18話 急進的な選別
「すっごーい、快適!」
「ウィルゼールまで数時間だ。振り落とされるなよ」
「了解しました」
試験が開始されたのとほぼ同時刻にアマトはジュレールを飛び立っていた。キマイラに乗り行く先はもちろんウィルゼール。ランディア、リンディスの二人も同行している。
「よろしいのですか?アルベルトさんは……」
「それはいいさ、あの方の世話になりきるというのはよくない」
アルベルトはしばらく物見遊山に耽りたいという本人の要望もあってジュレールで別れることとなる。
「それにしてもですねぇ」
「なんだリンディス?」
「いえね、リム隊長が前に護衛の試験と普通の徴用試験混ぜないかってロイさんに提案されてたんですよ。楽したいからって」
「…………そういうことか」
知らなかった事実を急に知らされたアマトはしかしもう驚きはしない。それどころか今までの悩みに答えが示されたように晴れやかな顔を見せる。
「二つに一つ。急ぐぞ」
☆☆☆
第一試験の内容はリムの言った通り、ただ用意された道を走るだけだった。
その場所はフリューゲル邸宅内にある屋外の訓練所。普段は当然兵士の訓練に使用される場所だが今回のような場合に利用できるようにも設計されている。
外周はおよそ300メートル。それを7分で五周するというものだ。一見すると兵士の条件としては簡単に見える。
「この試験では兵士を基準にしてあるけれど護衛の枠で参加した人は5分で五周だからね」
だが説明の最後、蛇足の様に付けられた言葉にフィリア含めた数人が度肝を抜かれる。
「それじゃあ始め!」
異議を唱えようとする間も与えられないまま無慈悲に開始の合図が出される。
参加している全員が焦って走り出す中、フィリアだけはリムに詰め寄る。
「あの……リムさん、なにか話が違うような?」
先程の驚きの中で、フィリアだけが違う意味を持っていた。
フィリアと周囲の決定的な認識の違い。『兵士を基準』と『護衛の枠』も二つの言葉が意味するところは何なのか、それを知らない。
「質問は一切受け付けないよ」
「いやでも」
「あと4分半」
しかし当然無視される。これ以上は話にもならないとようやく理解し、やむなくフィリアも走り出す。
「頑張ってね〜」
心が全く伴っていない励ましを送り所定の位置で走り込む参加者を見守るリム。
本来ならアマトが直接監督をするこの試験だが今回はリムが代理で行っている。
だからこそ今回の徴用試験は少々歪な形で進行しているということを参加した誰も知らなかった。そして主催者側のだれも異議を唱えることができない。
取り仕切っているリムの立場は親衛隊長。公に出ることはほとんどないが、実質的にはロイを抜き去りノルンの下、序列三位に食い込んでいる。周囲からは身内人事だと揶揄する声も聞こえるが
(辛い……)
走りながら考え込むフィリア。体力には自信がある。どれだけの時を一人でいたことか、人目を避けて生きるために必然的に俊足かつ持久力もつけなければならなかった。そんな日が続く中、いつの間にか一度走り出すと意識するまで走りを止めることがなくなっていた。呼吸と同じ、考えながらでも勝手に体が動く。
だがそのせいで心の中で何としても最後まで行かなければというプレッシャーとリムの言葉の意味についての両方と真っ向から向き合う羽目になってしまった。
(よくよく考えればあんなふざけた宣伝で五十人も集まらないか)
この試験では護衛になる者と一介の私兵になる者とを同時に篩にかけている。
しかしわざわざ同時に二つの基準を持つ試験を行うなど違和感がある。少し考えただけだが一番現実的、というよりこれしかありえない。
ならばフィリアがリムに見せられたあの広報紙は何だったのか。
「意地が悪いな、あんなルール勝手に付け足すなど」
