10話 剣闘祭
(さて、どうしたものか)
闘いの合図が挙げられて間もなくアマトは四人の男に囲まれていた。どれも物語に出る山賊の様な動物の毛皮の衣服に棍棒を持っている。
遠目からでも分かる程の高身長に痩せぎすの体格から真っ先に目をつけられることは予測可能だった。
アマトからすればむしろたった四人で済むだけ楽なものだった。
先程の共闘を申し出た男はアマトから見て右翼で戦っている。
基本に忠実で致命打を受けずに隙を見て攻撃を叩き込む。
「やはり騎士学校を出た類か……」
フラーズの騎士学校で教えられる戦闘スタイルに非常に似たその戦い方を横目で見ながらアマトはますます不信感を募らせる。
「……みしてんじゃねぇよ!」
近くで怒声が上がりその方向をアマトが振り返る。しかし、振り返った時には自身の頭に目掛けて棍棒が振り下ろされようとしていた。
「悪いが仮面を取られるわけにはいかないな」
☆☆☆
「嘘……」
数刻前に目にした光景に唖然とするフィリア。
アマトに狙いを定め振り下ろされた棍棒は先端が掠ることすらなく躱された。それだけならまだ分かる。アマトの反応が良かった、それで済まされるのだから。しかしその後、アマトが攻撃から全身を左に翻して避けそのままアマトを囲んでいたもう一人の男に殴りかかっていく。
一撃。打ちどころは悪いどころか厚い胸板の部分に当たっただけのはずであるがその一撃で相手は前のめりに倒れた。
「……当然」
「あ、ノルンさん」
後ろからいつも通りの無表情でノルンが呼びかけてくる。どうやら済ませてきたらしい。
「な、なにをしたんですか?」
「……言わせる気?」
「ノルンさんじゃないです!アマトさんですよ!」
「……殴った」
「見ればわかりますよ!……でもそれだけで?」
「……それだけ」
ノルンから答えをもらっても未だに納得できないフィリアだが当然とも言える。アマトは背丈こそ高いものの体格で見ればこの闘技場の誰よりもひ弱なのだ。
フィリアは当初、アマトは体格差を覆すために野盗との戦いで見せたナイフを敵の頭に突き刺した技(フィリアは十中八九魔導の類だろうと推測している)を使いトリッキーに立ち回ると予想していたがそういった技術を見せる気配は一切ない。
「……あれは使わないと思う」
「え?どうして?」
「……簡単なこと」
フィリアの心を読んだのか、それとも表情から透けてみえたのか、ノルンが横から話しかける。
ノルンは続けてアマトが使った手品の正体を語りだす。
『
その技術は魔導の才能がある者が基本を少し応用すればすぐに出来る技術。体内に流れる魔力を肌から対象の物質に通すことで正に傀儡人形のように操ることが出来るというもの。
それだけ聞けば万能に思えるが続けてノルンはその欠点を指摘する。
『物質操作』は表現の通り人形を糸で動かす感覚に近いのだ。どの方向から見ても大差のない石ころを動かすならまだしも柄と刃がはっきり分かれている得物を操るのは相当の訓練が必要になる。そして習熟するまでの期間は非常に長い。
フラーズの騎士学校で魔導の才能がある者もこれを少し覚えるだけで使いこなそうとするものはまずいない。
そんな技を公衆の面前、しかも腕自慢が集う闘技場などで安易に使ってしまえばアマトであることは特定されないまでもこの技を知る者には目をつけられてしまうだろう。
「それじゃあ自分から切り札を封じているってことじゃないですか」
「……切り札?何が?」
「……えっ、違うんですか?」
ノルンの説明で心配そうにアマトを見つめるフィリアだったが、すぐにノルンが「何を馬鹿なことを言っているんだ?」という目でフィリアを見る。
☆☆☆
「て、てめぇ何をしやがった!?」
「……」
フィリアと同じ疑問を相手も抱いた。アマトが先ほど出会った三人組のように徒党を組んで生き残ろうとした相手、互いに見知った者同士実力はよく理解している。だから組む相手として選んだ。しかし現実はどうだ?フルメンバーで囲んだ相手に傷を負わせることもなく一人が一撃で沈められた。
