第4話 金髪の妖狐
仮想現実世界での永住を賭けたゲームが開始されて二週間、カイリ達は戦いに明け暮れていた。
ゲーム開始当初はいさかいも多かったが、この二週間である程度落ち着いてきた。
そんな中、暗黙の了解として一つの動きが取られるようになった。……自分たちの呼び名である。
白衣の男は彼等のことをインコンプリーターと呼んだ。しかし彼等は一貫して自分たちをプレイヤーと名乗った。
それは『自分たちは存在している、自分たちの意思でこのゲームをプレイしている』という意思の表れであり、覚悟だ。
プレイヤー達は早くゲームをクリアし、安住の地を手に入れようと必死になっていた。
そんな中でカイリは自分にヒーラー職が付加されたことを誰にも言わず、このゲームを進めていた。パートナーと呼ぶべき存在となったシアにすら、そのことを黙っていた。
このゲームでは自分のシステムウィンドウを、他の者に見せることはできない。だからあの場で自分にヒーラー職が付加されたことを、周囲の者達に示すこともできなかった。
勿論、実際にヒールを使えば証明することはできるが、自分につられて多くの者達がヒーラーとして名乗りを挙げるようなことになれば、大きな混乱になることは十分に予想できた。
ゲーム開始早々に無用の混乱を避けるため、カイリはあえて自分にヒーラー職が付加されたことを黙っていた。
……というのは建前で、本当はヒーラーとして回復に専念するよりも、前線で思い切り戦った方が面白いと思ったからに他ならない。
もしもあの場でカイリがヒーラーとして名乗りを挙げ、それを証明したら、完全に回復役に回されることは十分に予想できた。楽しむことを最優先に考える彼にとって、それは拷問以外の何ものでもない。
だからカイリは自分にヒーラー職が付加されたことを隠したのだ。
それに名乗り出た六人のヒーラーの中に、最低でも一人は偽者がいる。そういう状況もまた面白いとカイリは考えていた。
どうやって周りに自分がヒーラーだと思い込ませるのか、自分も騙してくれるのか、本当に楽しみで仕方がなかった。
名乗りを挙げた六人のヒーラー達は既にギルドを結成、もしくは所属し、そのギルドは序盤にして大きな規模のものとなっていた。
このゲームのギルドにはランクがあり、最低ランクのE~最高ランクのSSまで、計七ランクの階級が存在する。ヒーラーを有するギルドは、既にCランク以上になっていた。
ゲームクリアを目指す者達は、ヒーラーが在籍するギルドに所属しようと躍起になり、様々なコンタクトを行っている。
そしてそれは、このゲームで大切なもう一つの要素を見落としていることに他ならなかった。そのことに気付いていたカイリを含む数名は、すぐさま別の方向性のギルドを立ち上げた。そのギルドこそが職人ギルドである。
MMORPGで大切なのはヒーラーだけではなく、武器や防具も重要な要素となる。そして高性能な武器や防具を専門に作る者も、MMORPGの世界には多く存在している。
ヒーラーの争奪戦が行われている最中、一部の者は生産系の能力を有していそうな者達を探し、勧誘を行った。
その時のカイリ達は知らぬことであったが、元々戦闘能力に劣っている生産特化型のドワーフは、ヒーラーやそれに取り入ろうとする者達からは見向きもされぬ状態だった。
そんな幸運にも助けられ、カイリを含むその一部の者達は見事に職人を囲い込むことに成功した。そしてカイリはギルドマスターをシアに押しつけ、職人ギルド≪鉄の旅団≫とそのサブギルドを作り上げた。
ギルドランクが低い内は、ギルドに加入できる人数も少ない。だから複数のギルドを作り、メインギルドのランクが上がったところで、姉妹ギルドから人員を補充する方式を取っている。
メインギルドである≪鉄の旅団≫のランクはD、メンバー上限は三十人。戦闘系を五人有し、それ以外は全てドワーフで構成されている。サブギルドも似たようなもので、大半はドワーフだ。戦闘メンバーはサブギルドも含め、僅か九人しか在籍していない。
元々このゲームの種族には比率があり、人間が最も多く、エルフが最も少なく設定されている。そしてドワーフは全種族中三番目に少ない希少種族だ。
そのドワーフをカイリを含む一部の者達で、ほぼ独占状態にしてしまった。ヒーラー所属のギルドは近いうちに、職人の不在に嘆くことになるだろう。
その時、いったいどんなことが起きるのか、カイリは楽しみで仕方がなかった。
「あの、カイリさん……」
ギルド結成時に与えられるギルドホール内で、近い将来に起きるであろうヒーラーギルドと職人ギルドの抗争に心躍らせていたカイリに、一人の少女が話しかける。
全種族中二番目に少ない超希少種族である妖狐の少女、紗姫だ。ふわふわとした金髪、そして狐耳と尻尾が特徴的で、外見年齢は十二歳程度といったところだ。
ゲームとしてみれば一般的ではあるが、キャラクターの名前はカタカナだけではなく、漢字やローマ字、ひらがなが使われている場合もある。
また亜人の外見は様々で、カイリのように人間に近い外見をしている者もいれば、紗姫のように基となっている生き物の特徴を濃く受け継いでいる者もいる。
妖狐とドワーフの二種族は他の種族とは違い、完全に専用の職種が用意された特殊な種族である。そんな妖狐である紗姫の職業は呪術師だ。
呪術師は魔法に近い特性を持ったスキルを使う職業で、敵への妨害を得意としている。また魔法のようにMPを消費して発動されるものではなく、一般の攻撃スキルと同
様で、使用後に再使用時間が課せられる設定になっている。
