戦闘には向かないという欠点があるが、その攻撃力は全職種の中でもトップクラスである。


 ゼイーダは平均的なステータスを持つ人間であるが、攻撃力は人狼よりも上だ。つまり総合的な攻撃力ならば、圧倒的にカイリを凌いでいるはずなのだ。

 だというのにカイリは、ゼイーダが驚愕するような攻撃を繰り出してみせた。それだけでも、今のカイリの規格外さが分かるというものだ。


「話を続けようか、ダンジョンボスの討伐だよな?」

「あ、あぁ」


 あれほどの芸当を披露しておきながら、何事もなかったかのように振る舞うカイリに、ゼイーダはさらに気圧される。もしかしたら自分はとんでもない奴を相手にしているのかと、若干の不安を感じると同時に、頼もしさを感じて話を進めた。


「中央都市ザオーグから南西にあるダンジョンで、俺が所属するギルドメンバーが最深部にたどり着き、ボスであるリザードラゴンを発見したんだ」


「あそこか、あのダンジョンのモンスターのレベルは10~20程度だったな、ボスはもう少し高いんだったか?」


 カイリもそのダンジョンには様子見がてら、ふらりと立ち寄ったことがある。しかし当初の目的を忘れてダンジョン探索を楽しみまくり、数日という期間をダンジョン内で過ごしてしまった。

 アイ・ワールドにも空腹が設定されており食事も存在しているのだが、実在する肉体ではないので飲食をしなくても死にはしない。ダンジョン探索に熱中しすぎたカイリは、文字通り空腹も忘れて楽しんでいたのだ。


 アイ・ワールドでは八時間に一回だけ、最後に立ち寄った町や村に転移するという移動システムが使える。時間をくいすぎたことに気付いたカイリは、そのシステムを使って急いでダンジョンを脱出したのだが、数日間も行方不明になっていたカイリをギルドメンバーは大いに心配していた。


 ダンジョンにこもっている間、チャットやメッセージを大量に受信していたが、その全てに気付かず未読スルーしていたのだから相当だ。

 ダンジョンモンスターのレアドロップという土産を大量に持ち帰ったことから、何とかメンバー全員から許してもらえはしたものの、カイリは単独でのダンジョン探索をギルドマスターのシアから禁止されてしまった。

 そんなこんなでカイリはたった一度ではあるものの、そのダンジョン内のモンスターと戦った経験があり、そのレベルを記憶していたのだ。


「そうだ。ボスのレベルは25、序盤の敵としては強いことになるのかな」

「25か……」

(俺はともかく、俺以外のギルドメンバーは大丈夫か?)


 ノーダメージボーナスとフィニッシュボーナスで経験値を稼ぎまくっているカイリは、戦闘系ギルドのトップと比べても遜色ない能力を持っている。

 しかし≪鉄の旅団≫に所属するカイリ以外の戦闘メンバーのレベルは、他の戦闘系ギルドのメンバーに比べれば、とても高いとはいえない。

 装備品は序盤では一級品の物を使っているから、多少の底上げはされているだろうが、それでもボスに挑めるかというと疑問だ。


 メンバーのレベルが低いのなら、レベルアップをさせてから挑戦すればいいと思うだろうが、実はそう簡単にはいかない。

 アイ・ワールドのダンジョンは一度ボスが討伐されると、それ以降は全く別のダンジョンマップでフィールドが構成されるようになるのだ。つまりボスが討伐された後にダンジョンに入ると、それまでのダンジョンマップが全く役に立たなくなるのだ。


 リザードラゴンのダンジョンも、それで既に数回、ダンジョンマップが書き替えられている。今回も別のパーティがダンジョンの最深部にたどり着き、さらにボスの討伐に成功してしまえば、今のマップが役に立たなくなってしまう。


(レベルアップの猶予があればいけるか? それが無理ならメンバー構成と武装を厳選して……)