「た、ただのまぐれだ!二度目はねぇよ!」
残った三人の中の一人がそう叫ぶ。すると残りの二人もああそうか、と困惑を振り切り一斉にアマトに襲い掛かる。
「可哀想に」
しかしアマトから見れば苦し紛れの自己暗示の様なものであり、そんな状態で繰り出される攻撃など何の策もいらない、ただ軌道を読んで反撃するのみ。
鳩尾、下顎、三人のうち二人にそれぞれ一撃ずつ打撃を入れればすぐに体を震わせ崩れ去る。
「なんなんだてめぇは!?何で……!?」
次々と仲間が倒されていく様を目の当たりにした最後の一人は戦意をほとんど喪失し恐慌状態に陥っていた。武器こそ構えているもののその手は震えている。
アマトは最早攻撃をかわす必要もないと言わんばかりに歩を進める。
「く、来るなあぁぁ!」
当の本人は真剣なのだが客観的に見れば優男が筋肉質の男に迫る絵は異様だがどこか滑稽さを感じさせる。
やがて一定の距離が埋まったところで相手の恐怖が頂点に達したのか棍棒を左右に振り払い続けた。
しかしアマトはその攻撃を最も愚かな選択だと心の中で呟いた。結局アマトの歩く勢いは変わらない。アマトが棍棒の射程圏内に入った瞬間、左方からくる全身の力を込めたと思われる棍棒の一撃を左腕で受け止めた。
「え……?」
「退場だ」
目の前の現実が受け入れられずその場で立ちつくしている男の脇腹に容赦なく蹴りを入れそのままの勢いで地面に叩き付ける。
こうしてアマトは自身を狙ってきた『可哀想な連中』を腰の剣を抜くことなく沈めたのだった。
(ちょっと痺れるな……)
中盤に差し掛かり、200人以上いた選手の数も篩にかけられその数を見る間に減らしていった。開始から二十分、すでに立っているのは五十人程度。
アマトは当然のことながらあの鎧の騎士やアマトが戦闘開始前に盗み聞きした三人組も残っている。
「無理は祟るぞ」
「貴方こそ」
乱闘ともなれば左を振り向いたとたんに右から攻撃が来ることも決して珍しくはない。それをアマトとその共闘相手である鎧の騎士は理解しており近くにいるときは互いの死角を埋めるような位置取りを行っている。それも共闘していると傍目には分からない絶妙な匙加減でだ。
☆☆☆
「あ、あんなに目立って大丈夫でしょうか?」
フィリアが懸念する通り、アマトの正体までは気づかれていないものの観客の注目を集めてしまっている。体格で負けている男が相手を殴り倒すことがある種のカタルシスを観客に与えるのだろう。アマトが隙を逃さずに徒手で敵を沈める度に歓声が巻き起こるまでになっている。自重するんじゃなかったのかと毒づくも観客席のフィリアからは祈ることしかできない。
「……おかしい」
「え?」
アマトの戦闘スタイルの講釈からしばらく話すことのなかったノルンが突然口を開いた。
「……いや、でもそんなことが…………」
「ど、どうしたんですかノルンさん?」
あまりに抽象的な独り言で理解できないフィリア。
「……フリューゲル領の人間が一人としていない」
「それは…ただ出場したい人が居なかっただけじゃないんですか?」
「……三人程腕試しにと張り切っていた。よく覚えている」
まさか……とぶつぶつ言いながらノルンは思考の海に潜り始める。別に気にするほどのことではないのではないかといった風にフィリアは再びアマトの方へ眼を向ける。そこではまたもやアマトが集団に囲まれていた。
☆☆☆
「おや、誰かと思えば先の三人組か」
「聞かれていたか、だがここで退場してもらえば問題は無い」
アマトを次に取り囲んでいた相手はアマトが聞き耳を立てていた例の三人組だった。
それぞれ騎士、弓兵、盗賊とまるで物語の主役組。それまでは注意を払っていなかったが一目見るだけでは徒党を組んでいるとは考えづらい。
「この状況なら咄嗟の共闘だと思われるぜ、アンタは目立ちすぎた」
出る杭は打たれる、とはよく言ったものでアマトを囲む三人組は周囲への警戒が出来ていないが他の誰も襲い掛かろうとはしない。
