19話 交錯
「第三試験は実力の確認!用意して!」
焦って指示を出すリムに困惑しながらも従う兵士たち。そして残った参加者も全員が目の前の女の豹変に戸惑っている。
「……はぁ、最終試験はいたって簡単。この杭の中で我々二人と一対一の勝負をしてもらってかすり傷の一つでもつけられれば合格、君達は気絶するか杭の外に出れば失格だ」
冷静さを欠いたリムの代わりにグリフィスが説明する。用意されたのは二つの杭で囲まれたフィールド。それぞれ半径10メートルほどの円形になっている。まず始めに一般の兵士志願の者を
「使える武器はこっちが準備する。質が悪いなんて言い訳は通らないことは理解してくれ」
グリフィスが指差した先には武器の数々。刃物だけでもナイフからロングソードまで多岐に渡り、槍や弓矢も充分な量が揃えられている。更には気付の薬も揃えてあり、二次試験でハズレを引いた連中は大勢が飛び付いてその効果に肖ろうとする。
「それじゃあ番号の若い順から用意してもらう」
指示を出すグリフィスともたつく連中を見て内心で早くしろと愚痴るリム。原因は自身が放つ威圧感にあるのだがそれに気づく余裕は彼女にはなかった。
「こっちは準備できた、何時でもやれる」
「分かりました。では直ぐに」
遂に最終試験、主催側の予定から大幅に短縮し、数十分程度しか経過していないものの誰しもが数時間の時を耐え凌いだかのように感じた。
そしていよいよその第一戦、2番を割り当てられた男が舞台に立つ。顔立ちは普通だが鍛えていることは衣服越しにも伝わる引き締まった頑強そうな強面の男。
「でやあっ!」
得物は弓、リムが腰に差している剣との相性を考え選んだ物だ。噂に聞くものも少なくない。遠い島国から伝わったカタナと呼ばれる長剣だ。射撃で間合いを詰めずに終わらせる。
「遅い、次」
言うが早いか、時には男の体は杭の外に蹴り飛ばされていた、弓を構える時間すら与えられずに。
これには参加者の皆が目を剥いた。いくら背が高くても相手は女だ。一蹴りで大の男を吹き飛ばす力など無いと判断してしまっていた。
「ハカマじゃ動き難いと思った?次!」
2番手はフィリアとは別の亜人の女。手にしているのは同じく弓。だが、開始前から矢の中間をナイフ代わりにする様に握っている。今しがたリムの見せた身体能力を警戒してだろう。
「間合いが素人」
だがそんな小手先の技術がアマトの直属を務めるリムに通用するはずもなく、またしても一気に間合いを詰められ、頭突きの一つで気絶させられた。
それで皆が理解する。結局のところ、自分に合ったスタイルで押し切るしかないのだ。
一方のグリフィスも現状全ての参加者を落としている。この時点で半時間も経たずに合計で二十人以上が失格になっている。
「さあ次!」
まさに圧倒的、そもそもこの試験に参加するような者は基本的に平民出身。特に若い者は力試し程度にこの試験に参加したものが大半だ。だがそんな連中が騎士学校出のリムとグリフィスに敵うはずがない。この最終試験での本旨は覚悟の問いに近い。
「最初から逃げ腰じゃ話にならん、失格」
我が身可愛さを捨てて敵に切り込めるか。勿論相手を地に付けられれば文句無く合格だが、それ以外にかすり傷で合格にした理由がそこにある。
だが今回は腑抜けの集まりという評価を下されても仕方がない。ここ一番で本気を出せない、いやそもそも今がその時だと理解出来ていない連中ばかりだ。
更に言ってしまえばかすり傷などという曖昧な基準はいくらでもこじつけられるのだ。手の産毛一本だろうと、青痣の一つだろうと本人がそうだと主張する貪欲さを持っているならばこの地で求められる人材だ。
(あと八人、これならいける)
結局素手の二人に食い下がる者は全く出ず、遂に残りは護衛志願の三人のみとなった。
「リム、誰を通す気なんだ」
隣接するフィールドの端で背を向けながらグリフィスがリムに問いかける。念のための確認だ。これだろうという者はグリフィスも大方あては付いている。
「あの女の亜人、名前はフィリア」
その二人にしか聞こえなかったとはいえ、特定の個人を試験で贔屓するとリムは明言した。もし知れ渡れば一つのスキャンダルだ。
「まさか、縁故ではないだろうな?」
地面に座り込むフィリアを見てグリフィスが思うこと。何度かこの邸宅で見かけた相手、リムと何か関わりがあるのではないかと疑念を抱かずにはいられない。確かに一次で見せた体力の高さは見事だ。だがそれだけなら
「早……」
当の本人はリム達の動きを視認できてこそいる。だが、勝てるかどうかの自信などあるはずも無い。
「理由はあります」
あなたにはわからないだろうけど、という言葉を省いてリムが言った。
「いいだろう、信じよ…………」
グリフィスが話している時、不意に自分たちが日陰に入ったことに気づいた。
この日は朝から雲一つない気持ちの良い天気だった。
グリフィスが何事かと空を見上げた先に見つけたそれは陽の光を背に急降下する。
ライオンの姿をしながら翼や他の多くの生物の要素が取り込まれた
「アマト様!?」
「やあグリフィス。派手にやっているらしいな」
アマト・フリューゲル。ウィルゼールの支配者にして頂点、身分問わず期待と信望を一手に集める絶対的な存在。
その男を目の前にしてある者は尊敬を抱き、またある者は畏怖を感じる。
「で?なぜ私に言ってくれなかったのかなリム?」
そしてある者はさらに強い動揺を。
「アマト君……!これは、その……」
なんとか言葉を取り繕うとするがしどろもどろで要領を得ない。最悪のタイミングだった。その顔は正にアルカイックスマイルのそれで、笑みを浮かべながらもその心情は外から推し量ることは出来ない。
「まあ良いだろう。始まってしまったなら仕方ない」
「え?」
三度目の衝撃だった。まさかアマトがこの試験を許可するとは思えなかったからだ。リム達も、フィリアも、問答無用でこんな試験は中断に持ち込むだろうと考えていたためだ。だがすぐに思い直す。アマトは絶対に筋を曲げることはない。
「続けよう。但し」
だが、どんな信条でもそれに雁字搦めにされる生き方をするほど間抜けではない。
アマトが行うのはルールの加筆。いまだ始まっていない試合の範囲を作り替える。
「護衛志願の者は私が直接見極める」
最後まで笑みを消すことなく、アマト・フリューゲルが参戦の意思を示した。
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