あんなルールとはやはり護衛枠に課した制限時間のことだろう。横からグリフィスがため息をつきながらリムに言う。
「あーあ、怒られるぞ?俺知らねっと」
ロイは冷やかし気味にそう言うと草むらに寝転がる。試験を監視するといっても実際に出番があるのは第三試験のみ。それまでの数時間は退屈でしかない。今日のように晴れた天気では睡魔が襲ってくる。
「大丈夫です。アマト君はむしろ落としたがってるから」
リムが言っていることは真実だ。フィリアがこの試験に合格しなければいいとアマトは考えている。リムはそれを理解してこのような行動に出た。
だが思惑はむしろ正反対だ。フィリアには合格してもらう。アマトのことを好きだといった。そう言いきれる少女だったからあれだけ手伝ったのだ。合格してもらわなければ困る。とはいえここから先、リムが手を出せることは何もない。あったとしても手を出すつもりは皆無だった。
(この程度、楽々突破出来なきゃアマト君を好きになる資格なんか無いよ)
結論を先に挙げると、リムの行動原理は『アマト至上主義』という表現に集約される。
アマトの利益に繋がる要素は全て自陣に引き寄せ、害となるものは全力で排除する。ロイやグリフィスも部下として忠誠を誓った身ならば似通った考えを心に持っているが、彼女の場合はそれが他の誰よりも顕著かつ過激だった。
「やぁやぁおめでとう。取り敢えずは貴方ね一着」
「はぁ、はぁ…………はい」
開始から4分と少し経ち、ついに完走者が現れた。だがペースの上げ過ぎだったのか全身から汗を流し息も荒い。
「ゲッホ、ゲホッ」
「はい二人目、護衛志願はあと三人か」
手元の参加用紙をめくりながら確認する。すでに4分半経過している。
護衛を志願したうちの二人はまさに全力疾走といった驚異的な追い上げで条件をクリアーした。二人はともに獣人だった。人間よりも体力に優れている反面魔導のような力に通じていない。容姿以外で人間と獣人の明確な違いの一つだ。今回はそれが優位に働いた。
「でもなぁ、あと一人くらい通ってもらいたいもんだ」
何の気なしにそう言うロイ。それはこれからの第二試験、第三試験の難易度の高さを暗に示している。
「あたし達は実力主義ですから、その時はその時で…………」
次に来たのはフィリアだった。30秒もの遅れを取り戻し、三人目の完走者になる。だがそれまでの二人と決定的に違う点が一つ、息切れをしていない。やせ我慢をしている風にも見えずあっさりと五周目を終えた。
「だから……それで」
……のだがフィリアは思考に没頭して走り続ける。自分が条件をクリアーしたことに気付いてすらいない。
「要望通りに」
「……おう」
そんな姿を見てリムは笑みを浮かべロイはフィリアに対して『あの時の亜人』から『割と凄い亜人』そして『結構変な亜人』という印象の変化を見せていった。
「はい5分経過」
ここで護衛の試験は終了、合格者はフィリア含めて三人となる。兵士を志願した残りも次々にクリアーしていく。結局脱落したのはせいぜい5、6人、この調子では篩にかけるという試験の主旨からずれてしまうだろう。
「今回は3人か。兵士も含めて57人。今年こそ生き残りがいればいいが」
にも拘らず慌てることもなく物騒な言葉をつぶやくグリフィス。だが体力を消耗し疲れ切った者達にそれは聞こえなかった。
☆☆☆
「いい加減止まりなさい」
「みぎゃっ!?」
思考にふけるフィリアの顔面にリムが手刀を入れ、無理やり現実に引き戻した。走っている勢いが合わさりそれは盛大に転ぶ。
「ん?あれ?私は……」
それなりに力が入っていた一撃なのだが顔面に叩き込まれたはずのフィリアは不意を受けたといった様子で痛みを感じているようには見えない。
「まさか……」
「いや大丈夫だから」
自分がどうしていたか全く思い出せないフィリアは自分が失敗してしまったのではないかと思い顔が青ざめるがリムは即座に否定する。
