第2話 ゲームスタート

 気がついた時、少年が立っていたのは、石の壁に覆われた薄暗い空間だった。視界の端には『カイリ』と表示され、その下に一本のゲージバーらしきものが存在している。

 カイリというのは少年のキャラクターネームで、その下のゲージバーはHPゲージなのだろう。MPゲージが見あたらないことから察するに、魔法タイプのキャラクターではないのだろう。


「カイリ……か」


 少年は自分の名前を呟くが、特に何かを感じるということはなかった。自分で決めた名前でないことから、もしかしたら本名かもしれないと考えたが、システムがランダムで決定した名前なのだろうと考察し、そのまま考えるのをやめた。

 カイリが左手を宙にかざすと、小さなシステム音と同時にウィンドウが表示される。


(便利だな……)


 正面に現れたウィンドウには、『ステータス』『スキル』『装備』『アイテム』などが表示されている。まず確認するべきはステータスだろうと、カイリはステータスの項目をタッチする。

 再び小さなシステム音を放ち、新たなウィンドウ画面が立ち上がり、カイリのキャラクター情報が記される。

 当然だがレベルは1、種族は人狼で職業は剣士、ステータスはスピードが最も高く、防御力が低い。


(スピードタイプか、ラッキーだな)


 ステータスから察するに、敵の攻撃を回避しつつ近接戦闘を行うタイプなのだろう。敵の攻撃を防御するよりも、回避する方が面白そうだと思ったカイリは、自然と頬を緩ませる。

 次にスキルを選択し、ウィンドウを切り替える。

 スキルウィンドウには『戦闘スキル』『固有スキル』『生産スキル』『生活スキル』の四つが表示されている。『魔法』がないことから考えて、やはり魔法が使えないか、使うには何か条件があるのだろう。

 カイリは早速戦闘スキルを確認するが、レベル1では強力なスキルなんてあるはずもなく、≪レイ・ブレイド≫と≪ムーヴ・スラッシュ≫という二つのスキルしかなかった。

 それぞれのスキルの説明を見ると、スキル発動は二つとも発動はほぼ速射、再使用までの時間も数秒程度と短い。

 剣士という職業の特性なのか、それとも人狼という種族の特性なのか? どちらにしても、カイリの戦闘スタイルは決まった。

 次に固有スキルを確認する。固有スキルは種族専用の特殊なスキルである。初期段階では何も習得していないが、レベルを上げることで様々な効果を持ったスキルを習得することが可能だ。

 そのまま生産スキルと生活スキルも確認するが、特にめぼしいスキルはなく、ウィンドウを閉じる。

 続いて装備の項目をタッチし、再びウィンドウを切り替える。ウィンドウには現在の装備とその説明、そして自分の姿らしいアバターが表示される。

 武器や防具は既に装備されているが、見た目も安っぽく性能も大したことない物ばかりだ。カイリは小さくため息をついて、アバターに視線を移す。

 そこには跳ね上がった銀髪に金色の瞳、十代半ばくらいの少年の姿があった。

 人狼というから狼の耳でも着いているのかと思ったが、特にそんなことはなくパーツ的には人間そのままだ。でも確かに狼を連想させる、そんな姿だった。

 そして最後に、大した期待もせずにアイテムの項目をタッチし、アイテムウィンドウを表示させる。そこにはカイリの予想通り、回復数値の低いHPポーションが五つ入っているだけだった。

 元々期待もしていなかったから気落ちすることもなく、ウィンドウを完全に閉じる。

 一通りの確認を終えたカイリは、装備されている剣を左手に持ち、適当に振り回してみる。

 特に違和感もなく剣を振り回すことができたところで、ウィンドウ操作も左手で行っていたことを思い出した。


(俺、左利きなのか?)


 自分の利き腕も覚えていなかったが、無意識に左手を使っていたことからも、自分は左利きなのだろうと納得した。

 そもそもゲームを進めるうえで、利き腕がどちらであろうと対して影響はない。

 そんな風に考えながら周囲に視線を走らせると、大きな扉のようなものを見つける。おそらくあれがチュートリアルステージの入り口なのだろう。

 カイリは扉の前まで近づくと、巨大な音をたてながら扉が開いた。扉の先には薄暗い通路が続いており、冷たい空気がカイリの身体を覆う。

 カイリは意を決して通路の先へと歩みを進める。どんな敵がいるかは分からないが、これから始まる戦いに彼の心は躍っていた。

 しばらく歩みを進めたところで、小さな人型のモンスターが現れる。大きさはカイリ自身と大して変わらないが、青い肌に大きな目、明らかにモンスターだと分かる外見だ。

 モンスターの頭上には『ブルー・オーガ』の名前と『Lv.1』という表記、そしてHPバーが表示されている。

 カイリは臨戦態勢を整え、左手に持った剣に意識を集中させる。するとカイリの視界に、ターゲットマーカーのようなものが表示される。


(スキル……か?)


