第4章 *7*
ガイアの隣で、セオは
「セオ!?」
伝えたかったのに伝えられなかった大切な想い……サミルは今もまさに思い出したそれが、涙になって溢れそうになるのを必死で
が、セオの無事な姿を見た瞬間、そう問いかけられた瞬間、安心して
「ええ、あるわよ、いーっぱい! 父さんなんて大嫌い! いっつも私と母さんを置いて仕事ばかりで、年に一度帰ってきたら謝るばっかりで、でもまたすぐいなくなっちゃうし。子どもを助けて死んだですって? そんなの、助けられた方は自分のせいで失われた命の重さを背負わされていい迷惑だわ! おまけに、私が想伝局員になったら帰ってくるって約束は破るし、母さんだって私には自分たちのこと全然何も教えてくれなかったし。伯母さんがいたことも、おじいちゃんがいたことも、どうして何も言わないまま――どうして皆、死んじゃったのよぉ……」
その想いに応えてくれる者は既にこの世には存在しない。そしてこの場にいる誰も、その応えは持っていない。
けれど、力いっぱい叫んでその場で泣き崩れそうになったサミルを、駆け寄ったセオが、その溢れた想いごとしっかりと受け止めた。
「そんだけデカイ声で叫べば、きっと届いてんじゃね?」
「……セオのバカ。バカ、バカ! 簡単に諦めたのはどっちよ!」
「悪かったな、心配かけて……」
と、その時再び、ヴァンゼスの部屋の扉が開いた。
白髪混じりの黒髪に深い紫の瞳をした男と、それを支えるようにして立っている
二人は入るなり、部屋にいた者たちを見渡し、
「ヴァンゼス、これは一体どういうことですの? こんな
「夜分にわざわざ申し訳ありません、母上、父上。面白いものをご覧入れようと思ってお呼びしたのですが……予想よりももっと面白いことになってきました」
ヴァンゼスはそう言うと、サミルの方へと視線を向けた。
その瞬間、セオとシェルスは彼女を守るようにサミルの前に立ちはだかり、ダグラス王とリリシア王妃はまるで幽霊でも見たかのように息をのんだ。
ガイアだけは唯一、微動だにせず、ことの成り行きを見守っている。
そしてサミルは、ダグラス王の首からかけられていたペンダントの先端、
つかの間の沈黙を破り、最初に口を開いたのは、ダグラス王だった。
「ラエル……? お前は、
サミルをまっすぐに見つめ、ふらりと
「あなた、あの女はとうの昔に死んだはずですわ! それなのにまだ……」
「ああ、愛している。こんなにも愛しているのに、なぜお前は私を置いて、姿を消してしまったんだ……」
その正気とは思えぬ発言に、セオがわずかに眉をひそめ、視線を逸らす。
ダグラス王はラエルが亡くなってから十六年、いまだにその死を受け入れることができないまま、また、セオのことを自分の息子だと認識したことは一度もなかった。
と、サミルは突然、セオを押しのけるようにして立ち上がると、ダグラス王に向かって歩き出した。
「おい、サミル?」
それから再び、ダグラス王へと向き直ると、サミルは穏やかな笑みを浮かべてこう告げた。
「私はラエルさんではありません。でも、彼女が貴方にずっと伝えて欲しかった『想い』を届けることならできます。だから、その胸元の種を、貸していただけませんか?」
「なん……だと?」
「何言ってるのよ、この娘は! ヴァンゼス、これは一体どういうことなのか、早く説明なさい!」
ヒステリックに
「彼女は、見えないモノから『想い』を受け取り、それを人に伝えることができる――
「なんですって!?」
ヴァンゼスの説明に目を
「ああ、ラエル……お前は私を
首からかけていたペンダントを外すと、それをサミルに恐る恐る差し出した。
サミルはその種に手をかざすと、そっと目を閉じ、心を
(ラエルさん、
心の中で唱えるや、薄紅色の種から溢れんばかりのまばゆい光が生まれ、部屋中を白く包み込んだ。
そして彼女の前には、若かりし頃のダグラス王が
『ラエル、なぜお前だけが城に残った? ガレスたちと逃げることもできただろう?』
『わたしは
『二人を見逃して欲しい――というわけか。しかし、お前はそれでいいのか?』
『
『……なるほど、いいだろう。まぁ、ガレスには命を救われた時の借りもあることだしな、彩逢使など、代わりをまた探せば良かろう』
『あぁ……ありがとうございます、ダグラス様』
この後、たびたび会うようになった二人は深く愛し合うようになり――しかし、別れは突然訪れた。
代わりの彩逢使がみつからず、『託宣の種』を読み取ることができなかったその年、王都は原因不明の
映し出されたその過去に、ダグラス王は悔しげな表情を浮かべていた。
「すまなかった、ラエル……私があの時、『託宣の種』を読み解くために彩逢使を探しだしておれば、お前も、多くの民も、あんなことにはならなかったのに……」
託宣の種が病を予想していたのだとしたら、事前に対策が打てたかもしれなかったと、ダグラス王はずっと自分を責め続けていた。
しかし、それを否定するかのように、薄紅色の種が突然、芽を出した。そして勢いよく
『――ダグラス様、貴方を残して
その言葉に、そして紅い花に重なるようにして見えたラエルの笑顔に、ダグラス王の頬を一筋の涙が
しかし、種に込められていた想いは、それだけではなかった。
『――リリシア様。こんなことを言ったら笑われてしまうかもしれないけれど……私は、貴女と一度でいいから、ケンカではなく、ちゃんとお話がしてみたかったわ』
これには、リリシアは大きくため息をついた。
「……まったく、なんて
憎んではいたけど、雑草のようにしなやかだったその姿勢だけは、認めてあげなくもないわね――と、苦い笑みを浮かべたリリシアは、心の中でそうつぶやいていた。
そして全ての想いを伝え終えたラエルは、満足げな笑みを浮かべて消えていった。
と同時に、部屋中を包んでいた光も消え、ダグラス王の手のひらの上には、
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