「あのさ、息切れとか無いの?」
「へ?……いえ全然」
最終的にフィリアは訓練所を8周した。それでも息を荒げる様子は無く、リムからもその姿が強がりや演技とは感じられなかった。ランナーズハイなどといった極限状態のそれとも違い、明らかに疲れを感じていない。
「はあ、もう良いからこっちに来て」
「あ、はーい」
いつの間にかフィリア自身の緊張の糸も切れている。
案外図太い女だとリムは彼女への評価を若干上方修正する。
「はい到着」
リムの口癖なのだろうか、訓練所の端まで数十秒。大して歩いてもいない場所に着いてはこの言葉をフィリアは聞いている。
「なんですかあれ?」
フィリアが目にしたものは並べられた机の上にこれでもかと置かれた料理の数々。人数のこともあるが旅の途中、ザンドラのルアンナの高級宿で目にした以上の量。当然平民にはめったに見られるものでもなくそれに視線が釘付けになっているものもいる。
「食べ物でしょ?見て分からないの?」
なぜそんな質問をされるのかと心底から不思議といった様子でリムは首をかしげる。これ以上ないほどに白々しく。
「いやまあそれは……」
「好きに食べて良いよ」
もう昼だからと付け加えてリムは戻っていった。
よく見なくともすでに少なくない人数がその料理を口にしている。それなりに礼儀作法が出来ている者。かつてのフィリアの様に周囲を気にも留めず料理にありつく者など様々だ。
フィリアは特に必要とも感じなかったためか少数派と同じように座り込み休んで第二試験の開始を待つ。
第一試験が体力、持久力の確認。そのために訓練所の外周を走ったのだが、第二試験で求められる要素は忍耐力と判断力だ。しかしそう言った精神面の強さをどうやって調べるのか、フィリアには全く見当もつかなかった。
結局憶測の一つも出ず、その時になってからまた考えようとフィリアが立ち上がった瞬間にそれは起きた。
「なんだ!?どうした!?」
「お〜さすがに効果覿面」
それまで料理を口にしていた数人が突然体を痙攣させ、地面に倒れこんだ。周囲の参加者がどうしたのかと体を揺するがまともな反応は返ってこない。
「それの中に入ってたの、痺れ薬」
笑顔でリムがとんでもない言葉を口にする。つまりこれは油断を誘っておいて篩にかけるための仕掛けだったのだ。
「安心して、罠じゃない料理もあるから。それを見抜ければいいから」
まるで手渡された文章をそのまま読むかのように無機質な声で淡々と述べていくリム。それでほとんどの参加者が理解した。
「これが第二試験だよ。これから数時間、ここからの移動を一切許可しない」
そして納得した。正午より少し前から始まった徴用試験。食事もまともに取らずに第一試験で体力を消耗するものが多いなかで『食べていい』と言われて食いつく者がいないほうがおかしい。そして結果がこれだ。既に倒れた数人はその場で放置されている
「その後すぐに第三試験に入るから」
動揺が全体に広がっていく。第三試験は事実最終試験だ。誰もが本来万全を期して臨みたいものに間違いない。だがこの試験はそれを一切許さない。
「そんな無茶苦茶な!」
当然抗議の声を上げる者もいた。フィリアと同じ、護衛を目指して第一試験では二位の成績を収めた三毛猫のような姿の獣人だった。
「忍耐力と判断力、第二試験で確かめる。あたし達は親切に言ってあげたはずだよ?」
「それは……!」
そこから予想できなかった方が悪いと一蹴される。取り付く島もない。向こうがだめだといえばフィリアたちは従うしかない。
「それと、ハズレのお料理食べたら失格ということはないよ?合格の条件は『終了時間に起きていること』だから」
「…………」
「聞き分けのいい子は好きだよ。じゃあね」
今回の試験は第一試験の時と違い監視するものは誰もいない。何をしろという明確なルールがないからだ。
