9話 催事の街ザンドラ

 いよいよアマト一行はフラーズの領地へと入る。その門の直前で先行させていたキマイラ……その姿を構成するペットとの合流を果たした。そのうちの一匹である蛇、リヴァイアは何かを飲み込んでいる最中だったが。


「ヴァハ、ヤクト、レーヴェ、リヴァイア、アドラー、全員無事だな。ご苦労」

「……いたの」


 そういえばノルンは知らなかったな、そう言いながらそれぞれの頭を撫でるアマト。


「さて、入ろうか。フラーズ王国、ザンドラへ」



 ☆☆☆



 ザンドラ。コーロニアから打って変わって自然と人工物との調和がとれた美しい街並みが高く評価されるフラーズの観光都市の一つだ。

街道を歩く人も優雅さを感じさせる服装をしており、フィリアもつい見惚れてしまう。


「アマトさん、これからはどうするんですか?」

「まぁ泊まる場所は決まってるよ。その名は……」

「……反対」


 馬車の隅からノルンが声を上げた。


「まだ言ってないけど」

「……あの色目使いは嫌い」

「じゃあ馬車の中で丸まっているか?」

「……多数決」


 ノルンの緊急動議にしかし所詮無駄なあがきと言わんばかりにアマトとペット五匹が器用にも顔を上げて賛同の意を示す。フィリアは馬車の操縦を理由に我関せずを貫いた。


「はい、6対1棄権1でこの案件は可決されました」

「……納得はしない」

「そんなこと言ってももうセントルシアには着いちゃったから諦めろ」

「……チッ」


 高級宿セントルシア。観光都市ザンドラの中でも名実ともにトップの宿泊施設だ。近隣国の富裕層の中でも上位のヒエラルキーの人間しか入らない。

アマトがそんな場所をわざわざ選ぶ理由がフィリアには理解できなかった。

 コーロニアのように知人の宿であったとしても客が王侯貴族に限定されるならばアマトを知る人間がいる可能性は非常に高い。かといって宿の中で外套を着れば怪しまれることは必至、アマトのお忍びの旅はそこで終わりだ。


「おお、ちょうど人の気配がないな、計算通り」


 少ないというより全く居ないというのが正しいだろう。馬車を小屋に入れる時に誰もおらず、玄関前からは人の気配が全くしない。

高級宿とはいえコーロニアのアレとは比較にもならないというのにどういうことだろうか。


「アマトさん、どうやってここに泊まるつもりですか?」

「まあ少し待てば……お、来た」

「あら、お客様ですか?申し訳ありませんが、現在剣闘祭に人員を駆り出しており、これ以上宿を取ることは出来ません。悪しからず」


 正面玄関から扉を開けて出て来たのは栗色の長い髪を後ろでまとめた若い女性だった。二十代半ば程のその女性は、髪色に合わせた色調のドレスを纏っている。何より目を引くのはその容貌だろう。

整った卵形の顔立ち、パッチリとしたエメラルドの様な瞳、しっとりとした潤いのある唇。フィリアよりも背は低いが、まさに絶世の美女と呼ぶのに相応しい容姿をしている。普通の男なら話しかけるのはおろか近づくのも憚られるだろう。


「やぁ、儲かってるかいルアンナ」


 しかし、いややはりと言うべきか、アマトは普通ではなかった。


「え……その声、アマト!?」


 ルアンナと呼ばれたその女性は、アマトと彼女がフィリアの考え通り知人であることを証明するように反応する。


「久しぶり、いやほんとに久しぶり、大体5年ぶりくらい?」

「えっ、何これ、数ヶ月音沙汰なしの美男子が目の前突然現れるなんて、まさか!……運命?」

「違うよ」

「だよね〜。」


 まさに友人同士といっていい会話を続ける。


「……ルアンナ」

「うわっ!ノルンさんまで何で!?」

「……悪いか?」

「いや全然?あははははは!並ぶとやっぱり親子だ!」


 まるで酔っているかのようにルアンナは大きな笑い声を上げる。見た目以上におおらかな性格なのだろう。対照的にノルンは目に見えて不機嫌になっているが。


「……それでそっちの子は?顔ぐらい見せてよ」

「あっ……」


 いきなり顔を近づけられたかと思えば次の瞬間には頭を覆う外套に手をかけられていた。反射的に避けようとするが一歩手遅れ、被り物の部分が裂かれてしまい亜人特有の獣耳が露わになる。


