閑話 領主不在の子爵邸


 昼間の蒸し暑さから一転して肌を刺すような寒さ。誰もが眠りにつく深夜。

だが、フラーズ王国南西に位置するフリューゲル領の領主邸宅の執務室にはまだ明かりが灯っていた。


「おいロイ、ペースが落ちてるぞ」

「無茶言うなよグリフィス!?外見てみろよ!」

「なんてことのない夜じゃないか」

「夜だからだよ!あと何枚の書類とにらめっこすればいいんだよ!」


 ロイと呼ばれた片方の男が血眼で書類に目を通していた。もう一方のグリフィスと呼ばれた男は一切手伝わずにただ監視してるだけである。時折睡魔に負けてしまい目を閉じるロイをグリフィスはサボりと断定して制裁にかかる。


「まったく、こっちの身もなってもらいたいな」

「いやこっちの身になってもらいたいわ!」


 邸宅の執務室で作業をしているロイだが、この男は領主ではない。ではグリフィスは?こちらも領主ではない。領主であるフリューゲル子爵は現在進行形で行方をくらましている。理由は外部には一切語られておらず、その真実を知る者にも徹底した箝口令が敷かれている。

 そして領主不在の間の穴埋めとして子爵領の序列二位のロイに白羽の矢が立ったというわけだが現状がこれである。


「俺は感謝はされても恨まれることはしてないはずだがな、そもそもこんなことに付き合わされなければ今頃は三日前の沖合での爆発の調査をしているというのに」

「へーい悪うござんしたよ。」


 そんな中、目付け役としてグリフィスが選ばれた。というよりも必然的にそうなった。グリフィスもまた子爵領の序列三位の立場にあり現状ロイに対等に接することが出来る者のなかで最も『怒らせたくない』人物だったからである。


「あと三回目を閉じたら殺すぞ」

「お前はホントにやるから怖いんだよ!」

「ほらあと一回、気を付けろよ?」

「瞬きも許されないの⁉」


 少しでも怠けるそぶりを見せれば即座にグリフィスが介入する。

眠い、働けのやり取りは日付が変わってから既に二十四回目である。

しかしこのような状態が始まって二ヶ月以上、ベクトルは違えど両人の忍耐は限界に近付いていた。


「あああぁぁ!そもそもなんで俺が一人で作業しなきゃいけないんだよぉ!グリフィス、今更だけどお前手伝ってくれよ!」

「ほう?あの人がいた頃、『あ~そういったものは文官の逸材を探して育てるべきであって武人肌の人間には似合わないぞ。そういったものは領主じきじきに目を通すべきだしとりあえずはお前一人で頼むわ』などと意味不明の理屈を並べて怠惰の限りを尽くしたのは誰だったかな領主代行の元ナンバー2さん?」

「うわーそんなひどいやつがいるなてしらなかったなー。そんなやつをみならっちゃだめだぞ、現ナンバー2さん!」


 威圧的な態度を崩さないグリフィスと何とか逆鱗に触れないよう受け流すロイ。

お互いに鬱陶しがっていても会話が途切れることは決してない。グリフィスにとっては地獄のような監視の暇つぶしに、ロイにとっては地獄のような作業からの逃避に欠かせないものとなっている。

 そうしてさらに時間が経過し、ついに最後の一枚に手がかかった。


「終わったぞぉぉ!」

「……確認した。問題点はない、終了だ」

「いよっしゃあぁぁぁ……ぁ?」


 歓喜の声を上げるロイ。しかしその眼前にドスンという音を立てて積み上げられる書類の山。


「おはようございます領主代行」

「いやだぁ!アマトー!早く帰ってきてくれぇェェェ……!」


 フリューゲル子爵領は爽やかな朝を迎えた。

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