 カイリはボス戦を想定した構成を思案するが、ゼイーダはそれを知ってか知らずか、全く別の方向で話を進めだす。


「それでここからが本題なんだが、君には俺達とパーティを組んでもらいたい」

「どういうことだ?」


 突然のことに少々乱暴な口調で聞き返すカイリ、ゼイーダはそんなカイリの姿に少々気圧されつつ、意を決して話を進める。


「銀狼、君の所属する≪鉄の旅団≫は生産系で、戦闘能力は決して高くない。だが俺の所属するギルド≪煉獄の騎士団≫は戦闘系、強力なメンバーが揃っている。≪鉄の旅団≫が装備と君自身、≪煉獄の騎士団≫が人材を出し合えば、確実にボスを倒すことができる。ダンジョンは一度に入れる人数が制限されているんだ、なら最強のメンバーで望むのがベストだ」


 カイリ自身も思ったことではあるが、≪鉄の旅団≫は生産系ギルドで、戦闘メンバーの能力は決して高くない。

 そしてゼイーダが言ったように、アイ・ワールドに存在しているダンジョンには人数制限がかけられている。制限といっても規定人数を超えたらダンジョンが閉鎖されるというわけではなく、同一のダンジョンフィールドに入れる人数に制限がかけられているのだ。

 だからダンジョンボスの討伐は、メンバーを厳選して速やかに行う必要がある。ボス討伐を最優先に考えれば、ゼイーダの提案を呑むのが一番であるのだが……、


(つまんねぇ……)


 カイリにとって確実な勝利は、大して魅力的なものじゃない。確実な勝利を手に入れたいのなら、カイリは最初から戦闘系ギルドに所属している。

 しかしダンジョンボスの情報をくれた相手を、そう無碍にもできない。カイリは妥協案を探ろうとするが、ゼイーダがそんなカイリの考えを叩き壊す。


「最終的に君には≪煉獄の騎士団≫に移籍してもらって、≪鉄の旅団≫を傘下にしたいと考えている。銀狼、君だって今の自分の立場を、好ましくは思っているわけじゃないだろう? 君は生粋の戦士だ、生産系のギルドじゃ君の腕が泣く。大丈夫、≪鉄の旅団≫のメンバー達は俺が責任を持って説得するから、安心してくれ」


 今のゼイーダの言葉に、カイリの気持ちは完全に冷めた。カイリのことを本当に理解していれば、今のようなセリフは絶対に出てこない。

 カイリが序盤で生産系ギルドを作ったのは、強力な武器が手に入るからという理由だけではない。勿論理由の一つなのは確かだが、最大の理由は『戦闘系キャラクターを超える生産系キャラクターを育て、最強の生産系ギルドを作ることができたら面白い』という思いがあったからだ。


 ≪鉄の旅団≫に所属しているドワーフ達にも、カイリのこの思いに同調してギルドに加入した者が多くいる。

 途方もない話に聞こえるが、実はこれは不可能なことではない。カイリもギルド結成当初は知らなかったことだが、ドワーフという種族は戦闘能力には劣るが、アイ・ワールドに存在する全ての種類の武器を装備できるという特性を持っている。そしてその武器に対応したスキルも、魔法や各種族の持つ固有スキル以外なら全て扱うことができる。


 それはつまり、ある意味では人間以上の汎用性を持っているということだ。カイリがそんな面白い特性を持った種族を放って、別のギルドに移るなんてあるはずがない。

 一人でレアドロップ狙いの狩りをしているのも、勿論本人が楽しみたいという理由もある。しかしもう一つ、ドワーフの特性を知ったことでいてもたってもいられなくなり、ドワーフの育成に使う装備を用意するために奔走したのだ。

 そんなカイリの思いを完全に否定するようなことを言われ、カイリは怒り狂っていた。だがそんな心境とは裏腹に、カイリは楽しそうに微かな笑みを浮かべていた。


「悪いけど、そんなつまらない話には乗れないな。でもどうしてもっていうのなら、互いのギルドを賭けてそのダンジョンボス戦で勝負をしないか? ≪煉獄の騎士団≫が勝ったら、移籍でも傘下入りでもしてやる。でも、もし≪鉄の旅団≫が勝ったら、≪煉獄の騎士団≫に傘下入りしてもらう。どうだ?」