誰もがアマトの退場を狙っているのだろう。鎧の男も下手に打って出ることは出来ず遠くでほかの相手と競っている。
「御託はいいから来い、現実を教えてやる」
「そうかよ!」
その挑発に乗せられることなく冷静に一番手に騎士風の男が切り込みにかかる。しかし、大振りの剣であったが故にアマトにはたやすく避けられる。一発、二発、三発目を躱し切ったところで正拳突きを繰り出すも腹部に当てる直前で中断し、距離を取る。その直後、それまでアマトがいた位置に小さい矢が通り過ぎた。確かめるまでもなくあの弓兵の物だ。
即席なら今の連携は出来ないだろう?とアマトが茶化す。
一方の相手は今の動きに手ごたえを感じたのか今度は一斉に迫りくる。
最後の一人である盗賊もまた見た目通りの小型のナイフを数本持っていた。
先程の攻撃と変わらず大剣で特攻を仕掛けてくるがそこからは全く違う。その隙を埋めるようにナイフが死角から飛んでくる。初見のアマトは何とか回避したが仮面を掠り、あわや正体発覚の憂き目に遭うところだった。
そんな事情はお構いなしにナイフでの突きを繰り出してくる。それも躱し続けるアマトだったが、気付いた時には弓兵に背中を向けていた。既に弓を弾き後は放つだけ。そして完全にアマトの死角を取った弓兵は冷静に、精密に狙いをつけて弓を放った。
「だが届かないよ」
男達が気付いた時にはアマトは弓兵の背後に回り背中に蹴りを叩き込んでいた。
仲間の一人が断末魔を上げることすらなく突き飛ばされるように倒れ唖然とする。
何が起こったのか、アマトは弓兵による三段階目の攻撃を読んでいた。そして自分から死角に誘導されていったのだ。しかしその後、弓が放たれた瞬間にアマトは自身の背丈の三倍はあろうかという高さの跳躍を行い弓兵の男の背後に着地した。
あまりに突然の出来事に残された二人は立ちつくしていた。その隙を逃さずにアマトは追撃する。
まずは盗賊の男、しかしまともな対応も出来ずに腹部に一撃を受けそのまま地面に倒れ伏した。
そこでようやく我に返ったのか残った騎士風の男は剣を構えなおす。
「な、なんなんだお前……!」
「君たちは三人で残った後に最後に勝ったものが多く取り分を手にするという契約をしていたようだが、残念。これが現実だ」
「ッ!ふざけんなぁぁぁ!」
アマトの指摘が図星だったのか、それとも後半の挑発に乗せられたのか錯乱気味に突進する。ここでアマトが遂に腰に差した剣を抜く。間合いに入り全身全霊を込めて繰り出した大剣を何ともないかのように受け止めた。何としても届かせると周囲からも分かる程全力を出す相手に対しアマトは涼しげに周りを見渡す。ついに残った者は目の前の男と共闘している鎧の男、そしてアマトの三人のみとなっていた。
「さようなら」
ならばもう気を張る必要はない。アマトは一気に相手の剣を弾き飛ばし、足からわき腹にかけて三段蹴りを放ち沈黙させた。
「う…そんな…………」
「可哀想に」
倒れた三人組を目にして仮面越しに開始直前と同じ言葉を口にし、憐憫の情を向ける。彼らは現実を知ることがなかった、直視できなかった。徒党を組まなければ勝ち残る確証が持てないならばそもそもこの剣闘祭に出るべきではなかったのだ。
闘技場に大きな歓声が巻き起こった。まだ二人残っているのに気が早いかもしれないがそれだけこれから起こる激戦を期待しているということなのだろう。
そんな流れはどこ吹く風とアマトは最後にも凝った対戦相手に語り掛ける。
「さて、さっさと終わらせようか」
「そうはいかないでしょう」
だが向こうは違った。剣の構え、距離の取り方。どこからどう見ても戦う気満々である。
「成る程、それでどうしたい?」
「手合わせ、願います!」
その言葉に応えるようにアマトもまた戦闘態勢に入る。それまで棒立ちで見せることのなかった仮面の男の剣の構え。観客席からまたも歓声が沸き上がった。
(面倒臭いよ!)