MPに依存しないので長期戦に強く、スキルの使い勝手もいいのだが、攻撃系の呪術は全般的に威力が低いという欠点がある。
紗姫はヒーラー争奪戦時に一人でオドオドとしているところを、幸運か不運かシアに見つかり捕獲された。シア曰く『超可愛いから家の子にする』とのことだ。
「どうした、紗姫?」
「ど、どうして私が戦闘部隊の副隊長なんですか? 無理ですよ、絶対。カイリさんがやってくださいよ」
紗姫は狐耳をへにゃへにゃと萎れさせ、涙ながらにそう訴える。
システムには組み込まれていないが、≪鉄の旅団≫には部署的なものを作られており、一部のメンバーに役職が与えられている。まずシアがギルドマスター兼戦闘部隊隊長であり、紗姫は戦闘部隊の副隊長となっている。
何故こんなことになったのかというと、まず≪鉄の旅団≫のギルドマスターを決める際、カイリとシアは互いにギルドマスターを押しつけあっていた。
その時カイリが『俺がギルドマスターになったら紗姫を自分の下に置いて、シアとは会わせないようにするぞ』と脅迫したのだ。
紗姫は元々シアが気に入って引き入れたメンバーであり、会えなくなっては困るとシアはギルドマスターを引き受けた。そして紗姫を自分の下に置いて、いつでも一緒にいられるようにしようとした。しかし仮にも生産系ギルドである≪鉄の旅団≫のギルドマスターとサブマスターの両方を、戦闘系種族にするわけにはいかない。
そこでサブマスターにはドワーフを置き、ギルド内部に新たに戦闘部隊を創設、自分を隊長にしてその下の副隊長に紗姫を置いたのだ。
勿論、戦闘部隊があるのだから生産系の部署も存在しているが、戦闘系のカイリがそんな部署に入れるはずもない。
こうしてギルドマスターとサブマスター、さらに各部署の役職が全て埋まったことで、カイリは晴れてヒラメンバーとなり、自由奔放にこの世界を楽しんでいた。
「いや、無理。俺、人を指揮するとかできないし」
カイリは紗姫の涙ながらの訴えを、一切の容赦もなく、ばっさりと切り捨てた。
実際のところは相当な指揮能力を発揮することも可能だろうが、人を動かすよりも自分を動かして戦う方が好きなカイリにしてみれば、指揮官クラスの役職は邪魔なものでしかない。尤も、それだけで紗姫が副隊長になっているのを黙認しているわけではないが……。
「そんな、私の方がずっと無理ですよ。お願いですから、代わってください」
狐耳どころか尻尾まで完全に萎れさせ、必死にそう訴えるが、カイリは意に介さない。
「じゃあ俺が戦闘部隊の副隊長になったら、紗姫が素材収集してくれるのか?」
「う……」
素材収集、役職としてあるわけではないが、カイリは武具の素材になるアイテムの収集を独自に行っている。いや、素材収集を目的としているのかは疑問ではある。
たまに……いや、頻繁に一人で姿を消しては、ふらりとギルドホールに戻ってくるのだ。その行動は他のギルドメンバーにしてみればあまり好ましいものではないが、戻ってくる際にカイリは希少な素材を大量に持ち帰ってくるので、生産系ギルドとしては文句を言うことができない。
実はこのゲームには『ノーダメージボーナス』と呼ばれるものがあり、モンスターをノーダメージで倒すことで、経験値とレアドロップの確率が上がるように設定されているのだ。
回避能力に優れるカイリは、そう簡単にダメージを受けることもなく、レアドロップで大量の素材を手に入れているのだ。
このボーナスにはある特性があり、少人数で達成することで、ボーナス効果が増加するのだ。
何故こういったシステムが採用されているのかというと、複数のプレイヤーが集まり、総力をあげて一体のモンスターを攻撃すれば、比較的容易にノーダメージで勝利できてしまう。こういった方法での経験値稼ぎやレアアイテム収集を抑えるため、大人数で達成しても効果が薄くなるように設定されている。
尤もカイリにとっては願ってもいない、最高の設定といえるのだが。
カイリが持ち帰った素材によって職人達は高性能な武具を数多く作り出し、生産系スキルのランクを高め、さらにギルドの財政も支えている。
ギルド創設二週間にして、カイリの存在は必要不可欠なものになっていた。そんなカイリの代わりを務めるなんて、とてもじゃないができないだろう。
「まぁ、シアと一緒に頑張れば大丈夫だ。呪術師は後方支援型、全体を見て指揮をするのに向いているからな」
そう、見た目が完全に子どもである紗姫が戦闘部隊の副隊長という立場にいて、誰も何も言わないのがこのためである。超希少種族の妖狐であり、呪術師という支援型の職業を持っていることから、指揮官クラスの地位にいても特に誰も何も言わないのだ。
決して副隊長という地位でオロオロとしている姿が可愛すぎて、ギルドの癒しとして祭り上げられているとか、ましてやいじめて楽しまれているなんて理由ではない。
最低限、カイリ以外はそんなことは思っていない……はずだ。
「なら、カイリさんも私が副隊長として相応しくなるように、手伝ってくださいよ」
「分かった、ちゃんと手伝うよ」
カイリは楽しそうに笑いながら、そう返す。この娘にどんな最高に面白い戦術を教え込もうか、それもまたカイリの楽しみの一つとなっていた。
これがギルド≪鉄の旅団≫の日常風景の一端、自由奔放快楽主義者のカイリに影響されたのか、このギルドの雰囲気は常に軽いものになっている。
しかしそれに文句を言う者は誰一人としていない。
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