 カイリの言葉を聞いて、ゼイーダは完全に理解した、この男はヤバイと。生産系ギルドが戦闘で、戦闘系ギルドに戦いを挑んだのだ。装備にはアドバンテージがあるとはいえ、普通ならばあり得ない。

 というよりも、創設者の一人であるとはいえ、ただのヒラメンバーであるカイリが、ギルドを賭けの対象にすること自体があり得ない。だというのに、カイリは楽しそうに賭けの内容について話し始める。


「確かあのダンジョンの制限人数は十人だったな? なら互いのギルドからフルパーティを一つ出して、ダンジョンボスと戦う。その戦闘でより多くの功労者を出した方が勝ち。どうだ?」


 功労者は五人まで選出されるので、普通ならば引き分けになることはない。ギルド同士で勝敗を競うなら、理にかなったルールといえる。


「あとはそうだな、原則として相手ギルドメンバーを直接攻撃するのは禁止ってルールも入れておくか」


 戦闘フィールドやダンジョンであれば、他のプレイヤーへの攻撃も可能である。尤も無差別攻撃系のスキルや魔法でない限り、意識的に狙わなければ攻撃は通らないが。

 カイリの提示したルールを聞いたゼイーダは、その考えを読み取ろうと必死になる。

 もしも相手ギルドメンバーへの攻撃禁止というルールがなければ、カイリが≪煉獄の騎士団≫のメンバーに攻撃を仕掛けることでHPを削り、戦闘継続を不可能にすることもできる。そうすれば≪煉獄の騎士団≫の勝ちは一気に薄くなる。


 回復手段の乏しいこのゲームでは有効な手段だ。回復アイテムは確かにあるが回復量は多くなく、使用するにはウィンドウ操作が必要になり、戦闘中の回復手段としては向かない。

 そんな勝利の可能性を、カイリは自ら潰してしまった。尤もカイリの性格して、勝つ方法として思いつこうとも、実行しようとは決して思わないが。


 そんなことは全く知らないゼイーダが最初に考えたのは、カイリのレベルが既にリザードラゴンを大きく超えているという可能性だ。

 カイリは高速型でありながら、巨大モンスターを一撃で倒してみせた。レベル的にはゼイーダを完全に圧倒していると考えていい。そこに強力な装備が加わることで、戦場を支配しようと考えていると。

 だが、それだと一つ大きな問題がある。勝敗は功労者の数で決まるのだから、たった一人がどれだけ強くとも、勝負に勝つことはできない。


(まさか、装備の性能で勝てると思っているのか?)


 ゲームにおいて、装備品の性能の差はきわめて大きい。だからといって、それだけで戦場を支配できるというわけではない。

 このゲームは稀にではあるものの、モンスターによるレア武器のドロップも行われる。序盤で手に入るレアドロップ武器の性能は、生産武器に劣り数も圧倒的に少ないが、≪煉獄の騎士団≫もいくつかレアドロップ武器を所持している。勿論、戦闘メンバーに潤沢に行き渡るほどではないが、ワンパーティ分はある。

 つまり≪鉄の旅団≫は装備面でのアドバンテージはあるが、絶対的なものではないということだ。カイリはそんな状態で勝負になると、本気で思っているのか。


 不穏な気配を感じつつ、ゼイーダはどうするべきかを考える。ゼイーダはギルド内ではそれなりの地位にはいるが、ギルドを賭けの対象にできるような立場ではない。しかしこの勝負に勝つことができれば、現段階で最高クラスの生産系ギルド≪鉄の旅団≫と、同じく最高クラスの剣士である銀狼の両方を手に入れることができる。しかも賭けの内容は≪煉獄の騎士団≫が圧倒的に有利だ。


「……いいだろう、その勝負乗ったぞ」


 不安は確かにあるが、このチャンスをものにしようと考えたゼイーダは、カイリの提示した条件を呑んだ。

 この僅か数日後、≪鉄の旅団≫の名はゲーム中に知れ渡ることになる。それがどんなかたちであるのか、それはこの時点ではまだ誰も知らない。

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