「へぇ、亜人かぁ。近くで見るのは初めてだね」


 ルアンナが亜人排斥の思想を持っていなかったことが不幸中の幸いだったが、やはりまじまじと見つめられるのは気分のいいものではない。


「まあいいや、用件はなに?」


 やがて満足したのか顔を離しアマトに話題を戻す。その会話を聞きながらフィリアは自身のことはともかくこれからの生活について少し安心した気分になる。


「三日ほど止めてもらおうと思ってな」

「宿泊ね。じゃあ三と……五匹でしめて金貨120枚ね」

「……へ?」

「『へ?』じゃないでしょ、ただで泊められるほど余裕ないから」


 その間抜けな声を漏らしたのはやはりフィリアだった。


 この大陸では人間、獣人、亜人を問わず共通の通貨が使われている。一般的に平民が使用するものは金、銀、銅貨の三種類。

それぞれの価値は金貨1枚は銀貨50枚、銀貨1枚は銅貨10枚と等価となっている。

成人した男性が一月に稼ぐ平均的な賃金が金貨30枚程度なことを考えれば三泊するだけで金貨が100枚以上、まさに貴族御用達の宿だ。


「泊まっている間に払うよ、それでいいだろ?」


 アマトの提案にルアンナは口元に手を当て一考する。

融通は効くタイプだったらしくまぁそれくらいならと了承した。

 逆にフィリアは不安を隠せなかった。フィリアとアマトはもちろん一文無し、それならばとノルンに目を向けるがどう見ても自分で金銭を持ち合わせているようには見えない。


(アマトさん、大丈夫なんですか?)

(安心しなよ、一日で完済出来るさ)


 その勧誘文句じみた言い回しに一抹の不安を抱くフィリアだった。



 ☆☆☆



「ぶっ殺せえぇぇ!!」


 ザンドラの中央区に存在する巨大な闘技場。一月に三回ほどの頻度で戦争奴隷を剣闘士として1対1で戦わせる見世物が開催されている。国同士の争いが続く中で悠長なものだが、戦火が及ぶことの少ない内地寄りのザンドラでは刺激を欲する住民が多いのかなかなかの好評を博している。


「……品性が無い」


  闘技場の観覧席から漏れる声にノルンは眉を顰めた。

このような場所に入るとき、人は大きく二種類に大別される。その場の熱気に当てられ得も言われぬ高揚感に浸る者。もう一つはその流れを奇怪であると断じ不快感に襲われる者。

 そしてノルンは後者であった。下賤である、醜悪である。乱闘がが行われる中で自らは安全な場所から戦いを煽るのみ。

そう言った連中がノルンの最も嫌う人種だった。そして何より、自分がその連中と同じ場所に立っているという事実がより彼女を不機嫌にさせる。


「でも凄いですよ。祭りってこういうものなんですね」


 一方のフィリアは前者だった。今闘技場に立っている者の多くがかつての自分と同じ剣闘士扱いの奴隷であるとは露知らず、外套で覆った身体を震わせている。


「ところでアマトさんはどこに?」

「……すぐに出てくる」


 その中で現在行われている一年に一度の催事、剣闘祭。普段のそれとは違いフラーズの国中から腕に自信を持つものが集う乱闘となる。

 参加条件無し、殺し以外の禁則事項は極力廃し、あらゆる武器の使用を許可された情け容赦のないバトルロイヤル。その中で勝ち残った一人が栄光と名声を手にする。手に入る賞金は圧巻の金貨500枚。