リタイアするならご自由に。挑戦者は気概を見せろ。
「しっかしなぁ、これ今年通るのか?」
目の前で退場していく参加者を見てロイが言う。既に開始時から一次試験のみで半数が退場。残りも少なからず地雷にかかっていて不調を隠しきれていない。
奇を衒って試験内容を難解にしたのがロイではないとはいえ軽々しく許可した自分の失敗でもある。
「少なくとも護衛一人は」
「ほう?君が言うほどならさぞ逸材だろう。……なんとなくは分かるが」
グリフィスがフィリアを見据えながら、それでもと苦言を呈する。
「しかし、やはり一度はアマト様が会われるべきではないのか?」
「大丈夫ですよ、あたし達だけでこれくらい出来なきゃそれこそアマト君にがっかりされます」
「……そうだな」
自分が言ったことがリムの反論でアマトへの依存に思えたグリフィスはあっさりと論破される。
「そうそう、向こうもランディアとリンディスがいるから順調に進むだろうし、こっちはこっちで好きにやりゃあいいさ」
「うんうん…………………ランディアとリンディス?」
何気ない会話の中で想定外の人物の名が出てきて思わず聞き返す。ランディア、リンディスの兄妹親衛隊の人間だ。形式上はリムの部下とされている。最近姿を見なかったがジュレームに居たということをリムは聞き及んでいなかった。
「おう、ちょっと情報を集めてもらおうとな三日ほど前にジュレールに行ってもらったんだ。それアマトに言ったら『気が利くじゃないか』なんて珍しく褒められちまったよ」
話していくうちに心なしか饒舌になるロイ。彼にとってもアマトの役に立てるということは嬉しいことなのだろう。
「そういえば今思えば本当に俺は気が利くだった……」
「ふざけんな!」
が、空気を読めない者の横槍ほど当事者をいらだたせる物は無い。言うが早いか動くが早いか、振り返る者達が見たものは拳を強く握り全力で振り下ろすリムとそれをまともに脇腹に喰らい悶絶するロイの姿だった。
「おい、ロイ!?……何をしている!?」
あまりの脈絡のなさにロイもグリフィスも反応が遅れた。リムの急変にグリフィスがロイの無事を確認し、リムに詰め寄る。
「うるさい!」
それを荒々しい言葉とともに払いのける。普段の敬語を使う余裕すらなくしているリムの姿にグリフィスもしり込みする。だがリムが怒っているのは部下を許可なく使われたことではない。
リムの計画としてはアマトがいない二日間を利用してフィリアを私兵ないしは護衛として採用、事後承諾の形でアマトにも認めさせる。そのためにこの徴用試験を利用した。
元々フリューゲル領は大陸の南に位置しているフラーズの中で北進するための最前線という見方をされている。
そのためアマトは若手貴族ながら戦に出る回数が非常に多く、その度に怪我や死亡する兵は後を絶たない。
徴用試験を行っても若い連中や身の程知らずの力試し程度。今回のように脱落し、戦力になるものが少なく、そもそも試験を受けるものが少ない。
だからこそフィリアをアマトのそばに置くためにこの試験は都合がよかった。
心根は何故か強く優しく、何より行動原理にアマトの存在がある。この亜人ならばアマトの力になるだろう。使い捨ての駒にも側に立つ存在にも化けるだろう。そう直観的に感じ取りここまでお膳立てしたのだ。
(どうする?ここまで来て軌道修正はできない……)
だがそれが
もしも、自身の部下であるランディア、リンディスから知られてしまえば、すぐにアマトはウィルゼールまで全速力で戻ってくるだろう。
今のリムにとれる対応は彼女が思いつく限り一つしかなかった。
「第二試験終了!すぐに第三試験に入る!」
発言した本人と気絶しているロイを除く全員が驚きを隠せなかった。
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