20話 最終試験にて
アマト・フリューゲルの参戦、傍から見ればドラマチックな展開だが当事者の誰からしてもいいことではなかった。
「さあ、来ると良い。その身で証明してみせろ」
杭で造られた場は統合して倍近くの広さへ、より立ち回りが重要になる。
アマトが手を加えたルールはそれ以外に一対三の変則的な対決、そしてアマトは一切の武器を手にしないというものだった。
代わりにかすり傷一つでの勝利条件を変更し『衣服に傷が付いた』時に残っていたもの全員を合格にするという更に難易度を下げただけでなく更にアマトは一切の武器を放棄した上での試験となった。
これには獣人二人は馬鹿にされているのかと怒りを覚え、ザンドラの剣闘祭でアマトの戦いを目にしたフィリアでさえ疑問を抱く。
「どう思う?」
「そうですね、負けは皆無としてもどうされるつもりか……隊長?」
リムは今までの態度からまた一転して毒気を抜かれたように意気消沈している。
ここまで見事なタイミングでどんでん返しを受けてはもう彼女にできることは何もない。
とは言っても頭を抱えて蹲るような真剣に落ち込んでいるわけではなく全身を脱力させ休息しているという表現の方が近しい。
結局の所、リムにとってフィリアという亜人は期待できる中の一人という評価で
「諦めろ、アマト様の決定を覆せはしない。後は祈るんだな」
「祈る……か」
「あの、リムさん。疲れてるなら部屋で休んでも……」
「ううん、最後まで見ていくよ」
こうなった以上は後はフィリア次第。
「ルールは基本そのままだが、フィールドはそれまでの倍以上。立ち回り、戦術がより重視される。三対一になったところで相手に勝ち目はないな」
それまでリムの一撃で気を失いグリフィス達四人の腰掛になっていたロイが不意打ち気味に考察を口にする。
「なんだ、ロイさん居たんですか」
「居たよ!いつの間にか寝てたけどずっと居たよ!」
どうやら気絶する前の記憶は失っているらしい。それをいいことに全員がロイで遊びだす。
「ロイさん、ほっぺ腫れてますよ。虫歯ですか?」
「えっ!嘘!?」
「少し黙ってろ。殺すぞ」
「またかよ!」
「動かないで、殺しますよ?」
「俺は何回殺されるんだよ!?…………てかどけよ!」
どんなにぞんざいな扱いを受けていても、『ロイだから』で済まされるのがウィルゼールの日常の一コマだ。
「あの……」
「気にするな……始めよう」
そんな奇妙な風景を横にアマト対フィリア達の戦いが始まる。
護衛志願というだけのことはありそれぞれ、勿論フィリアも武器の選択は取り回しの良いナイフを中心にこの戦いにおいてほぼ最適解に近い複数の種類をの暗器を隠し持っている。構えもそれまでの素人とは違いしっかりと狙いを定めている。
「行くぞ」
だがそれが通用するのは常人のみ。剣を放ち、身軽になったアマトは一瞬で10メートルはあるだろう間合いを詰める。その軌道の直線上にはフィリアがいた。当の本人もそうだろうと構えを強める。
あと1秒待たずにナイフの射程圏内に入るといったところで、アマトは軌道を90度転進した。
「……え」
本当にアマトが最初の標的として狙ったのはフィリアではなく、前方に出ていた猫型の獣人。元々の策として相手からの攻撃を待って対処することがこの試験での上策に思えた。相手は腕のリーチが攻撃範囲、服に傷を付ければいいというルールなら相打ち覚悟で打たせればいい。殺し合いでないならばその戦術は正しいが、その理屈はアマトには通用しなかった。
一瞬でアマトの射程に自分が入ったことを理解する前に体が動き、正面から得物を突き立てる。それをアマトは全身を地面と水平に、まるで鳥が低空飛行をする様に倒し股下を潜り抜け回避する。そして体制を立て直し脇腹に一撃を与えた。
「こんなものか……」
断末魔すらあげること無く猫型の獣人は倒れた。アマト自身の手で場外に退場させられ、残るはフィリアともう一人の獣人。
フィリアと残った獣人二人共に今の数手の攻防で理解した、守りの一手では勝ち目が無いと。
「あと二人……」
「うっ……」
戦意が削がれていることを確かめるとゆっくりとアマトは歩を進める。