 さらに意識を敵に集中させ、一気に突っ込む。するとカイリの身体はもの凄いスピードで敵へと向かい、そのまま高速の斬撃を打ち込んだ。

 超高速の移動斬撃≪ムーヴ・スラッシュ≫、剣士専用の攻撃スキルで全職業が最初期に所持している攻撃スキルの中で、最速の攻撃速度を誇るスキルである。

 予想外の速度が出たことに驚いたカイリだが、戦いの高揚感から瞬時に状況判断を行い、次の行動を導き出す。

 ≪ムーヴ・スラッシュ≫によって振り切った剣にさらに意識を集中し、すぐさまスキルを発動させ、二度目の斬撃をブルー・オーガに叩き込んだ。

 光り輝く斬撃≪レイ・ブレイド≫、≪ムーヴ・スラッシュ≫と同じく剣士専用の攻撃スキルだ。攻撃力は決して高くないが、最初期攻撃スキルの中で最速の発動速度を誇る。

 ≪ムーヴ・スラッシュ≫によって大ダメージを受けていたブルー・オーガは、≪レイ・ブレイド≫の一撃で絶命し、その場で霧散した。

 その直後、カイリの目の前に小さなウィンドウが表示され、入手した経験値・アイテム・金貨枚数が表示される。

 といっても経験値と金貨は大した数値ではないし、アイテムも大したものは手に入っていない。

 しかしカイリは『こんなものだろう』と思い、そのまま歩みを進める。チュートリアルステージとはいえ、高速型である自分の攻撃スキル二発でモンスターを倒してしまったことに、少なからず物足りなさを感じていた。

 このチュートリアルステージはソロプレイになっているから、回復型や支援型に配慮しての設定なのだろうと考察し、さっさとステージクリアを目指すことにする。

 その後もたびたび現れるモンスター達を倒していくカイリだが、少しでも楽しんでプレイしようと考え、途中からスキルを使わすに戦う戦法に切り替えていた。

 そんな戦い方をしながらカイリは、このゲームの回避行動について考察をしていた。

 通常のMMOならば、キャラクターの速度をもとにしてシステムが回避判定を行う。だがVRMMOは違う。

 モンスターが繰り出す攻撃を自身の回避行動で躱し、躱せなかった攻撃は全て命中する。自身の攻撃も同様で、剣がモンスターの身体に当たれば、百パーセント命中と扱われる。

 回避動作のスピードはキャラクターのステータスによって増減するが、攻撃を察知する反応速度はステータスによるのアシストを受けない。つまりVRMMOの回避行動は、個人の力量が大きく影響するのだ。

 最初こそこのシステムに苦戦したカイリだったが、すぐに攻撃を躱す楽しさに目覚め、速度型の真骨頂とでも言いたげに神回避を連発するようになった。

 勿論、カイリだけ特別にシステムのアシストを受けているなんてことはない。移動速度はステータスの影響を受けて通常よりも高いのは確かだが、攻撃の見切り自体は彼自身の能力で行われていた。

 暴風の中を舞う木の葉を連想させる、力強く流麗な動きで多くのモンスターを屠ったカイリの目の前に、『WARNING』の文字が現れる。


(お、ボスか? ようやく面白くなりそうだ)


 それなりの楽しみを見つけながら戦ってきカイリだったが、物足りなさを感じ続けてきたのもまた確かだった。そんな中で現れたボスに、彼はもの凄いやる気を見せていた。

 カイリが剣を構え臨戦態勢を整えたところで、彼の眼前に巨大なモンスターが現れた。大きさはカイリのおよそ二倍、巨大な大剣を携えている。

 名前は『レッド・オーガ』でレベルは3、速度ではカイリに分があるだろうが、リーチでは完全に負けている。おそらく攻撃力もカイリよりずっと上だろう。


「なかなか強そうだな、楽しませてくれよ」


 そう言った直後、カイリは≪ムーヴ・スラッシュ≫で距離を詰めつつ攻撃を加え、返す刀で≪レイ・ブレイド≫を放つ。

 カイリの攻撃を受けてレッド・オーガも反撃行動に出るが、カイリはその攻撃を難なく躱し、すぐさま反撃に移る。

 レッド・オーガは幾度となく攻撃を放つが、その全てがカイリを捉えることなく空を切る。

 小さく笑みを浮かべながら戦うカイリは、レッド・オーガの姿を見た瞬間にこうなることをある程度予見していた。


 大剣はリーチが長く攻撃力も高いが、その分動作が大きくなる。高速型で回避能力に優れるカイリに、レッド・オーガが放つ大振りの攻撃がそう簡単に当たるはずもない。

 だが仮にもボスを名乗るようなモンスターが、切り札の一つも持たないなんてことはないだろうと、自分の予想を超える攻撃が来ることを信じて戦い続ける。

 目の前のモンスターが放つ最強の一撃を捌き、反撃を与えてやると意気込んでいた。

 しかしカイリが望むような攻撃が来ることは一切なく、レッド・オーガはカイリのHPを全く削ることもできずに霧散していった。


 カイリはその光景を呆然となりながら見つめ、周囲に響き渡るレベルアップのファンファーレを聞いた。

 いくらチュートリアルステージとはいえ、ボスがあんな単調な攻撃を続けるだけのシステム設定だとは思っていなかったカイリは、つまらなそうに剣を鞘に収めた。

 チュートリアルステージをクリアしたカイリの目の前に、光り輝く魔方陣のようなものが現れる。ダンジョンクリア後に現れる転移魔方陣であり、陣の中に入ることでダンジョンから出ることができるものだ。

 それを見たカイリは『本当にこれで終わりなのか』と、ガッカリした表情で魔方陣の中に入っていた。そして魔方陣はその輝きを増し、カイリを飲み込んで消えた。

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