ただし、アマトは心の中では全く逆の感情を抱いていたのだった。
剣闘祭、乱闘の末勝ち残った二人の戦士による一対一の対戦。道化のような恰好をしながらその体格に見合わぬ身体能力で多くの相手を蹴散らす謎の男、まさしく物語の登場人物の様に敵を払い退ける騎士。
どちらも無名でありながら運に頼らず実力で勝ち残った強者。その二名の決戦とあって闘技場の熱気は最高潮だった。
「名乗る必要はあるでしょうか?」
「私は名乗らないが?」
ことここに及んで今更冗長な会話をする必要はないとアマトは相手の問いを一蹴する。どうせ出来レース、わざと負けて契約を果たしてもらう。アマトにとって今から始まる対決は舞台役者の演技と大差ない。
「ならば私は勝手に……ロウスター騎士団長、セオドア・ロウスター。いざ!」
セオドアと名乗った男はそのまま剣を前に出し戦闘の構えに入る。フラーズだけでなく大陸中の多くの国で使用される基本中の基本。
(騎士団長だと?ならば既に貴族の配下であり金銭面での難儀は無いはず。いやそもそも勝ちを譲った後に僕が賞金を総取りするという契約で出来た八百長だ、その方向での可能性は殆ど無い。かといって名声を目当てにするならば戦場で武勇を上げればいいだけのこと、だとすれば早急にそれが必要になるということか……。ロウスター騎士団、確か今はぺラムの囲い込んでいた連中だったか……?)
一体何なのだ、と思考に没頭する。目の前の相手は何を考えて剣闘祭に出たのか、出自を知ることが出来たがそれが余計に疑問を深める。
「隙有り!」
「そんなわけないだろう」
構えを取らないアマトに業を煮やしたのか突撃し切り込む。それに何の反応がないことに業を煮やしたのかそのままセオドアは突っ込む。
「でやあああぁぁぁ!」
「型に嵌まり過ぎだ、直ぐに読める」
しかしアマトはそれまでとほとんど変わらない回避に徹する動き、それにセオドアは対応するように浅く早い斬撃と突きを繰り出す。
「遅い、間合いに入ったら直ぐに斬れ」
「ならばこれで!」
決して防戦一方というわけではなく、その身のこなしで斬撃を躱し、自らの剣で攻撃を受け流し決定打を与えない。素人の目からは両者の攻防は拮抗している様に見える。少なくともアマトはそう演じている。一方のセオドアは内心の焦りを隠しきれないでいた。攻め続ける側にとっていつまでも現状維持というのは時を重ねるたびに重圧が強くなっていく。
「これで限界か、八百長を提案するはずだ」
「ッ……!そう何度も!」
「だから駄目だよ、軸がぶれてる。」
言葉での挑発で生じた一瞬の隙を狙いアマトは胸に蹴りを入れる。それが今までの膠着状態を破ることになった。
顔を除いて鎧で覆われた体に格闘は効果が薄いがそれでもひるませる程度の威力は出たらしい。蹴りを受けた場所を押さえながらセオドアは距離を取るために片手で剣を横に振り払う。
それがこの戦いを終わりに近づける最悪の選択となった。
「ほらこらえろよ、負けるぞ?」
「……!」
剣闘祭での敗北の基準は二つ、『気絶する』または『倒れる』のどちらかの状態に陥ったときである。
前者はともかくとして後者の判定は非常に厳しい。倒れてから十秒間起き上がれなければその時点で敗北、退場となる。
アマトはそのルールに従って死なない程度に相対する敵を沈めてきた。
そして今、アマトは脇から迫る剣を先程三人組の男との闘いで見せたのと同じ跳躍で回避しながら鞭のようなしなりが入った鋭い蹴りをそのまま頭部に放つ。
セオドアはその一撃に対応し切れなかった。
『おおおおぉぉぉ!!』
(……あれ?勝つの!?)