次に動いたのはフィリア、今度こそ彼女には迷いは無い。勝つ、勝って望む世界を手に入れるのだ。
手にした四本のナイフをアマトへまっすぐに投げつける。
「単調な」
それをアマトは自身の背丈の四倍はあろうかという跳躍で回避する。
残ったもう一人の獣人は人間がそんな動きをできるということに驚く。
だがフィリアは予想通りにいったと勝ちを確信した笑みを浮かべ、懐から取り出したもう一本のナイフを自由落下直前のアマトへと投げつける。
剣闘祭でアマトの動きを見たフィリアだから出来た先読み。ナイフは狙いと寸分の違いも無くアマトの胴へ向かう。
「ほぅ……」
「嘘!?」
本来なら胸に刺さるはずだった一撃は空を切った。ナイフが当たる直前、アマトは後方に身体を翻し急降下。
アマトが何をしたのか、今のフィリアには分からなかった。だが事実としてアマトは空中で今の追撃を完全回避したことを認め防御の構えに戻る。
「案外腕は立つらしいが、次はどうかな?」
そう言ってアマトが再び間合いを詰めてくる。狙いは残った獣人。もちろん彼も今度自分が狙われないなどと甘い予測はしない。隠し持ったナイフを何時でも抜き取れる状態にして
それに対してフィリアは距離を取るよりも挟み討ちの形にして積極的に攻める選択をした。
「おっと危ない」
だが又してもそれが裏目に出る。
後ろからの攻撃もまるで話にならないと暗に示すように振り向きざまに両腕を掴み自身の正面に投げフィリアの身体で視界が遮られた次の瞬間、アマトが助走をつけて蹴りを繰り出す。
「うぐふっ……!」
フィリアは間一髪のところで躱したがもう一人は残念ながらまともに胴体に喰らい場外に飛ばされた。
「痛……!」
「ほら、終わりだ」
残り一人となってしまった上、派手な動きで無駄に体力を消耗したフィリア。息の乱れこそ無いが身体を支える足に震えが見える。
「これで決まったな」
「今度も決まらないかぁ」
二人が脱落しアマトの勝利が確定したも同義の状況に至りグリフィスとロイが真逆のようで同じ意味の言葉を残念そうに呟く。ランディアとリンディスも同じく、最早見る必要は無いとロイの背中から立ち上がろうとする。
「まだだよ」
だが観戦者の中で一人だけ、リムだけはこれで終わらないと感じていた。
「リムさん?」
「ここから何かが起きる」
それは女の勘と言ってしまえばそれまでだが、フィリアの目を、一点の曇りも無い眼を見てそう直感した。
「無駄だよ」
事ここに至ってアマトの戦い方が悪辣になってくる。
一対一のこの状況下で肝心のフィリアは決定打を持っていない。残った武器は手に持ったショートソードが一本、懐に隠したナイフが腰の左右に一本ずつ、それだけだ。
それを見越して格闘だけでフィリアを圧倒する。隙を見て剣で突いても瞬時に足払いで動きを止める。
「君では無理だ。そう認めるんだな」
アマトの真意はフィリアの意志とどこか美化され、歪んだアマト・フリューゲル像を今度こそ完全に砕く事にある。
フィリアが自身と共に在りたいと望むならばこの試験を落としてもリムやノルンの助けを借りてこちら側に来ようとするだろう、それを根底から覆さなければならない。
「さあ、早く諦めてくれないかな?」
だからこそ生かさず殺さずの戦法を取っている。フィリアの側からもう嫌だと言うまでこの試験での生殺しは続くだろう。
「諦める?お断りします」
それまで身体を動かす事に専念していたフィリアが口を開きアマトの思惑通りにはならないと力強く言い放つ。
「貴方が私を失格だするつもりが無いなら、勝たせてもらいます!」
「……黙れ」
今度こそ諦めると思っていたアマトにはっきりと自分の言葉を突きつけたフィリア。
その言葉でついに涼しい顔を気取っていたアマトの顔が歪む。
「ならその体に分からせるまでだ」
アマトはこの時に、フィリアが抱いている幻想を完全に粉砕する道を選択した。戦場の悪鬼羅刹としてのアマト・フリューゲルを見せ付ける。
舌戦で一本取っても勝ちになるわけがない。結局フィリアは防戦一方でアマトの蹴りや手刀を躱すのが限界だ。
だがもしそれが何時間と続いたなら?