それだけでなく歴代の勝者の中には貴族の支援を得て兵団長まで成り上がった者もいる。

 さて、そんな一大行事にアマトは飛び入りで参加しようというのだ。


「……いた」

「えっどこに…………うわぁ」


 視界に認めたアマトの姿をある意味認めたくはなかった。外套は脱ぎ去った代わりに顔には肥満男の笑顔を象った仮面を被り、黄色と黒の縦縞の上下。悪趣味通り越してセンスの塊だ。


「……最高」

「皮肉な言い方止めましょうよ。…………皮肉ですよね?」

「……んはァ」


 冗談交じりの会話のつもりだったフィリアだが、ノルンは顔を紅潮させ恍惚の表情を浮かべている。


「えええ……」


 見てはいけないものを見てしまったという苦い顔をするフィリア。当のアマト本人はいったいどう思っているのだろうか、さすがに我慢しかねるのではないだろうか。



☆☆☆



「何故私がこんな恰好をしなければならない……」


 フィリアが予想していた通り非常に不満だった。見つからないためにはやむを得ないとはいえこんな衣装に身を包むなど屈辱の極みである。しかも目立つ。周りは半裸で筋肉隆々の大男がほとんどだというのに、これでは道化もいい所だ。


「6:2:2で決まりだな。」

「ああ、妥当だな」

「よし、散るぞ」


 闘技場に集まっている腕自慢の中からそんな会話が聞こえてきた。三人で共闘して残った面子で出来レース同然の勝負を行う。


「山分けの相談か、可哀想に」


 それを非難する気はない。勝ちか負けかの二択の世界でそのための手を打つのは間違っていないとアマトはおそらくこの中で一番理解している。惜しむらくは誰と組むかを決定的に間違えたこと。


「あの……」

「ん?」


 その中で自らアマトに話しかける男がいた。見た目はと言えばこの中では

小さめの優男だったがそれなりに上質な鎧と剣を持っていた。


「なんだ?機嫌が悪いんだ。話は手早く済ませろ」

「実は手を貸してほしいんです」


 まさか自分に結託を提案してくるものがいるとはアマトにも想定外だった。見た目は完全に色物。逆張りにしても思い切りが良すぎる。一瞬アマトの脳をよぎる懸念。


(気付かれている……?)


 すぐにそんなはずはないとその発想を捨てる。

今までポカをやらかしたのはノルン、アルベルトとの再会のみ。それ以外は目的通りに進んでいるのだ。正体がばれる要素は何処にもない。


「賞金はすべてあなたに差し上げます」

「お前に利点がないように見えるが?」

「代わりに、私に優勝を譲ってください」


 しかしアマトが結論を出す前に男は話を再開した。そしてその内容で大まかな予想図がアマトの中で造られていく。パターンは大まかに分けて二つ、一つはこの男は奴隷であり、優勝するなどの条件で解放されるというもの。しかしこの男は見た目からして奴隷とは考えにくい。そしてもう一つは貴族に見初められ成り上がりの道を目指すというもの。こちらのほうが見た目からの説得力は大きい。


「……いいだろう」


 だからそれなりに面白みがあるとアマトは判断する。

この剣闘祭を終えてルアンナの宿で一泊すればすぐにウィルゼールへ向かうことになり、到着すれば『アマト』は『フリューゲル子爵』に戻らなければならない。

その前の猶予期間モラトリアムとしてなら楽しまなければ損だと考えた末に了承することを選んだのだ。


「あ、ありがとうございます!」

「変な動きを見せるなよ。八百長が見つかればお互い吊し上げだ」

「はい!」


 それをやめろというアマトの言葉を聞く前に足早に去っていく。


「まぁ、退屈はしなさそうだ」


 その独り言の直後に主催者からの開催の合図が出された。

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