周囲の熱気とは関わることなく、予想外の状況にアマトは驚くことになる。
しばらくその場で蹲っていたセオドアだったが何とか立ち上がり構え直す。
「立ち上がるか、まぁそれくらい出来なければな」
尊大な態度で挑発を続けるアマトだったが内心では安堵していた。この戦いでは勝ちを拾うつもりはないどころかある程度接戦を演じれば負ける心算だったのだ。立ち上がってもらわなければ困る。
「とう、ぜんだ!俺が、勝たないと……あの子たちを救うんだぁぁ!」
「……なんだと?」
アマトは自己暗示の様なセオドアの台詞に妙な引っ掛かりを覚えた。
「うおおおおああ!!」
咆哮とともに走り出す。自棄になったのかとアマトが考えた次の瞬間にその発想は切り捨てられた。剣を投げ、そのまま徒手での特攻をセオドアは試みる。
人の操る意思がない剣に対処することは競り合い以上の難度である。
どこに向かって軌道を描くのか、そしてどう受けるべきなのかを判断した結果、アマトは迫りくる剣を同じく自身の剣で受け止めることにした。
しかし細身の剣では弾くことで限界だった。傷を受けることは無かったが、衝撃で体制が崩される。
「でりゃあああああぁぁぁ!!」
その隙にセオドアはうまく付け込んだ。アマトが反応した時には既に拳を繰り出す直前。
そして突き出される全力を込めた正拳。
果たしてそれは急所である鳩尾を直撃させていた。
「悪くない一撃だ」
一瞬暮れてアマトが倒れ伏した。セオドールにとって倒れてからの10カウントは非常に長く感じただろう。
しかし間もなくその時は訪れる。その日最大の歓声がセオドアを迎えた。
☆☆☆
優勝者を称える聖杯と賞金を送る通過儀礼も滞りなく終え、熱気冷めやらぬ様子で人々は会場を後にする。その中に紛れ込む形でフィリア、ノルンといつの間にか元の外套姿に着替えていたアマトが合流していた。
「惜しかったですね、でも凄かったですよ」
「いや、私は勝てていたからな?」
「……手加減にもほどがあった」
フィリアは惜しみない賛美と賞金が手に入らなかったことへの気まずさを和らげるようにと気遣いの言葉を送ったつもりだったが八百長をしていたアマトは反応に困り負け惜しみのような言い方になる。それをかばうようにノルンはアマトの戦いのやる気のなさを指摘する。
「……ところでアレは何だったの?」
ノルンの口数が少ないこともあって一瞬何のことかと首をひねるが直ぐに理解しアマトは語る。
「セオドアとか言ったか、ロウスター騎士団の団長らしい」
「……ロウスター」
「どうした?何か思い当たることがあったのか」
「……噂に寄るけれど大元のぺラム子爵なら、中年太りの蒐集家と聞いている」
「成る程、勝者の証である聖杯目当てに子飼いを使ったというわけか」
聖杯と言っても銀細工の特注品というだけで特別な力はありはしない。
しかし、
しかしアマトにとっては今やどうでもいいことである。あとはセオドアに約束の賞金、金貨500枚耳をそろえて払ってもらうだけだ。
「じゃあ先に戻っていてくれ、少し用を済ませてくる」
「え、でもアマトさむぐッ!?」
「……分かった」
危うくアマトの名前を出すところだったフィリアの首にヘッドロックを決めながらノルンは宿への道を向かっていった。
(……ここで名前を出すな、殺すぞ)
(ご、ごめんなさい。やめて、首が絞まる。絞まります。あ、絞まった)
アマトはセオドアに言われた場所へ向かっていた。
「話が違うでしょう!」
「そう言われてもねぇ」
「……なんだ?」
その道の途中の高級宿、その近くにあった馬車からセオドアともう一人中年の男とが口論する声が聞こえてきた。
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