フィリアの思い突く限り突破口はアマトのスタミナ切れ、今はそれ以外に手はなかった。
「うっは、あの子アマトと根競べする気かよ!」
「選択としては間違っていないさ、私たちから見れば愚かの一言だが」
ロイとグリフィス、アマトの地力を知る者がフィリアの戦い方を小馬鹿にしている。
「隊長、あの亜人は大丈夫なのですか?」
「勝てる。といいなぁ」
唯一完全な味方と言えたリムも半ば諦めムードに入っている。
「はーい!少し時間がかかりそうなのでここで解散しまーす。雲行きも怪しいので皆さんご自由にお帰りくださーい!」
リンディスはフィリアにリムとは別種の期待をしている。それを見越してか、時間が経ちそれが曇り始めたこともあって他の参加者全員を解散させていた。
「避けてばかりか、それで何とかなるとでも?」
アマトの戦術は変わらずフィリアを痛めつけ心を折ろうとする。
「何とかなります、いつか!」
アマトの攻撃を躱し続けながら自身も剣で積極的に攻撃を仕掛ける。だが寸前で腕を引かれ、カウンターで腕に一撃当てるだけの勝利条件が全く満たせない。
そんな攻防が小一時間は続いた頃についに変化が訪れた。
「はっ、はあっ……」
「終わりだな」
体力勝負はアマトに軍配が上がった。距離を取ろうとしても見透かすように動きを合わせてくるアマトに対して遂にフィリアが息切れを見せた。
「まだですから!」
言葉とともに威勢よく剣を突き出すがその手を捕らえられついに手持ちのショートソードを奪われ投げ捨てられる。
「あっ……」
だがそれは危機と勝機は紙一重、まだ二本ナイフを隠し持つフィリアは体力も限界に来ていたためこの可能性に掛けた。
「悪く思うな、気絶してもらう」
アマトがフィリアを気絶させる策に出た、フィリアを否定し続けたのだからこれ以上は必要ないと考えたのだろう。
それまで以上に接近するアマトに対してついにフィリアが隠し持っていたナイフを不意に突き出した。背後を見せている状態から振り向くと同時の攻撃。神経が研ぎ澄まされた瞬間、この動作に寸分の狂いもない。
「なっ……」
唯一間違いがあったとすればフィリアがアマトの実力を読み違えていたことだけだろう。またしても防がれる。ナイフを持った左の腕をつかみ締め付ける。
「これが最後だ。降参しろ」
しなければ腕を折ると言うかのように力を加える。
「ベー!」
子供の駄々のように舌を出して反抗し続ける意思を表す。アマトはそれを見て気絶させるしかないと悟った。それまでの二人と同じように鳩尾に一撃を入れて気絶させようとする。
刹那、フィリアが神を信じたくなる出来事が起きる。
「むっ……!?」
雨、朝から夕方にかけて徐々に崩れ始めた天気がついに弾けた。その雨の一滴がアマトの左目に当たり、思わず左目を閉じる。
本当にわずかな瞬間だったが左腕の拘束も緩んだ。その隙を逃さず今度こそとナイフを突き立てる。
しかし時の英雄アマト・フリューゲル子爵がこの程度では敗れはしない。遅れて出たはずの手刀で再度腕をつかまれ封じられる。更に手を巻き込みつつ背後に回られ、間接を押さえられた。
「これで終わ……」
左眼を庇いながらもアマトが勝利宣言をする最中、フィリアの右腕が消えていることに気が付く。
アマトの動きが止まり、目で全身を追い回す。そしてそれは現れた、ナイフの最後の一本とともに。隠していたわけではなかった。ただ単純に、アマトの右眼の視界の盲点に入っただけのこと。
「…………まさか、こんなことが」
狙いを定められず感覚だけで投げたナイフは、アマトの衣服の裾を掠める大役を果たすこととなった。
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